第四幕 恥ずかしがり屋な人形少年

暗い暗い闇の中、上を見ても真っ暗なのはいつものこと。

でも足元も真っ暗で何も見えない。

自分がどこにいるか分からない暗闇の中。

そんな中、遠くに光のようなものが見える。

そこに向かって、歩いていく。

懐かしい声を置き去りにしながら。

光に近づいていくにつれて声が聞こえる。

男の子のような声が聞こえた。

まるで自分を呼んでいるように。


目を覚ますと自分は知らない部屋のベッドの上で眠っていた。

身体は仰向けのまま辺りを見渡すが自分に声を掛けた人はどこにもいない。

どたどたと走るような音が聞こえて、それに合わせて木の床がきいきいと短く軋む音が部屋にも響いた。

身体を半分に起こして辺りを見渡すがやはりこの部屋には誰もいなかった。

しかし扉の向こうから声が聞こえた。


「親父!女の子が起きたぞ!」

と眠っている時に聞こえた男の子の声が聞こえた。


するとこの部屋に向かって足音が近づいてきた。

そして扉から現れたのは大きな男の人だった。

髪と目は赤色で髪が長くて、髪を後ろでひとつにまとめていた。

髪型は女の人みたいなのに女性らしさは感じなかった。


「大丈夫か?」

さっきの男の子の声ではなく、低い大人の声だった。


「はい。ここは?」

「俺の家だ。君は家の近くの森の中で倒れていて、そして俺の家まで運んだ。」

「そう・・・ですか・・・。」

「ヴィルヘルム・ホフマンだ。君の名前は何て言うんだ?」

「アニマ・・・。アニマ・フォン・アインホルンです。」

「そうかアニマか。」


目の前の男の人は自分を助けてくれたようだった。

ただなぜ自分が危ない森の中にいるのか覚えてなかった。


「なぜ私は森の中にいたのですか?」

「さぁ、それは分らない。俺も聞きたいところだがどこから来たんだ?」

「私は月都に母と一緒にいました・・・。ここはどこなんですか?」

「霧の村から離れた場所にある俺の家だよ。」

「霧の村ですか?」

「そうだ。どうして月都から鉄馬でも一月ほどかかるここの近くで倒れていたんだ?」

「それは・・・。分かりません・・・。」


なぜ自分が月都から遠く離れた場所にいるのか分からない。

思い出しても普通に月都でいつものように過ごしていた記憶しかない。


「そもそも。」

とヴィルヘルムさんは続けた。


「君は本当に月都の人間なのか?」

「はい。」

「ならなんで服装が村の娘と一緒なんだ?」


そう言われて自分の服を見てみると自分のいつも来ている服とは違うものを着ていた。


「それは・・・。私にも分かりません。」

「そうか。何があったか知らないが今日は安静にしているといい。明日あたり教会の所まで送り届けよう。教会に預かってもらい月都に帰るといい。おそらく旅行中か何かで家族とはぐれたのだろう。月都から出たなら教会の記録に残っているはずだ。」


ヴィルヘルムさんは後ろを向いて部屋を出ようとした。


「あの、どちらに?」

「飲み物と食事を持ってくる。」

「あ、ありがとうございます。それとあともう一つだけお聞きしてもよろしいですか?」

「何だ?」

「他の人の声が聞こえて起きたのですが誰か他にこの家にいるのですか?」

「ああ、十六になる息子のネモと同居人のヴァイスマンという老人がいる。」

「そうですか。」


声の主はネモという青年だったのか。

自分は年の近いネモという青年に親近感みたいなものを感じた。

そしてヴィルヘルムさんは部屋を後にして自分だけが部屋に取り残された。



少女が起きて安心したがいざ顔を合わせるとなると躊躇してしまって父を呼びに部屋を出てしまった。

人形の身体を見て、自分のことを気味悪がってしまうのではないかと心の底で怯えていた。

父を呼んでからしばらくは自分の部屋にいたが彼女がいる親父の部屋を廊下から見ていた。

会うべきだろうか、やはり村の人のように自分を嫌うのだろうか。


先生が言った先生以外にも自分を受け入れてくれる人がいるという言葉を思い出したが意気地の無い自分を行動に移させるだけの勇気を得る事ができなかった。

外の世界に憧れているのにその世界が怖くて怯えている自分がどうしようもなく嫌でたまらなくて、またそこから抜け出せないでいる事実と今の気持ちが自分をより惨めにしていった。


何とか彼女が帰るまでやり過ごそうとした想い、自分の部屋に戻ることに決めた。

父も彼女の前で自分を呼ぶことはしないだろう。

そんな父の一目を気にする癖を今日だけは感謝してしまった。

自分の部屋に隠れようと父の部屋に背を向けた。


「あの。」

と後ろから声が聞こえた。


振り返ると気を失っていた少女が目の前に立っていた。

突然のことで驚いてしまい、尻もちをついてしまった。


「あなたがネモさんですか?」

そう彼女が言って近づいてくる。

廊下の中は暗くて自分の事がまだよく見えていないらしい。


「あ・・・。あ・・・。」

自分はそんな彼女に無意識的に姿を見られたくないと思い、後ろに後ずさった。

そんな願いも虚しく彼女に自分の姿を見られてしまった。


「まぁ・・・。」

自分の姿を見て彼女は声を漏らした。


そんな彼女の目を自分は心の底で怯えながら見つめていた。

目の色が驚きから軽蔑に変わるそんな瞬間を。


「あなたお人形さんなのですか・・・?。」

「いや俺は・・・ネモだ・・・。」

彼女の問いに息が漏れるように答えた。


すると彼女は尻もちをついている自分に手を差し出した。

彼女の顔は自分を軽蔑する人間の顔ではなかった。


「大丈夫ですか。どうぞ捕まって下さい。」

そう彼女に促されて彼女の手を取って何とか立ち上がった。


「はじめまして私はアニマ。アニマ・フォン・アインホルンです。」

「僕は・・・。いや俺の名前はネモ。ネモ・ホフマンだ。」

「ネモさんですか。」

「いやネモでいいよ。」

「そうですか。よろしくお願いします。ネモ。」

彼女はそう言うと優しく微笑んだ。


第四幕 恥ずかしがり屋な人形少年

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