53. Born To Be Wild(前編)

 大学を卒業した夢葉。

 4月からはフリーターになった。

 そもそもまともな就職活動すらしていなかった彼女を、怜や翠は心配していたが、彼女には彼女の「目標」があったのだ。


 それを胸に秘めながら、彼女はその社交性の高さを生かして、ファミレスのアルバイトに励んだ。場所は、地元の埼玉県ではなく、東京都。日本一人口が多い街、日本一慌ただしい街で、働きながらも、彼女は何とも言えない「違和感」を感じていた。


 気がつけば、8月。

 働いてから4か月が経っていた。


 そんな8月頭のある暑い真夏の日。


 仕事が終わって、夕方、帰宅するため、バイクを走らせていると、怜から着信があった。


 バイクに乗っていた彼女は、携帯をナビに使っていたため、一旦、コンビニに立ち寄って、エンジンを切ってから、折り返しで電話したのだが。


「よう、夢葉。元気か?」

 声の主、怜の声が、まるで普段の彼女からは考えられないほどに、「弾んで」いた。


「元気ですよ。どうしたんですか?」

 尋ねる彼女に対する回答が、予想を大きく上回るものだった。


「実は今、北海道にいるんだ」


「えっ。北海道? なんでまた。っていうか仕事、どうしたんですか 夏休みですか?」

 ところが、怜はなおも明るい声で笑いながら、


「辞めてきた」

 とだけ言ったので、仰天する夢葉。


「はあ? 辞めてきた。って何、考えてるんですか?」

 その一方、後ろから翠の「代われ」という声が聞こえてきた。


「夢葉ちゃん、久しぶり!」

 翠の底抜けに明るい声が聞こえてきた。


 実際、あれから4か月。彼女はひたすら働いてきたから、ほとんど怜にも翠にも会っていなかったし、ツーリングもソロでたまに近場に行く程度だった。

 もちろん、就職を逃したという「後ろめたさ」もあった。


「翠さんまで。一体、何やってるんですか?」


「ははは。実はな、私も辞めたんだ、仕事」


「はあ? 翠さんまで。何でまた?」


 すると、翠は明らかに酔ったような、呂律ろれつの回っていない口調で、

「バカヤロー。あんなブラック企業なんて、こっちからやめてやったわ!」

 と返してきた。


 ついでに、怜にまた電話が代わったかと思うと、

「まったくだ。クソみてえなブラック企業だったからな。私の貴重な人生をブラック企業なんかにささげられてたまるか」

 怜もまた、酔っているようで、いつもにも増して毒舌気味に、叫ぶように言ってきた。


「まったく、お二人とも。なんていうか、ワイルドっていうか、思いきりましたね」

 嘆息しながらも聞いてみると、7月末をもって、二人とも会社を辞めたそうだ。そして働いていた時に稼いだ金や、運良く出た退職金や失業保険を使って、一気に北海道までツーリングに来たという。


 しかも、滞在は2週間以上を予定しているという話だった。

 呆れて、言葉が出ない夢葉だったが、同時に「羨ましい」とも思ってしまう。この息苦しいほどの人混みや渋滞が頻発する大都会にいると、息が苦しくなるような思いすらするからだ。


「それでな。お前もこっち来ないか?」

 怜だった。


「いや、そんないきなり言われても。バイトもありますし」

 尻込みしていた夢葉は、まだ常識を保っていたのだが。


「そんなもん、辞めちまえ。どうせ、所詮はバイトだろ」

 怜の口調が、いつもにも増して強引に聞こえた。


「いや、まあ。そうですけど」

 尚も、煮え切らない夢葉に業を煮やしたのか、怜が不思議な一言を発したのは、次の瞬間だった。


「人生は一度きりだし、私たちはまだ若い。やり直しも利く。つまりな」

 一度、言葉を切ってから。


Born To Be Wildボーン・トゥ・ビー・ワイルドだよ」


「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド?」


「知らないのか? まあ、お前の母さんに聞いてみな。知ってるはずだから」

 そう告げた後、彼女は。


「私たちは今、せたな町ってところにいる。しばらくいるから、お前も来い。待ってるぞ」

 一方的にそう言って、電話を切ってしまった。


 嘆息しながらも、夢葉は少し考えていた。

(まあ、確かにバイトで貯めたお金もあるし、所詮バイトだから、いつ辞めてもいいんだけどさ。相変わらずいきなりだなあ)


