第三十二幕 雨の中

ザラの後についていくと巨大な屋根に覆われた場所にたどり着いた。

壁はなく、巨大な屋根を支えるように柱が刺さっていた。

屋根の下では他の渡り狼が会話をしていたり、銃の手入れをしていたりと各々自由に時間を潰していた。

自分たちはその一角で座ることにした。


普段は壁がなく、外の景色を楽しむためにあった休憩所も今は雨の壁に覆われて自分たちは隔離されているみたいだ。


「何するんだよ?」

ザラを訝し気に見つめた。


「昼に演奏するのよ。昼の時間帯は稼ぎ時なのよ。それまではここでのんびりしているわ。」

「それに俺が必要なのかよ。」

「ええ。昼まで退屈だから話相手になりなさいよ。」


何を話す必要があるのやら。

朝食の時の彼女の言葉を聞いてから自分は彼女から離れたいと感じた。

ザラは座っていたが自分とアニマは立っていた。


「ネモ。座りましょ。」

アニマが座って、自分も座るように促した。


自分も無口でどかっと床に座り込んだ。


しばらく三人は言葉を交わすことなく時間が過ぎていた。

外はますます雨が降り、雨の音があらゆる音を掻き消していた。


「ねぇ、あんたは何歳なの?私たちより年下に見えるけど。」

「十六だよ。」

「ほんと?そんな風には見えないのだけど。」

「・・・。」

ぼんやりと外を見つめる。

外の灯りは雨のせいで不安げに揺れている。


「子供だと思ったのかよ。」

「ええ、そうよ。」

「そうかよ。」

彼女から目を背けながら答えた。


「親父との約束があるんだ。だからアニマにはちゃんと月都に帰ってもらわなきゃいけないんだ。」

「お父さんは好きなの?」

「お前に言う必要があんのかよ?」

彼女の質問を質問で返した。


彼女を無事に返さないと父との約束を果たすことができない。

約束を果たさなければ父に認めてもらえない。

しかし思っている以上に外の世界は危険だった。

そして自分の力が予想以上に通用しなかった。

だからアニマには危険な目にあってほしくなかった。


「だったらどうすればいいんだよ。」

そんな言葉が漏れた。

本当にどうすればいいのか分からない。


「あんた銃とナイフ出しなさいよ。」

ザラが口を開いた。


「え?」

ザラの言葉を理解できずに聞き返してしまった。


「だから銃とナイフを出せって言ってんの。」

「何言ってんだよ?」

「あんたにどうすればいいのか教えてあげるわ。」

彼女に言われ、しぶしぶナイフと霧狼を取り出した。


「何するんだよ?」

「構えなさい。」

「は?・・・ああ。」

彼女に言われ、霧狼を構えた。

場所は選んで人通りがない方向に霧狼の銃口を向けた。

当然構えただけで何かを狙っているわけではない。

銃口の先はただ雨の壁にぶつかるだけだ。


「これでいいのかよ?」

「本当に狙っているつもりで構えなさいよ。」


彼女に言われて次はちゃんと構えた。

すると彼女が後ろについて自分の腕を掴んで無理やり動かした。


「何するんだよ?」

「構え方を矯正してやってるのよ。次降ろしてからもう一回構えなさい。」

「・・・分かったよ。」


彼女に言われるがまま一度霧狼を下して再び構えた。

また彼女に無理矢理構え方を直された。

「もう一回。」


また同じ動作を繰り返した。

そして彼女に直される。

「ちゃんとした構え方を憶えなさい。ほらもう一回。」


しばらく同じ動作を繰り返すと彼女が自分の構え方を修正するのもしなくなった。


「この構え方を憶えなさい。暇な時に構える練習をしなさい。次第に身体で覚えられるようになるから。」

「これで本当に強くなれんのかよ?」

「狩りや人を殺したら早いけど、あんたはそれはできるだけしたくないんでしょ?」

「まぁ・・・、そうだけど。」

「だったらせめて構える練習をして少しずつ強くなるしかないわ。」

「これ意味あるのかよ?」

「無いよかマシよ。ほら次はナイフを出しなさい。」


彼女に言われてナイフを取り出した。

そして彼女もナイフを取り出して構えた。


「さぁ来なさい。」

「来るってどうすりゃいいんだよ?」

「こうするのよ。」

彼女は一歩で自分の懐に飛び込むと自分の首筋にナイフを近づけた。

ナイフと首筋の距離はほんの僅かで少しでも動くと当たりそうだ。

見下ろすとぎらりと怪しく輝いている。

そして彼女は後ろに飛んで距離を取った。


自分の身に何が起こったのか、そして自分がこれから何をすべきか理解できなかった。


「何ボサッとしてんのよ。殺すつもりで来なさい。」

「は?できるわけないだろ。」

「私のことは気にしなくていいわ。あんたが殺すつもりで来たって傷一つつけられないから。」

彼女の挑発に少しだけカチンときたが彼女に向かう勇気はなかった。


「来ないならこっちから行くわよ。」

彼女が再びこちらに向かった。


再び迫る彼女にナイフをむやみやたらに振って、守ろうとしたが彼女に躱された。

そしてナイフで突こうとすると横に躱されて腕を取られた。

再び懐に飛び込まれ、顎を手のひらで打たれて、上を向いた瞬間足を払われて地面に叩きつけられた。

目まぐるしく視界が変っていき、視界が安定した時には首筋にナイフが突き付けられていた。


アニマがこちらを見つめている。

どうやら不安そうだ。

自分が地面に倒されて無様な目にあってるのを見て恥ずかしくなってきた。

今はアニマに自分の無様な姿は見られたくなかった。


他の渡り狼が自分たちが戦っていることに気付き、興味を持って自分たちの周りに集まってきた。

この休憩所の関心は自分たちに向いている。


「やっちまえ!嬢ちゃん!」

そんな野次が飛んでくると自分囲む人間が続くように野次を飛ばしてきた。


今では渡り狼たちの歓声が響き渡っており、次第に冷たい雨の檻は次第に熱を帯びていく。


「さぁ、来なさい。」

そんな熱を増していく場とは反対のアニマの声は底冷えするように冷たかった。


第三十二幕 雨の中 完








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