金曜日のお昼休みを過ぎた穏やかな日差しの差す教室での授業中に不意にスマホが鳴り出して私は「うっわ最悪」と考える。着信音からLINEとかではなくて私の電話番号にそのまま電話をかけてきたということがわかる。ミキもマキもチヒロもタハタもおじさんもおばさんもLINEで連絡をしてくることがほとんどなので「あぁ、師匠じゃん」と直感的に理解をしてから最悪という感情が来る。そうして私は授業中にお手洗いと言って教室を出て、わざわざ階の違う人の出入りが少ないトイレに行って電話を折り返す。


「やぁやぁ久遠さん。貴方の五葉塾の代理塾長、桐野ですよ」

「師匠、授業中に電話してくるの空気読めてないですよ」

「仕事ですし」

「それ、今時通じないですよ、パワハラですよ、パワハラ。あと私、五葉塾の生徒ですよね?」

「雇用契約書にはそういうケースも書いているし、今回は表の生徒としてではなくて、言葉師ことのはしとしての久遠さんへの連絡ですし」


 絶対なんか適当に言いくるめられているけど私は学校で雇用契約書なんて手元にないしそもそも私は未成年で高校生なのにこんなん成り立つの?って思うけれど実際のところ私はこのやり取りを不快に感じているわけじゃなくてちょっとしたじゃれあい程度で仕掛けていてそれを師匠もわかっているので適当に流す。実際のところ私がその話に乗る気がないのならこの話は頼めるような話題じゃないのだ。それを私も師匠もわかっている。

 言葉師、ということは、大体そういうことだ。私が言葉師と呼ばれるということはそちらとしての用件ということだ。


「それで、どーすればいいんですか、私」

「だいたいいつもの通り。調査と解決。学校終わりに車が迎えに行くのでそれで現地に行ってください」

「わかりました。師匠は」

「桐野は今テレビ見るので忙しいんですよね」


 ブツッ!とスマホの通話を気持ち乱暴に切る(タップなので乱暴も何もないのだけど)。


「あー最悪」


 そんな気分で放課後になって、学校から少し離れたところに止まっていた五葉塾の車に乗って私は現場へ向かうことにする。


▼▼▼


 五葉塾――表向きには古く鎌倉時代にルーツを持つという由緒正しき寺子屋に由縁を持つ塾でありながら、陰陽道にも通じたという旧神祇省特務部をルーツに政府から独立した権限を持つ機関としての側面を持つ……なんて伝え聞くけれど私はルーツなんて正直どうでもいい。表向きは学業のために私が通う妙に建物が無駄にデカイ経営難の塾で、裏向きは私の住む世界、それで十分だと思っている。

 裏の顔は、UMA、都市伝説、幻獣諸々扱っていて、現実離れした物事のなんでも解決屋、といったところだ。少なくとも、私の理解では。


「不満そうだな久遠」


 車を運転していた東光院妙寺がそう声をかけてくる。五葉塾の面々は私の家族みたいなものなので、あーだこーだと私に世話を焼いて面倒くさい。

 東光院さんは私のサポートで、本人も武術の心得はあるのだけど適正の問題で私の移動だとか、物資の調達だとかを諸々やってくれている。やってくれているのだけどたまに世話焼きが面倒くさい。


「別に。師匠が授業中に電話をいきなり鳴らすの勘弁してくれないかなあ、ってだけです」

「そうか」

「そうですよ。概念刀は?」

「許可が出ている。後部座席だ」

「ありますね」


 後部座席に一振りの刀が置いてあるのを一瞥する。

 東光院さんは五葉塾の人の中では私にそれなりに気をかけるけれど適当に流したら変に追求してこないところが心地よい。だから私のサポート役になっているんだろうけど。師匠とかだとデリカシーがないのでどんどんおちょくってくるので面倒くさい。私は師匠から送られた資料をスマホでチェックする。


