第二十四幕 音につられて

「いいえ。」

彼は自分たちの申し出を断った。


彼の言葉に最初は信じられなかったので「え?」と聞き返した。


「だから了承しかねます。」

はっきりと威圧を込めて答えた。


アニマも面食らったような顔をした。

自分も彼の言葉を理解して驚いた。


「どうして?!」

「それは最近町に訪れた人の記録にアインホルン様の記録がなかったからです。」

彼は淡々と答えた。

なんだか彼の目は少しだけ疑いを持っていた。


「それに・・・。」

彼は目を細めてアニマを見た。

睨んではいなかったが怒気とは違う冷たい視線だった。


「アニマさん。あなたは本当に月都の人間なのですか?」


彼の質問にアニマは戸惑った。

彼女には質問の意味が分からなかったからだ。


「は、はい。私は月都に住んでいました。」

「なら月都の人間だという証明はありますか?」

「そ、それは・・・。」

彼女は困ったような顔をした。


彼女と出会ったときは彼女は着ている服以外持ち合わせているものがなかったからだ。

だからここで彼女が自分が月都の人間であると証明するものはない。


「いいえ、気が付いた時には何もなかったので。」

「来ている服は普通の村に住んでいる女性の服だと思われますがそれに対してはどのような弁明をなさるおつもりですか。」

「それは・・・。気が付いたらこの服を着ていて・・・。」

「気が付いたらですか・・・。そもそも気を失ったという話も本当ですか?」

彼は彼女の言う事を全く信じている様子はなく、別の目的があるのではないかと問い詰め始めていた。


「おい!そんなに言う事ないだろ!彼女が嘘ついてるように見えるのかよ。」

「ええ、私にはそう映りましたが何か?」

彼は冷たく答えた。


「なんだと・・・。」

「お引き取り下さい。さもなくば二人とも捕まえますよ。」


自分は彼の言葉に反応して掴みかかった。

その時彼は自分の手を見たのだ。


「あなたは手も義手なのですね・・・。そのようなことになるまでさぞかし手荒い仕事をしてきたのでしょう?」

彼は氷のように冷たく自分を見下した目で見ていた。


「離してください。これでも十分捕まえる理由にはなるのですよ。それが嫌なのであれば早くここから出て行っていただきたい。」


彼は入口を示した。


「ネモ。いいのです。」

アニマは自分の監視者を掴んでいる手を掴んだ触れた。


「クソッ。」

そう吐き捨てて掴んだ手を離した。

彼は自分が掴んで皺が寄った胸を直した。

そして自分たちに背を向けて元の机に戻った。


そして自分たちも踵を返して教会を後にした。

教会から出てしばらく歩いていた。


「なんなんだよあいつら。俺らに冷たくするし、挙句アニマの事を嘘つき呼ばわりしやがって。」

怒りに身を任せて自分はどかどかと大股で歩いていた。

彼女は俯きながら両手を下に添えてちじこまって歩いていた。


「ネモ。だからいいと言ったじゃありませんか。あの人は別に悪くはないのです。」

「悪い奴じゃないか・・・。」

「いえ、あの時は月都の人間である証明ができなかった私が悪かったのですよ。」

「そんな・・・。アニマは何一つ悪くないよ。」

「そう言ってもらえると助かります。」

彼女は笑っていたがそれは張り付けたように無理に笑っていた。

内心ではショックと動揺を隠しきれないようだ。

無理もない、折角這う這うの体で教会の詰め所にたどり着いたのに手がかりを掴むことができなかったのだ。

自分よりもアニマの方が不安に感じているだろう。


「これからどうしましょうか?」

往来の中で彼女が不安げに呟いた。


「月都に向かいながら他の町に行ってしらみ潰しに調べてみるしかないな。」

「ネモ。そんな迷惑を欠けてしまいます。」

彼女が申し訳なさそうに言った。


「このまま置いていけるわけないだろ。俺と親父の約束もあるからな。」

