第13話 銀級冒険者夫婦
ルヴィはエミリーと共に、白月亭という名の宿屋に足を運んだ。
木材が主に使われた、3階建ての品の良い宿だ。
ここにルヴィの村への移住希望者、カルヴィンとフィリダ夫妻が泊まっている。
受付に座っていた店主に、2人に用があることを伝えると、すぐに呼びに行ってもらえた。
「2人が出掛けていなくて良かったな」
「はい。良かったです。ちょうどいい時間だったみたいですね」
案内された食堂の椅子に座りながら、カルヴィンとフィリダを待つ。
エミリーは何やら座っている椅子が気になるようで、チラチラと観察していた。
「どうかしたのか?」
「いや、あの……高そうな椅子だなあ、って。座り心地が良いですよね」
「ああ、確かにな」
ルヴィも自分が座る椅子に視線を向ける。飾り気は少ないが、宿屋の雰囲気に合った落ち着いた椅子だった。
木材の表面には温かな光沢があり、腰を落ち着かせる部分にはクッションが敷かれている。
エミリーの言う通り、それなりの値がするものだろう。
「……金を貯めて家を建てたら、家具も揃えないといけないな」
「そうですね。ふふ、まだまだ頑張らないといけません」
新居に置かれる家具を夢見るように、エミリーは椅子の表面を撫でながら微笑む。
普段、ただ切った丸太にエミリーを座らせているルヴィとしては、少し居心地が悪かった。
今回の商談は成功させなければならない、と気を引き締める。
椅子は無理だが、敷物に使える厚手の布くらいは買って帰ろう。そう決めたところで、ルヴィの耳は階段を降りて来る足音を捉えた。
視線を向ければ、現れたのは2人組。筋骨隆々の大男と、起伏豊かな体をした長身の女性だ。
全身分厚い大男――カルヴィンが、ニッ、と歯を見せて笑いながら太い腕を振る。
「ようルヴィ! ひっさしぶりだなあ! とうとう出発かあ? 俺ぁ、いつでも行けるぜえ! ははっ、新しい場所に行くってのは、いくつになっても楽しみなもんだ」
力自慢の冒険者を体現したようなカルヴィンの野太い声に、エミリーがビクリと体を震わせる。
事前にカルヴィンの風貌を聞いてはいたが、声の大きさには驚いたらしい。
その様子を視界の端に収めながら、ルヴィは椅子から立ってカルヴィンに笑顔を向けた。
「待たせて悪いな、カルヴィン。それからフィリダも。村はある程度片付け終わった。採れた素材を売って必要なものを買った後、4日後の朝には出発したいと思っている」
「4日後か。いいぜえ。そんだけありゃあ旅の支度をして、昼寝をしてもお釣りがくる。んで、そっちのお嬢さんは誰だ? さっそく村長夫人でも捕まえたのかよ、ルヴィよう」
「えと、あの……」
村長夫人、の辺りで顔を赤くしたエミリーを見て、カルヴィンは面白がるように笑った。
――その顔面に、横から拳が刺さる。
「ぐえっ」
「アンタ、純情そうな子を弄るんじゃないよ」
自分の夫を仕方のなさそうに見つめながら、フィリダは殴った手をぷらぷらと振る。
女性としては長身で、ルヴィと同じくらいの身長を持つフィリダの拳は、ほぼ真横からカルヴィンの顎に命中していた。
呻くカルヴィンに構わず、フィリダは「さてと」と、ルヴィとエミリーに向き直る。
「ルヴィ、久しぶりだねえ。元気そうで何よりだよ。それと、そっちの子は初めまして。わたしはこのボンクラの嫁でフィリダって言うんだ。よろしくね」
「は、はいっ。エミリーです。ルヴィさんの色々な補佐をさせてもらっています。これからよろしくお願いします」
ペコリ、と頭を下げるエミリーを見て、フィリダは顔を綻ばせた。
「エミリーね。これからよろしく。ルヴィ、可愛い子じゃない。それに賢そう。やったわね」
「ははは、エミリーにはとても助けられてるよ」
「ええと……」
ルヴィが曖昧に笑いながら返し、エミリーが口籠ったところで、カルヴィンが頬をさすりながら会話に戻ってきた。
「お前だって、同じようなこと言ってるじゃねえかよ。あー、いてて」
「アンタは何にでも加減ってものを知らないのよ」