▼▼▼


 日本の中国地方に位置する地方公共団体にある村、忘願村で行方不明と不審死の事件が多発している。


 忘願村――過疎化が進み、世間から見捨てられた古びた村。それ故に独自のシステムが構築され、需要と供給が閉じた世界の中で完結し、循環していたという。

 隔絶されたコミュニティというものはこの世から隔絶されるということと重なり合っている。


 ――そこには、この世の外のものが漂流する。


 行方不明者は、相沢幸平(53)、相澤正(75)、秋山智紀(76)、朝井重信(73)、安藤浩二(43)、石津隆二(45)、石田翔太(77)、井上健吾(75)、今泉正午(75)、植松昭雄(66)、江原喜一(77)、大槻覚(67)、加藤文昭(59)、金子隆宏(48)、菊池茎子(65)、黒木直人(67)、小島孝明(75)、桜田結城(65)、貞本敬次(58)、佐藤茂(45)、佐藤重里(64)、佐藤伸晃(78)、下村春香(52)、下田雄二(47)、鈴木史紀(65)、田中圭介(77)、筒井秀作(78)、寺田修二(68)、花菱滝寺(78)、花村恭子(54)、前島聡(78)、溝沼与一(87)、村田香(54)、村上十三(36)、山口智樹(77)、山田幸喜(76)。

 死亡者、大橋未来(65)、緒方浩道(77)、小黒真(76)、川辺智彦(65)、島本耕作(54)、新田貴教(68)。


 死亡者は全身に欠損があり、切断された四肢の断面は不揃いになっている。何かに噛み切られたかのような跡で凶器などは見つかっていない。


 私は資料をスクロールして次から次へと読んでいく。


 この世の外のもの、怪異と言われるもの。

 そういったものが「事を起こす」のに絶好の環境だ。

 こんな騒動しょっちゅうなので「なんで?」「どうして?」なんて私は関心は持たない。変に考えようとすると、安易な《言葉》で思考が止まる。

 そうして安易な《言葉》を当て嵌めたが最後、真実は掌からすり抜ける。

 私はもっと考えなくちゃいけない。情報を集めないといけない。


「これ、死体の写真ないんですか?」


 私が招集される事件で、概念刀を持っていけっていうのはそれは荒事であることは間違いない。でも雑に理解はよくない。私が対峙する相手は知覚することが何より大切なのだから、と私は思い東光院さんに聞く。


「資料に書いてあるだろ」

「いや、これ一人分の断面じゃないですか。死亡者全員の写真ないんですか?」

「いや、あれなぁ、結構きついぞ。やめとけよ」

「いや〜余裕ですよぉ。ほら、私結構そういう映画も見ますし。余裕といっても過言じゃないですよ」

「いや、過言だろそりゃ」

「いやいやいやいや。しょうもない話も、まぁいいです、とにかくそういうこともあるらしいから余裕余裕。絶対余裕超余裕。いいから見せてください、早く」


 はぁ、と軽くため息をついて東光院さんがダッシュボードの中を見るように言う。中にはタブレットが入っていて、データを見る。惨劇を見る。


 資料の先の写真を見る。

 死亡者は全身に欠損があり、切断された四肢の断面は不揃いになっている。何かに噛み切られたかのような跡で凶器などは見つかっていない。

 一人目、大橋未来(65)。ちょうど右半身が暗闇、左半身が照らされる形で倒れており、顔面の右半身がギザギザの断面でえぐれている。

 二人目、緒方浩道(77)。下半身の切断による失血死。下半身も大橋未来同様にギザギザの断面で切断されていた。地面は一面血溜まりとなっていた。

 三人目、小黒真(76)。廃校となった学校の校庭の外れにて発見。下半身を切断され、ぐるりと円を描くように引きずられた痕跡があり、草むらの中に埋もれていた。

 四人目、川辺智彦(65)。校庭にて発見。焚き火をやっていた痕跡があり、全身が焼きただれた状態で発見。しかし直接の死因は胴体の切断。切断面は他と同様。

 うんざりしてくる。


「ひどいですね」

「ああ、ひどい」

「あ、すみません」

「あ?」

「運転中にこういう画像は、予想外に、いやちょっと油断してて、いや気を張ってれば余裕なんですけど……率直に言って吐きそうです」

「馬鹿!!!!!!!!!」


 そうして私たちは余計な時間をかけることになる。いや本当きつかったんです。


▼▼▼



 結局車を止めてゲロを処理して、コンビニでトイレ借りて口を濯いで飲み物買って飲んで少し落ち着いて東光院さんはその間ファブリーズを車内に半泣きでばらまいてた。本当にごめんなさい。

