第三十幕 小さな出会い

酒場を後にして宿に向かう道中、一人おろおろしている少女に出会った。

少女はアニマやザラより年は小さく、この時間帯に一人で歩くには不適切な年齢だ。

彼女は誰かを探しているらしく右往左往顔を激しく振りながら誰かを探していた。

少女の顔は次第に歪んでいき、泣くのは時間の問題だ。


自分が声を掛けようとしたが最初に飛び出したのはアニマだった。


「大丈夫ですか?泣かないで。お母さんとお父さんとはぐれたのですか?」

アニマは優しく少女に寄り添った。

少女の目の淵は涙で溢れそうで、すんでのところでアニマが少女の涙をすくった。

少女は首を縦に振って答えた。


「迷子になってしまったのですね。私たちがちゃんとお父さんとお母さんの元に連れていきますからね。」

「だったら教会に預けたらいいじゃない。」


「教会」その単語に少しだけ躊躇いを憶えた。

そこには自分を追い出した監視者の顔を思い出した。


「教会か?」

「ええ、探すより手間が省けるわ。それに家族の方も最初に教会を頼るでしょう。」

「そうですね。教会に行きましょう。」

アニマは自分とは対照的にすぐにザラの提案に賛同した。


「お父さんとお母さんに会えるの?」

「ええ、安心してください。一緒に行きましょう。」

アニマは少女に手を差し出し、少女は手を握りしめた。

彼女はそれを見てにこりと微笑んだ。


人の波の中に流されながら歩ているとアニマが口を開いた。

「どうしてはぐれてしまったのですか。」

「お、お母さんと一緒にお父さんを迎えに行った時にはぐれちゃったの。」


少女はアニマの手を握り強さを強めるとアニマも絶対に離さないように手を握り返した。


「お父さんは好きですか?」

「う、うん大好き。」

少女はアニマの方を向いて満面の笑みで答えた。


「お父さん教会で働いているから仕事が終わった時にお母さんと一緒に毎日迎えに行ってるの。」

「教会ですか。ならネモも一緒ですね。」

「お兄ちゃんも一緒なの?」

少女は不思議そうな顔で見つめていた。


「いや、俺の親父は・・・。教会で働いていたことがあったんだ。」

「そうなの?ならお兄ちゃんのお父さんはお父さんの友達なの?」

「別にそういう訳じゃないさ。」

彼女から手を逸らすと彼女が自分の手を握ってきた。


「お兄ちゃんの手硬いね。人形さんみたい。」

「俺は人形じゃないさ。」

彼女の手を振るほどこうとしたが思ったより子どもの手の握る強さは強いみたいだ。

無理やりほどくと泣かせてしまいそうだから諦めて自分の片方の手を少女の好きにさせた。


自分とアニマの間には少女がいて、自分たちの手を握って、歩いていた。

そしてアニマの隣にはザラがいる。

通行人の中に家族連れのような人間がちらほら見える。

その家族も父と母の間に子供がいて手を繋いでいる。

そう、今の自分たちはまるで・・・。


「家族みたいね。」

ザラが横槍をついてきた。


「うるせえよ。」

「人形のお兄ちゃんは私のこと嫌いなの?」

少女が不思議そうに見つめてきた。


「だから人形じゃ・・・。別に嫌いじゃないさ。」

「そう、なら良かった。お姉ちゃんのことは好き?」

「あ、そう・・・だな。」

「付き合ってるの?」


ザラの方に視線を向けると彼女はにやにやした顔を向けていた。

アニマの方はこちらに微笑んでいた。


「付き合ってる?それは分からねぇな。」

「そうなの?恋人じゃないの?」

「恋人?それは何か分からないけど俺たちは友達だよ。」

アニマと目が合った。

アニマも自分の言う事を喜んでいるようだ。


「そうなの?お父さんとお母さん自分たちは恋人って言ってたの。」

「恋人ってなんだよ?」

少女の口から出てくる「恋人」という単語が出る度に首を傾げた。


「えーとね。お父さんはお母さんが好きでお母さんはお父さんが好きみたいな感じかな?」

「それって友達と変わらないんじゃないのか?」

「友達とも違うんだよね。難しいな。」

むむむと顔を上に向きながら少女は「恋人」の意味を考えていた。


「アンナ!」

前から誰かを呼ぶような声が聞こえた。


「お父さん!」

父親を見つけたようで目を輝かせながら自分たちの握る手を手放して声の方に走っていった。


彼女を視線で追うと目の前には町についた時に出会った監視者がいた。

少女はその監視者の胸の中に飛び込み、精一杯抱き着いた。

彼女の母親らしき人物も直後に現れ、彼女を抱きしめた。


「あなたたちは・・・。」

「・・・。」

両者の間で緊張が走る。


「ねぇねぇお父さん。このお兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたの。」

少女が緊張を切り裂いて、自分たちに指を差した。


監視者はとっさに娘を背中の後ろに追いやり、自分たちから隠した。

「娘を助けてくれたことにだけ感謝いたします。」


そして両親は少女の手を握ると踵を返して自分の向いてる方に真っすぐ進んでいった。

自分は彼女がいなくなって寂しくなった手を握りしめた。


「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

向こうから少女の声が聞こえた。

少女はこちらを向いていた。


「助けてくれてありがとう!また会おうね!」


こういう時自分の顔を変えられないことを恨めしいと思う。

「ええ、また会いましょう。」とアニマの優しい声が聞こえた。

だから自分にできる声はできるだけ優しく、別れを告げることだと思った。


「じゃあな。」


第三十幕 小さな出会い 完



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