第10話 美術とはおっぱいである

「彼、大丈夫?」

「どうしたの、椎名君」


 美術部部室前の廊下でうずくまる僕を心配そうに見やる二人の女子。


「大丈夫。ちょっと絵が上手すぎて衝撃を受けただけだから」

「えっ、私の絵を見てそうなったの?」

「はい」


 本当は違う。

 息子が起ったから、僕が立ち上がれないだけという話です。

 もうちょっとすれば落ち着くと思うんで心配しないでください。


「初めて言われたよ、そんなこと。嬉しい」


 はにかんで笑う女子っていいよね。

 おっと思考がエロから離れたからか、息子が静まった。これで立ち上がれる。


「失礼しました」

「あ、うん、えっと部活見学だったよね」

「はい。そうです」

「じゃあ私が案内しますね。私は二年の今村楓いまむらかえでです。よろしく」

「「よろしくお願いしま(ぁ)す」」

「部活見学の二名、案内します」


 先輩がそう言って部室に入っていくので、付いていく。

 中に入ると、当然なんだけどそこは正に美術部らしい場所だった。

 誰だか分からない男性の頭だけの白い像がいくつか置かれている。

 それを囲むように木製の絵を載せるやつが並んでいて、数人がその前に座って絵を描いている。

 男女比率は女子が多い。美術部に入るのもありかもしれない。

 教えてもらう時に腕を取られたり、後ろからおっぱいを押し当てられたりってシチュエーションがあるかもしれない。


「二人は中学で美術部だったりしたの?」

「いいえ、私は卓球部でした」

「僕は帰宅部でした」

「そうすると絵を描くのは授業以外では初めてかな」

「はい」

「私は上手くないんですけど、たまにイラストを描いたりとかしてます」

「イラストレーターか漫画家志望?」

「いえ、そんなんじゃなくて、趣味的な感じなんですけど」

「ふんふん。もっとうまくなりたくてウチに来てくれたのかな」

「はい」

「それなら今やってるこのデッサンはいい練習になるよ。構図とか陰影のつけ方とか基礎がいろいろ身につくからね」


 デッサンか。デッサンといえばヌードデッサンが浮かぶんだけど、流石に高校ではないんだろうか。

 もしあるなら入部しますけど。


「先生もアドバイスをくれるし、勿論先輩の私たちに分かることなら教えてあげるからね。とりあえず今日はいろいろ案内するので、興味があったら是非入部してください」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあとりあえずこの教室内を見て回ろうか」


 先輩たちが描いている様子を眺めたり、道具の名称や説明を聞いたりした。


「二人もデッサンの体験してみない?」


 そんな提案を受けてイーゼルというらしい木枠の前に座る。

 スケッチブックや鉛筆なんかも借りて、見よう見まねで描き始めたがなんとも難しい。

 そもそも斜めになっている紙に描くのも慣れない。


「意外と難しいでしょ。でも回数を熟せばどんどん上手くなるから楽しいよ。あなたは――うん筋はいいね。ただイラストっぽい画風になっちゃってるよ。デッサンではちゃんと良く見て描いてね」