 そうして二十分ほどして再度車で発進する。窓は全開で。


「未成年に見せる画像じゃないですねありゃ……」

「だから資料にまとめたんだろ……」

「映画で慣らしてるから余裕だと思って」

「わけわかんねえことを……」

「はぁ、これだからロマンがわからないですね東光院さんは……」

「俺はロマンがわからなくてもゲロを車内にぶち撒けない人生を選ぶよ」

「ごめんなさい。まじで。ほんとう」


 でも、私はもう一度 《視る》 必要がある。


 東光院さんがぶつくさ言うけど気にしないで私は右の目の隙間に指を滑り込ませる。


「っておい! 車止めるから急に指突っ込んだりするなよ、危ないだろうが」

「え、これは慣れてくださいよ。毎回じゃないですか」

「慣れねえんだよ! 俺は目薬さすのも苦手なの! 外すの見るとぞわぞわすんの!」


 東光院さんが急に熱弁しだすも私は完全無視で右目を引っ張り出す。

 私の右目は義眼で出来ている。


「あああ……せめて先に言ってくれよ……」


 どうにも引き摺り出す、というところがぞわぞわするらしくてもうかれこれ十数回はこのやりとりをしている気がする。こういうのは良い加減本気で怒られるんじゃって気もするんだけど、そういうやりとりが楽しいもんだからついやってしまう。

 右目の義眼を外す。

 私の視界が変わる。


「それで、見えるのか」


 東光院さんが調子を戻して聞く。


「うん」


 私はもう一度画像を《視る》。


「歯形ですね。これは」


▼▼▼


 私の右目を空洞にしたのは義姉さんだ。

 それはどうしようもない、事実。

 でも私は義姉さんにどう思われていたんだろう? 私の右目が今も空洞であることは一体どういう意味があるんだろう?

 師匠も東光院さんもそこについては何も言わない。私はそれを自分で考えないといけない。

 ただわかっていることは私の右目をえぐり出して、潰したのは義姉さんということだけ。それは紛れもない事実。 


「こっちも歯形、これも歯形、そんでこっちもやっぱり歯形」


 だけど、それで《視える》ようになったものがある。《視える》ようになった世界が存在する。

 切断された断面が何かという輪郭が《視える》。

 それは私に別の世界を感じさせながら同時に、私を強く今ここにいる世界と結びつける。

 私はどこに立っているんだろう? 私のこの右目は何のために存在して、あるいは存在していないんだろう?

 ただわかることは、私の右目は今完全に《視える》ようになっているということだけだ。何かが、本来失ってはいけないものが失われて完璧な世界が見えることだってある。

 そうして今、《視えた》世界には歯形がある。

 私は自分の中にあるイメージとその歯形が重なる。


「例えば、サメですかね」

 

 車内に無言の時間が流れる。馬鹿馬鹿しいことを言ったから、荒唐無稽のことを言ったからではない。


「……よくもまぁそう見えるもんだな。そうも確信持てるもんなのかね」


 東光院さんは関心を通り越して呆れた声だ。仕方ない。私と見えている世界が違う。


「持てますよ」


 イメージが世界には満ちていて、言葉が世界を形作る。馬鹿馬鹿しい見立ても一定数の《認識》があれば、そう世界はなるようになっている。


「この村の風習ってどんなのでしたっけ」

「フォルダの中の5番目の資料に書いてある。俺は馬鹿馬鹿しくて熱弁できやしない」


 読んで理解する。おーう。村の風習はカルト、といった印象で私は辟易する。

 鮫、それを神として崇め奉っていたという。もっと現代的な信仰に発展できないんだろうか? そんな消費され尽くした概念に神を見出させるんだろうか


「鮫って信仰集めるんですか?」

「海外にはないわけじゃない。ハワイの方にある」


 そう言われて更に資料を読むとサメの神様について書かれていることを知る。

 カモホアリィ。サメの王様。カモホアリィは火の神ペレの兄で頼もしい神として伝えられているという。


「まぁ現場で聞いてみてくれ。情報があればもっと見えてくるはずだから」


 窓から景色を見ながら事件について考える。

 過疎化の進む日本の村と鮫。カモホアリィ。サメの王様。どこでそれがつながるんだろう。どうやってつながるんだろう。

 そう考えながら改めて資料を見ていたけれど、山奥の村で海なんて全然周囲にないことがわかる。

 周辺にある水辺は川ぐらい。それも人が立てる程度の水位。そんな場所で鮫が生存できるんだろうか?

 そうこう考えているうちに私は現場へ到着して、東光院さんは「片付いたら迎えにくる」なんて言って私を概念刀と一緒に放り出す。なんてやつだ、信じらんない、と不満を言いたくなるがいつものことなので私は気を取り直して今尚この村から離れない奇特な生存者と邂逅する。

 そして私は榎音未唯愛えねみゆあと出会う。

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