 思いながらも、携帯の地図アプリから「せたな町」を検索していた。

 それは北海道でも、マイナーな地名で、札幌からはるか南西部、日本海側に位置する小さな街のようだった。


 見たところ、特別な観光地などないようにも見える。


 そんなところに滞在しているのが、不思議に思えたのだが。


 早速、帰宅して母に聞いてみた。

「ねえ、お母さん。ボーン・トゥ・ビー・ワイルドって知ってる?」

 台所でいつものように料理を作っていた母の絵美に近づいて、尋ねると。


「Born To Be Wild? ええ、もちろん知ってるわ。『Easy Riderイージーライダー』ね」

 お玉を握りながら、絵美は笑顔で答えた。


「イージーライダー?」


 世代的に、全く知らなかった夢葉に、人生の大先輩でもある絵美は、微笑みながらも説明してくれた。


 『Easy Rider』とは、1969年のアメリカ映画。メキシコからロサンゼルスへのコカインの密輸で大金を得たワイアット(ニックネームは「キャプテン・アメリカ」)とビリーは、金をフルカスタムしたハーレーダビッドソンのバイクのタンク内に隠し、カリフォルニアから謝肉祭しゃにくさいが行われるニューオーリンズを目指して、バイクで旅に出る。

 その途中、様々な人に出会い、「自由」を求めて彷徨さまようが、やがては殺伐としたアメリカの現実に直面する。


 そんなストーリーだという。そして『Born To Be Wild』とは、その主題歌になった有名な曲だという。

 直訳すれば「ワイルドで行こう」くらいの意味で、カナダのロックバンド、『Steppenwolfステッペンウルフ』が1968年に発売し、大ヒットした曲だという。


 そんな古い物を知っているのが、いかにも怜らしいとも思ったが、自室に戻り、ネットで検索して、曲を聴いてみると。


 確かに、疾走感があり、いかにもバイク乗りに合いそうな曲だと思った。それ以上に、怜には似合うと。


 夢葉の決断は早かった。

 翌日には、バイト先を辞めることを告げたが、引継ぎがあるから最低でも3日後になるという。


 その間、うずうずしながらも待っていると。

「夢葉ちゃん。せっかくの夏休みなので、ツーリングに行きましょう?」

 またも、涼から唐突にメッセージが入ってきた。


「ごめん、涼ちゃん。私、北海道に行くことにしたから」

 そう返信すると、いつものように、驚くべき速さで、


「えー、北海道! いいなあ。私も行きます!」

 と返ってきたので、驚くと同時に、ひとまず怜と翠に相談しようと思った夢葉。


 早速、グループメッセージを送ると。

「ええで! おもろそうやから、涼も連れてこい」

 もう完全に楽しんでいるだろう、と思われる翠からすぐに返信が返ってきた。


「いいぞ。旅は道連れだ。多い方が盛り上がる。あと、来るならテントを持ってこいよ。キャンプもやるからな」

 怜も、すでに出来上がっているのか、予想に反してノリノリだった。


 涼に、

「二人の許可が出たから、北海道までフェリーで一緒に行く?」

 と聞くと。


「はい! 喜んでお供します」

 現在、高校3年生。受験があるはずなのに、涼は後先考えていないようだな、と思いつつも、夢葉はそれは自分も同じか、と自虐的に思っていた。


 北海道行きのことを、父に話すと、当然ながら。

「はあ? 北海道だ。お前はバイト先も勝手に辞めて、何をそんなにふらふらしてるんだ?」

 さすがに、色めきたつように怒りを露わにしていた父だったが。


「まあまあ、お父さん。きっと夢葉には考えがあるんでしょう。この子が何も考えずに北海道に行くとは思わないし、いいんじゃない?」

 いつものように、母が助け舟を出してくれていた。もっともこの母は娘が「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」や「イージーライダー」のことを聞いてきた時点で、何かに感づいていた。


 実際、夢葉の中でも、ある「考え」があったのは確かだった。

 これは、そのことを「証明する」旅でもある、と思っていた。


 出発は4日後。

 バイト先の引継ぎをやりながら、夢葉は北海道行きの準備を始めた。テント、シュラフ、バーナー、クッカー、アウトドアチェアー、アウトドアテーブルなどのキャンプセットに着替え、防寒着など。


 一度、北海道に行っている彼女は、そこが真夏でも防寒着がいることを認識していた。


 人生の先が見えないのに、彼女は北海道行きを、嬉々として準備していた。



 そして、あっという間に出発の日。

 自宅前に迎えにきた涼と落ち合う。

 彼女もまた、夏休みとはいえ高校3年生の大切な夏のはずなのに、後先考えずに大量の荷物を愛車のスーパーカブc125に積んで現れた。


(ホント、みんな「バカばっかり」だね。まあ、そのバカには私も入るんだけど)