彼女を安心させるため出来るだけ優しく宥めた。


「あ、ありがとうございます。」

少しだけアニマは笑顔を取り戻したようで顔を上げて微笑んだ。


こうしてまた自分はアニマとの旅を再開した。


「ネモ。この音は何でしょうか?」

「音?」

「ええ、何だか聞き慣れない音が聞こえてくるのですよ。これはただの音じゃなくて楽器ですかね?」


彼女は不思議なことを言っていた。

自分には町の人の話声と雑踏の音しか聞こえなかった。


「楽器の音ってそんな音しないよ。気のせいじゃないか?」

「いいえ、そんなはずありません。こっちです。」

彼女が音がすると言われる方へ歩き始めた。

そんな彼女を変に思いながらついていくことにした。


「なぁアニマ。そんな楽器の音なんか本当にしたのかよ。」

しばらく彼女についていって聞いてみた。


「はい、不思議ですけどとてもいい音ですよ。ネモも耳を澄まして聞いてみてくださいよ。」


アニマに言われて耳を澄ました。

すると町の騒がしい音の中に一つ変わったような音が聞こえた。

仕事の音や雑踏の音、そして話声などの生活では出ることはない不思議な音だった。

それが調子を変えながら聞こえてくる。

とどのつまり何か楽器を演奏しているのだった。


「本当だ。聞いたことのない音だな。」

「ですよね。私の言った通りです。ネモ、向こうですよ。」

彼女は声を弾ませながら演奏をする方に吸い寄せられている。

自分も彼女の後をついていった。


演奏を頼りにたどり着いたのは町の広場だった。

町の往来とは別にここでは人々が目的を棚に上げて思い思いに時間を潰しているように感じた。

その端っこに人が集まっているのが見えた。

その人だかりは一様に同じものを見ているようだ。

そこから件の音が聞こえてくる。

彼らもこの不思議な音色に引き込まれたのだろう。


人だかりに加わるとその先には少女が座っていた。

背丈はアニマと同じか少し高いくらいで年齢もそう大差はない。

髪は金色で目は星を一つ取ってはめ込んだような澄んだ青色。

そして彼女は不思議なものを持っており音の出所はそこだった。


大きさは一歳か二歳の子どもくらいの大きさ。

どうやら木でできているようでそれの上の部分は細く、下は分厚い箱のように作られていた。

下の箱は四角ではなく二つの楕円を合わせたような見た目で上の方が小さく、下は大きい。

その二つの楕円の境界線上の部分に一つだけぽっかりと穴が開いていてどうやら箱の中身は空っぽだった。

そして気になるのは上から下まで数本の張り詰めた糸が伸びていることだった。

彼女がそれに触ると糸は細かく震え、自分たちが聞いた音が聞こえた。


彼女はしばらく目をつぶって演奏しており、まるで目を封じて耳で音をより高みの段階へと引き上げているように感じた。

自分にはよく分からなかったがアニマはその演奏を楽しそうに聞いていた。


彼女の演奏が終わると聞いていた数人の村人が拍手して、お金を渡していった。

そして人々は自分たちの本来のやるべきことを思い出したかのように彼女から離れていった。

最終的に残されたのはその楽器を演奏をしていた少女と自分たちだけになった。


「とても素晴らしい演奏でした。」

アニマは彼女に歩み寄った。


「ありがとう。」

彼女はアニマの誉め言葉に対して嬉しそうに答えた。


「私はアニマと言います。あなたは?」

「ん?私の名前?」


少しだけ風が自分たちの間に舞い込んできた。


「私の名前はザラ。ザラ・マンデン。渡り狼をしているのよ。」

彼女の外套が風で少し吹かれ、彼女の腰に二丁の銃が提げてあるのが見えた。


ザラと名乗った少女は無邪気に微笑んだ。


第二十四幕 音につられて 完




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