第35話デート前夜

 しれっと一緒に水着を買いに行こうと言ってしまったが後悔はない。

 一応、友達という関係に落ち着いてはいるものの、よりを戻す覚悟が出来るまでに、本当の友達という関係に着地しては駄目だ。てか、俺が嫌だ。

 俺以外の誰かを好きになったら止める気はないが、誰かを好きなるのを邪魔するくらいはしていいはず……だよな?


「大学が終わった後に待合せしてから、お出掛けするとか言ったが……」

 脱衣所にある鏡で自身の顔を見つめる。

 髪の毛をちょっと触り整えて行くのだが、髪の毛が伸びて来たせいかイマイチ髪型が決まらない。

 せっかくのデート。おしゃれな真冬に合わせて俺もおしゃれな方が良い。

 なにせ、ダサかった時の俺でも真冬は嫌な顔せずして一緒にデートしてくれた。

『ダサくても好きなのは変わらないし』

 ときめかせてくれる良いセリフを俺に言ってくれた。


 しかし、その言葉に甘えては駄目だ。

 

『好きな人がおしゃれしてる方が普通に嬉しい』

 だって、俺は真冬が可愛い格好をしていて嬉しいんだ。

 真冬も俺が格好良い姿をしていた方が嬉しいに決まってる。

 と言っても、それに気が付かされたのは学校で、俺と真冬が付き合っているのがバレないよう、俺が変装という名目でおしゃれをするようになってからだけど。


「本当に色々な事を教えて貰ったよなあ……」

 感傷に浸れるほど、陰キャオタクだった俺に真冬は色々と教えてくれた。

 陰キャらしくならない話し方や相手の顔色の伺い方まで何もかもだ。

 色々と思い耽りながら髪の毛を弄ってると、


「髪切りたいの?」

 別にシャワーを浴びているわけでもないので、鍵を開けっぱなしにしていた脱衣所に真冬が入って来た。


「伸びて来たからな。髪型のセットが中々上手く行かない」


「確かにその量は難しいよね……。触るよ」

 真冬は手を伸ばし、俺の髪の毛を触り始める。

 そして、ささっと綺麗にセットし直してくれた。

 ちょっと懐かしい気分。

 オタクだった俺はおしゃれに無頓着。当然髪の毛の弄り方なんて知らなかった。

 最初の頃はいつも真冬に弄って貰ってたんだよな。


「さすが真冬」


「せっかくだし、眉毛も整えよっか?」

 