 自虐的に笑いながらも、涼と共に、大都会を出発し、夢葉は涼を連れて、茨城県と大洗へとバイクを走らせた。


 大洗フェリーターミナルからは、運良くチケットを取れた「夕方便」に乗り込む。大洗から苫小牧までは「夕方便」と「深夜便」があり、夏のこの時期は混んでいるのだが、たまたま運よくキャンセル待ちの空きが出来たので、二人分のコンフォート席を予約していたのだ。


 船に乗り込み、コンフォートの席へ着くと、そこは二段ベッド式の狭い寝台になっており、向かい合う形で4つの座席が並んでいた。


 周りの多くの乗客がバイク乗りと思われる格好をしていた。

 即ち、ライダースジャケット、革ジャン、ライダースブーツなどが目立つ。


 そんな中、涼と会話をしたり、食事をしたり、風呂に入りながら、長い船中の旅を楽しむ夢葉。

 寝る時間になって、一人になると持ってきたipodにあらかじめ入れておいた「Born To Be Wild」を聴いていた。


 すでに彼女はこの曲を気に入っていた。



 翌日の13時30分頃。ついに懐かしい北海道、苫小牧港に上陸。

 およそ3年ぶりの北海道は、相変わらず高い空と、夏とは思えないほどカラッとした晴天に包まれており、本州とは明らかに違う涼しくも感じる空気感が漂っていた。


 そこからは、怜と翠が待つ、せたな町を目指すが、まだ日も高く時間があったことと、125cc以下の涼のバイクのことを考え、高速道路を使わずに下道だけで、夢葉は行くことにし、走り出した。


 途中、国道276号から国道453号を走り、内陸の支笏湖しこつこ洞爺湖とうやこを経由し、噴火湾沿いから国道37号に入り、長万部おしゃまんべ町辺りから国道230号に入るルートで、約3時間40分はかかる。


 洞爺湖畔にあるセイコーマートで、休憩がてら休んでいると。


「さすが北海道ですね。道幅が広いですし、走りやすいです。私、感動しちゃいました!」

 初めて北海道を訪れたという涼が、見たこともないような明るい表情で、陽光にキラキラと輝く洞爺湖の湖面を眺めていた。


「ふふふ。涼ちゃん。まだまだこんなの序の口よ。北海道はこんなもんじゃない」

 多少なりとも、北海道をバイクで走ったことがある夢葉は、少しだけ得意げに言い放っていた。



 何とか陽が落ちる前に、せたな町に到着する二人。

 怜に教えてもらった宿は、せたな町中心部にある、一見すると一般の一軒家のような家で、「民宿」と書いてあった。


 そこで、宿の管理人に挨拶すると。

「あれまあ、子だねー。東京からって大変だったっしょ」

 人懐こい笑顔を浮かべた、少し太った中年のおばさんが、バリバリの北海道弁で迎え入れてくれた。


「めんこい? なまら?」


「ははは。めんこいは可愛い、なまらは超、とかめっちゃって意味だな」

 今度は奥から出てきた、恰幅のいい中年のおじさんが説明してくれた。


 聞くと、夫婦でこの民宿を経営しているという。


 早速、怜と翠が取っている部屋に向かうと。

「おお、来たか! まあ、飲め飲め!」

 もうすっかり出来上がっている、怜がおっさんのようにビール片手に、つまみに見たこともない漬け物を肴に飲んでいた。


「やっぱ北海道はええわ。最高やん!」

 同じく日本酒片手に、ホッケをつつきながら、翠が真っ赤な顔で出迎えてくれた。その上、二人にどんどん酒を注いでいく。


「相変わらず、いきなりですね、怜さん」

 夢葉は怜に話しかけ、


「怜さん。それ、何ですか?」

 涼は、怜がつまみにしている漬け物に注目していた。


「これはな、松前漬まつまえづけだ」

 怜が赤い顔のまま、説明してくれた。

 彼女の説明によると、松前漬けとは、北海道の南、松前地方に伝わる漬け物で、主にニシンの卵である数の子とスルメ、昆布を醤油で漬け込んだ漬け物だという。


「へえ。美味しそう。いただいてもいいですか?」

 夢葉が断って箸をつける。


 それは、しょっぱくもあり、少し酸味もあったが、独特の味わいが酒に合うと感じてしまった。


「それで、お二人はこれまでどこを回ってたんですか?」

 一番気になっていた質問をすると。


 怜が言うには、このせたな町を拠点の宿とし、主に道南地方と言われる北海道の南西部から日高地方を中心に回っていたという。


 そこは、前回の北海道ツーリングで、三人がほとんど訪れなかった場所だった。前回、3年前の北海道ツーリングでは、キャノンボールをやったから、函館から一気に屈斜路湖を目指していたからだ。