「お前も力加減は知らねえだろうが。今の一撃なら、岩人形だって砕けるぜ?」
「アンタの顔はそれより硬いから大丈夫よ」
遠慮のない夫婦の会話が続きそうだったので、ルヴィは口を挟むことにする。
「あ~、2人とも、まだ話したいことがあるんだが、いいか?」
「ああ、悪いねえルヴィ。なんだい?」
一転して笑顔になったフィリダが聞いてくる。
「出発は4日後の朝として、2人には俺たちの馬車に乗ってもらうつもりなんだが、それで問題はないか? 旅の食料や、村で必要なものを載せて帰るつもりだから、あまり余分な荷物は載せられないんだが……」
「ああ、それなら大丈夫。わたしたち夫婦は、ほとんど荷物なんて持ってないからね。武器と防具と外套と、あとは鞄一つあれば行けるさ」
「おう。なんなら、馬車に乗らなくてもいいくらいだぜ。自分の荷物は背負って走るからよ。何日も馬車で揺られるだけじゃあ、体が鈍っちまうってもんだ」
「それもいいねえ。ルヴィ、わたしたちは馬車の横でも走るから。そうすれば、馬車の速度も上がるだろう?」
「………………ああ、助かるよ」
何の疑問も持たず、本気でルヴィの村まで走ると言う銀級冒険者の2人に、ルヴィはたっぷりの沈黙の後に礼を言った。
銅級から銀級冒険者への壁は分厚く、その壁を越えた冒険者は、それぞれどこか変わっている。
馬と並走するだけならルヴィでもできるが、重い荷物を背負って、さらに何日も連続でとなると厳しい。
それを軽々とこなすと言うカルヴィンとフィリダは、銀の証を持ち、引退まで再起不能な怪我を負うこともなかった正真正銘のベテラン冒険者だ。
「すごいですねえ……」
エミリーも感心したように呟く。
「ふふ、旅に慣れているだけさ。ところでルヴィ、今回村に行くのはわたしら夫婦だけなんだよね?」
「新しい土地に一番乗りたあ、いい気分なもんだ」
「あ~、帝都から行くのは2人だけ……なんだが、実は、カルヴィンとフィリダより先に4人村に来ている」
「おお? なんだ、ずいぶんとせっかちな奴らがいたもんだな」
カルヴィンが驚いたように眉を上げた。
元々は、ルヴィとエミリーを除けば、カルヴィンとフィリダが一番早く村に乗り込む予定だったのだ。
現在の生活を捨て、先の見えない村の再開拓から関わりたい、という物好きはそういなかった。移住に手を挙げてくれた者も、村がある程度復興したら、という考えがほとんどだ。
カルヴィンとフィリダ夫婦は、その唯一の例外なのである。
「へえっ? 変わった人もいるもんだねえ。そんなに急いでたのかい?」
自分たちのことを棚に上げ、フィリダは不思議そうな顔をした。
「まあ……せっかちが2人。不用心が2人、と言ったところだ。男と女が2人ずつ。全員若者だ。なんだか訳ありのようだが、良い奴らだ。仲良くしてくれよ」
「がははっ、そりゃあもちろんだぜ。一緒に酒が飲める相手が増えるってのは、嬉しいことだからよう!」
「わたしも構わないよ。面倒事なんて誰でも背負ってるもんさ。でも、可愛い子たちなら嬉しいねえ。このむさ苦しい顔は見飽きたよ」
大らかなに笑う2人を見て、ルヴィは内心で胸をなでおろす。
2人なら、村でも上手くやってくれそうだ。
カルヴィンとフィリダは他者を受け入れる余裕を持ったベテランだ。基本的に2人で活動しているが、必要があれば他の冒険者と組むこともある。
村でも、その経験を生かしてくれるだろう。
「ありがとう。カルヴィン、フィリダ。これからよろしく頼むよ」
「お二人とも、よろしくお願いしますっ」
ルヴィに続いて、エミリーもペコリと頭を下げた。
「おう。こっちこそよろしくな」
「よろしく。なんでも頼っていいからね」
フィリダの言葉通り、年上の2人に頼ることは多いだろう。
村の代表として、人の上に立つ者として、ルヴィはまだまだ未熟だ。
決断を下すのは自分だと理解しているが、それでも意見を聞ける者が増えたことは、ルヴィにとって非常にありがたかった。
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