「ふっ。ああ、好きなだけやってくれ」

 真冬が俺に近づきたくて『眉毛がダサいよ?』とかいって露骨に近づいて来たことを思い出したせいで少し笑ってしまった。

 なぜ俺が笑ったのか真冬も察したらしく、顔を真っ赤にしながら不貞腐れる。


「だ、だって、あの時はさあ……。そうでもしないと近づく理由が無かったし」


「別に馬鹿にしたくて笑ったんじゃないからな」


「それなら良い。はい、こっち向いて」

 真冬は洗面台に置いてあったカミソリを手に取り俺の眉毛を整えてくれる。

 髪もそうだが眉毛も整えて貰っていた。だって、出来なかったし。

 過去の俺って、本当に真冬にして貰ってばっかりだ。

 そう思うと自然と俺も真冬に何かをしてあげたくなるというか、お返しをしたくなって来た。


「あ、そうだ。お礼として、真冬の眉を俺が整えるってのはどうだ?」


「失敗しそうだからやめて。気持ちだけで充分。それにさ、私に水着を買ってくれるんでしょ?」

 お礼はこれから水着を買って貰うので十分だそうだ。

 眉を整えて貰う中、真冬は髪の毛の話をぶり返してきた。


「髪切るなら、ツーブロックとかどう?」

 期待の眼差しで俺の方を見て来た真冬。

 いつのことだったか忘れたが、ツーブロックが好きって言ってたしなあ……。

 しかしだ。俺にはツーブロックに出来ない理由がしっかりある。


「塾のバイトをしてるせいで無理だ」


「あ~、確かに親御さん受けが悪いか……」


「そうそう。ツーブロックってチャラいって思われるんだよ。だから、バイトする時に髪型はなるべく真面目そうに見える奴でお願いするって言われたし」

 ツーブロックに出来ない理由を教えると真冬はちょっと残念そうだ。


「リクエストに答えられなくて悪い」


「ちょ、ちょっとだけどんな感じかな~って思ってただけだし」


「本当は?」


「……見て見たかった。まあ、ほんの出来心だけどね」

 やっぱりどこか素直じゃないんだよな。

 ったく、こういうとこホントに真冬って感じだ。


「さてと、あんまり話してるとざっくり眉毛が無くなるどころか、肌もごそっと抉れるし黙っとく」

 静かになる俺。

 暇なのでわざと真冬の方をじ~っと見つめる。

 見つめてから数秒が経つと、真冬はクスリと笑った。


「見すぎ」


「バレたか?」


「バレバレ。まったくもう」


「悪いな。可愛い彼女を見たくてさ」


「は~、やだやだ。昔は私が見たくて、ちらちら見てたのに、今はわざとガン見してくるんだもん。本当にやになっちゃう」


「嘘つけ。嬉しい癖に」


「まあね。昔は私にバレないように見て来るのが可愛いなって思ってた。でもまあ、面と向かって君が見てくれるのも格好良くて好きだし」

 照れずに語る真冬。

 恥ずかしいのを隠している時は、俺も余裕で対処できる。

 が、しかし。真冬が威風堂々としている場合は割と照れてしまうのだ。

 ちょっと頬を赤くしながら俺は恥ずかしさを誤魔化す。


「よく、そんな恥ずかしい事を恥ずかしがらずに言えるよな」


「そう? これは別に普通でしょ。なになに? 私に好きって言われて嬉しかったの?」


「そうだよ。悪いか?」


「全然。はい、おしまいっと」

 真冬は剃った眉を最後に指でなでた。

 剃り残しや、切れた毛がくっ付いてないか調べるための仕上げだ。

 

「ありがとな。助かった。さてと、随分話し込んだが、脱衣所に来たってことは用があったんだろ?」


「ないけど?」


「なんで誤魔化す。何か脱衣所にやましい事でもしに来たのか?」


「そ、そうじゃない。ただ……、ちょっと鏡を見にね……」


「あ、俺みたいにお出掛け向けて容姿を確認ってか?」

 ふと思い浮かんだことを口にした。

 すると、顔を逸らして真冬はぶつくさと俺に文句を垂れる。


「ひ、久しぶりにデートだし。お手入れはちゃんとしないとダメでしょ? 私達ってデート行ったら帰りはよくするんだし」


「……しないからな」


「なにが?」


「いや、まあ、うん。気が付いてないなら良い」

 しれっと言われたことに突っ込んだが本人は気が付いてない。

 水に流そうとするも、時すでに遅し。

 真冬は俺のツッコミの正体に気が付いたようだ。


「ゆ、悠士って自意識過剰なんじゃない?」


「おまっ。すぐに人のせいしやがって……。そう言うこと言うと、ハッキリと言ってやるが良いのか?」


「ぐっ」

 歯を食いしばる真冬。

 弄って可愛がりたい気もするが、意地悪し過ぎてもダメだ。

 弄るのは程よくだ。弄りすぎても無反応になって面白くなくなるだけ。

 何事も程々が一番だ。


「なんかあれだな。ちょっと想像したらめっちゃもどかしくなってきた」


「し、しないからね? 我慢できないって言われても相手してあげないし」


「全然我慢できるから大丈夫だぞ。高校生の時に比べたら、今の我慢は我慢とは言わないレベルだ」

 もどかしい気持ちには慣れっこだ。

 真冬とそう言う関係になりたいと意識し始めた時、一緒の部屋で遊んでるだけで物凄く悶々としてしまったのは今でも忘れられないのだ。


「っぷ。うん、そりゃそっか」


「笑いやがって……」


「だって、あのときの悠士はヘタレだったのが笑えてしょうがないでしょ?」


「分かってる。お前に笑われるくらいヘタレだったのは分かってる。だけど、そう笑われると恥ずかしいんだよ」


「そっか。ふ~ん。そうなんだ」

 にやにやと真冬は俺を見つめて来るのであった。





 





 


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