第六幕 魂の行方

「俺が変わることを恐れているように見えているのか。」

ヴィルヘルムは表情を変えず、そう返した。


「そうだ。」

ヴァイスマンの目はヴィルヘルムととらえ続けている。


「もう何もかも変り切ってしまった俺に何が変わるというんだ。」

「いや変わるとも。例えどれだけ堰き止めようとも己は止めることはできない。」


窓から差す星の光がヴァイスマンを照らす。

ヴィルヘルムにはそれが逆光として映り込み、ヴァイスマンが影のように見えた。


「変わるのはネモも同じだ。」


ヴァイスマンは続けた。


「ネモの義体の換装を止めてから約六年。ネモの体はそれ以上変わることはない。だがネモの心は変わり続けた。」

「ネモが変わったところで何が変わるんだ。あいつは非力なままだ。」

「ネモは決して非力ではない。意思は力だ。後は旅と出会いがネモをより強くしていく。多くのものを知って、そして真実を受け止めることができるだろう。」


ヴァイスマンの真実の言葉にヴィルヘルムは目を逸らした。

「知ってどうなる?あいつは外に出ても傷つくだけだ。それにあんな真実をネモが抱えられると思うのか?」

「ああ受け止められるとも。そしてネモの旅が苦しみだけでなく祝福があることを信じている。」

ヴァイスマンは力強く答えた。


「とにかく俺はあいつを・・・。」

ヴィルヘルムはヴァイスマンに背を向けた。


「儂からはお主に言いたかったのはこれだけじゃ。ネモを呼んできてはくれんか?」

ヴィルヘルムは無言で立ち上がり、扉に手をかけたそして扉を開けた。


「ヴァイスマン。世話になった。」

「ああ、ヴィルヘルム達者でな。」

扉を閉めて、ヴィルヘルムは自分の部屋に向かった。


「ネモ。」

扉が開いたかと思うと、扉の向こうで父が自分の名前を呼んでいた。


「なんだよ。」

「ヴァイスマンが呼んでいる。」

「分かった。」


椅子から立ち上がり彼女の方を見た。

「じゃあ、また。」

「ネモ。また。」


そう言って部屋から出ようとした。

ずっと灯りの点いた部屋にいたせいか部屋に出るといつもより余計に暗く感じた。

なぜかそんな床を踏む音が近くなっていった。


扉を開けるとそこはいつもと変わらない部屋のはずだった。

だが目の前には先生が眠っていた。

先生は月あかりに照らされてまるでどこかへ消えてしまうようなそんな不安に駆られた。


「先生?」

先生の傍に駆け寄った。

先生は目を瞑っており、まるで体が動いてないように感じた。

いやな予感が現実に変わっていく。


「先生?」

先生の肩に触れた。

辛うじて体は動いているらしくまだ生きている感触を感じた。


「ネモか?」

そう先生は薄っすらと目を開け、囁くように口を開いた。


「儂はもう長くない。だから最後に別れを告げようと思ったのじゃ。」

「そんな・・・。そ、そんな嫌だよ。」

先生の言っていることは理解したくなかった。

先生の別れが来ると分かっていてもそんなの受け入れることはできなかった。

自分は先生に泣きついていた。

流す涙なんてないのにとても胸が張り裂けそうな気分だ。


「置いていかないでよ先生・・・。」

縋るようにそう言った。


「いやネモ。死んだ者は誰も置いていかぬ。儂の言葉や記憶はお主の中に留まり続ける。それを抱えてお主が歩き続けるんじゃ。」

先生は自分に手を出した。

自分はとっさに先生の手を取った。


先生は微笑んだ。

そして手の力が次第に抜けていくのが伝わった。

自分は落とさないように先生の手をベッドに戻した。


自分の手の中には折りたたまれた紙が一枚入っていた。


「ネモ。決して忘れるな。どんな暗闇の中にも光はあり続ける。このドゥンケルナハトを照らしているのは星の光と人の光であることを。」

先生はそう言うと瞼を閉じた。


「先生。先生?!」

先生の体を激しく揺すったが先生が目覚めることはなかった。


そして自分は先生から手を放し、膝をついて項垂れた。

そして先生の部屋に響いたのは自分のすすり泣く声だけだった。



部屋を出ると父が待っていた。


「ヴァイスマンは逝ったか?」

自分は下を向いたまま何も言わなかった。


自分は今、父とアニマが外にいた。

家から少し離れたところに先生を弔うために大量の薪と先生の入った棺桶が置いてあった。

アニマはどうしても葬儀に参加したいということだった。

父はしばらく思案したが了承した。


最後に先生の顔を見た。

体の動きは完璧に止まっており、それは触らずとも明らかだった。

最後に先生の別れを済ませ、父が火の付いた木の棒を薪の中に入れようとした。


父が火が点いた木の棒を投げ入れる直前、自分は父の腕をつかんだ。

しばらく父は振りほどくことなくそのままにしていたが最終的につかんだ手を放し、父は薪の中に火を投げ入れた。


炎は最初は小さかったが次第に燃え広がり、棺桶を包み込んだ。

燃え上がる炎が辺りを照らし、たなびく煙は空へと真っすぐに昇って行った。

そして燃え上がる炎は次第に勢いが弱まっていき、最後に残ったのは星空の灯りと灰だけだった。


第六幕 魂の行方

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