 楓先輩から総評をもらって一区切り。

 次はこれまでに部員が描いてきた作品を見せてもらうことになった。

 一度廊下に出て、別の部屋へ向かう。


「美術部って何部屋あるんですか」

「倉庫を含めて四部屋あるよ。絵画と立体作品の作業用で一部屋づつあって、倉庫が二つね」

「立体作品も作ってるんですか?」

「それも含めて美術だから。私は絵画だけだけど」

「結構本格的な感じだねぇ」

「公募展にも出品するし、芸大受験する人もいるよ。でもただ描いたり作ったりが好きって人もいるから、気兼ねしなくて大丈夫」

「良かったぁ。厳しい感じなのかと思いました」

「部活だから作品作りの課題も出るけど、他に比べたら緩い方だね。あと美術館にみんなで見学に行ったりもするよ。二人は行ったことある?」

「私はないかなぁ。漫画の原画展とかならありますけど」

「僕はありますよ。西洋美術展とか」


 どうして僕がそんなところに行ったのか。

 そこにおっぱいがあるからに決まってる。そう裸婦画が目的だ。

 昔の絵だと侮ってはいけない。

 写真と見紛うような綺麗な作品があって、女性を艶めかしく優美で可憐に描いている。要はエロい。

 中には肉感的過ぎて太ましい裸体の絵もあるが、あれは画家の趣味だろうか。それとも時代的にそういう体型の女性が多かったのか。

 どこで聞いたか忘れたが、女性の裸体を見たいがために裸婦画が描かれたなんて話を聞いたことがあるんだけど、あれは本当のことなのかも気になるところ。

 本当ならばいつの時代も男はエロいんだと、会ったこともない画家たちに謎のシンパシーを感じる。


「いいね。すごいね。どの時代の美術展だった?どんな作品が気になった?好きな画家さんとかはいる?」


 めっちゃ先輩が詰め寄って来る。

 近い近い!おっぱい触るぞ!いいのか!?


「ふらっと入っただけなんで、そんな詳しくは分からないです。ごめんなさい」


 これは本当に分からない。

 だっておっぱいを見に行っただけだから、詳細なんて気にも留めなかった。


「そっか。でも絵に興味はあるんだよね」

「ええ、まあ」


 これで違うと言ったら、なんで美術展に行ったのかって話になるし、実際興味がゼロというわけでもない。


「それなら美術部に入ろうよ。二人とも絵が好きなら絶対に楽しいよ。私は二人と一緒に部活頑張りたいな」


 どうしようか、と宮本さんと顔を見合わせる。


「私は入るのもいいなぁって思ってます」

「僕は……」


 困った。どうしよう。

 部活に入ると自由時間が減る。

 だけど宮本さんとか美術部員と仲良くなるには入った方がいいんだよな。


「「一緒にやらない?」」


 3Pのお誘いなら喜んでお受けしたい!

 だけどやっぱり――


「もうちょっと考えさせてください」

「うん、良い返事を期待してます」

「一緒にやろうよぉ」


 僕だってヤりたいさ!ヤりたいけども!


「無理強いしちゃ駄目だよ。本人の意思でないと楽しいものも楽しめなくなっちゃうかもしれないから」

「はぁい」

「さて、実は目的地に着いてたわけなんだけど、話しこんじゃってごめんね。ここが絵画作品の倉庫。歴代の部員たちが残した作品がいっぱいあるから見てみよ」


 それから夕方近くまで作品を見せてもらった。

 数が多く、全部を見ることは出来なかったけれど高校生が描いたとは思えないようなものから、なんだか分からないものまでいろいろあった。

 帰りに「入部待ってるからね」と手を振る先輩に見送られて、宮本さんと校門まで向かう。

 

「宮本さんは何通学?」

「私はバスだよぉ。椎名君は?」

「僕は自転車」

「駐輪場はあっちだよね。バス停はあっちだからここでバイバイかな」

「いや、バス停までだけど送るよ」

「ありがと」


 バス停までの道を並んで歩く。

 話題は先程までいた美術部の話。


「楽しかったねぇ。私は多分美術部に入るよ」

「そっか」

「椎名君はまだやっぱり決めかねてる?」

「うん。宮本さんと一緒なら楽しいと思うけど、やっぱりまだ」

「先輩に無理強いしちゃダメって言われたけど、私は椎名君が一緒だと心強いな」

「うん」


 無言の時間が過ぎる。

 学校から少しだけ離れた場所にバスの停留所があった。そこには既に一台のバスが止まっている。

 停留所の時刻表示を見ると、ここが始発で市内中央の大きな駅が終点のようだ。

 出発までは5分もない。

 この辺の時間も考えて、先輩は見学を切り上げてくれたのだろうか。


「じゃあここで」


 宮本さんがバスに乗り込んだ。

 僕がいる側の椅子に座って、小さく手を振る。

 手を振り返し、僕はバス停を離れた。

 駐輪場までの道程をどうするべきか悩みながら歩く。

 部活に入るべきか入らないべきか。

 悩んでいると、後ろからバックライトで照らされた。

 大型車の走行音。

 横をバスが走り去る。

 窓際の席で宮本さんがまた手を振っていたのが見えた。


 とりあえず仮入部してみようかな。

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