砂の城

淡島かりす

episode1. そこが正しいと信じていた

幼き子供たち

 人類が人類から生まれていた時代がある。

 それが当たり前であった頃、「家族」という最小単位のコミュニティも存在していた。それに何の意味があるのか、今は誰にもわからない。


「こっちだよ、早く早く!」

「引っ張らないでよぉ」


 裸足で走る子供は同じ顔をしていた。身に纏うのは上下ともに白い服で、此処にいる子供は皆同じ格好をしている。だが体つきや顔立ちは皆違っていて、二人のように全く同じ見た目の者はいない。


 二人の子供は「遊戯室」と書かれたゲートを潜り抜け、広い空間に入った。そこはブランコやシーソーが置かれている。天井には青い空が描かれ、四隅に植えられた人工樹からは小鳥のさえずりが聞こえていた。


「ほら、見て」


 その中にある砂場に辿り着くと、一人が嬉々とした声を出して指で示す。もう一人は指の先を視線で辿ると、同じような声を上げた。


「お城だ! 昨日よりも大きい!」


 そこにあるのは白い砂で出来た城だった。広い砂場の半分ほどを埋め、二人が両手を広げても一周出来ないほどの大きさ。作るのにどれほどの時間がかかったかは、片方の子供の手の汚れをみるまでもなくわかる。


「凄いだろ」

「うん! 部屋にいないと思ったら、ずっと此処で作ってたの?」

「だってあいつに壊された後、ピィピィ泣いてたからさ。可哀想だと思って」

「な、泣いてないよ」

「泣いてたね。まぁ壊れた原因の半分はお前だけど」


 その指摘に、子供は眉を寄せて泣きそうな顔になる。


「転んじゃったんだから仕方ないだろ」

「突き飛ばされてな。避けろよ、あれぐらい」

「僕のお城だもん。誰かに壊されるより、自分でぶつかったほうがマシだと思ったんだ」


 砂まみれの手を擦り合わせていた子供は、相手の言葉に唖然とした表情をする。何かを言おうとしたその時、遊戯室に黒いスーツ姿の男が入ってきた。

 革靴を鳴らしながら二人に近づき、五十センチ手前で立ち止まる。顔にかけたブルーレンズの眼鏡の奥で、何色かよくわからない目が二人を見下ろしていた。


「選別日です。二人とも、一緒に来なさい」


 機械的な口調で告げられた言葉に、二人は肩を震わせる。


「今日かよ。それなら昨日もう少し遊んでおくんだった」

「本当に、いきなり来るんだね。十歳になった時から覚悟はしてたけど」

「私語は慎むように。君達はこれから選別され、「上層区」か「下層区」に行くことになります。選別の結果への意義は一切認めません」


 「上層区」か「下層区」か。

 此処に暮らす子供達にとって、非常に大きな意味を持つ数字だった。

 男は二人を連れて遊戯室から出ると、真っ白な廊下を歩いていく。いつもは通らない通路に差し掛かると、二人は不安からか互いの顔を見た。


「どっちだろうね」

「どっちでもいいけどさ、外にも砂場ってあるのかな」

「どうだろう。下層区にはあると思うけど」

「もし同じ場所に行ったらさ、今度はもっと大きい城作ろうぜ」


 白い歯を見せて笑った少年は、ふと思い出したように前方を行く男に声を掛ける。


「ミスター。手を洗いたいんだけど」

「選別室の手前に手を洗う場所があります。選別後に静脈や指紋をデータベースに登録するので、よく洗うように」

「はーい」


 子供は明るく返事をする。

 真っ直ぐ続く廊下の先に、僅かに光る場所が見えていた。それがこの施設から出るため、そしてこの先の人生を決めるための部屋であることを、十歳の子供達は知っていた。

 だが、その本当の意味を知るのはもっと先のことだった。

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