 北海道の地図で言うところの南西部分、渡島おしま半島という大きな半島の部分と、競馬の競走馬の産地で有名な日高地方。


 二人は、この1週間ほど、飽きもせずにひたすらその辺りを回っていたという。

 早速、どこが一番良かったか、次に行きたい場所はどこか、など質問責めにする夢葉。

 涼は翠と初めて来た北海道の感想や注意点などを話し合っていた。


 こうして、北海道の夜は更けていった。

 涼は、性別的には「男」だと宿の人に説明すると、びっくりしながらも、宿主の夫婦は彼のために一室を用意したのだった。


 夢葉は、幸い怜と翠の部屋が広いため、そこで寝ることになった。


「明日からは、拠点を移すぞ」

 そう言って、怜は眠りに就いていた。



 翌日。

 長い期間、お世話になった怜と翠が、

「ありがとうございました」

 と夫婦に告げると。


「なんもなんも。気つけてな。したっけ」

 相変わらずの北海道弁で、人懐こい笑顔を浮かべて、夫婦は見送ってくれるのだった。


(北海道弁、可愛い)

 夢葉はそう思いながらも、先頭を走る怜について行く。


 その日は、上富良野かみふらの町まで行くという。


 せたな町からは国道229号を走る。そこは日本海を左手に見ながら、快適に走れる快走路だった。

 まず、この辺りにはそもそもあまり人が住んでいない。沿道には小さな漁港や村のような集落が点在しているだけで、信号機も少なく、道幅も北海道らしく広大だ。


 途中、休憩を何度か挟みながら、やがて積丹しゃこたん半島にたどり着き、その先端にある岬で、怜はバイクを停めた。


 神威かむい岬。


 そこはアイヌ語で「神」を意味する「カムイ」の名を冠した、日本海側に面する岬だった。

 

 駐車場からは、尾根伝いに30分ほども歩くのだが。その道を。


 チャレンカの道。


 と言う。

 その由来について、調べてきたのであろう、怜が説明してくれた。


「源義経が、奥州平泉で死なずに、北海道に逃げたという話は知ってるな?」

 頷く三人。


「その義経は、日高地方のアイヌの首長の娘、チャレンカと恋仲になったそうだ。チャレンカは恋する義経を追って、この神威岬まで来たが、義経一行の船はすでに出航した後だった。悲しみに暮れたチャレンカは、岬から身を投げて、それが神威岩という岩になったという伝説があるそうだ」


 だが、そもそも源義経が生きていたという「伝説」そのものが怪しい、と思う夢葉に対して、

「かわいそうですね。恋する義経様に会えなかったチャレンカ、悲劇ですね」

 涼は、この中で唯一の「男」のくせに、一番感極まって、まるで恋する乙女のような瞳をしていた。


 先端にある神威岬に着くと。


 その日は、夏らしい晴れた日だったため、眼前に見える日本海が青々と輝いており、岸壁付近はコバルトブルーに染まっていた。


「キレイ!」

 夢葉は、まるで沖縄の海を思い起こさせるような、この北国に似つかわしくないほどに美しく、青く輝く海に見入っていた。


 その青さは「積丹ブルー」とも言われ、こうした晴れた日にしか見ることができない。


 神威岬からは、一気に上富良野町を目指すが。


 国道229号から小樽おたるを経由し、札幌の北側の石狩いしかり市を経由。その辺りはもうただの住宅街が広がっている都会なので、夢葉にはあまり面白くない、というか北海道らしくない風景だと、少しがっかりした思いを抱いていた。


 途中、岩見沢いわみざわ市辺りで休憩になった。休憩場所は、もちろん北海道ではよく見られるセイコーマートだった。


「そういや、この国道12号は、確か日本一長い直線の国道らしいやんか」

 珍しく、翠が調べてきたのであろう知識を披露していた。


「へえ。すごいですね。何キロくらいですか?」

 休憩したコンビニから見える国道を見て、夢葉が呟く。


「29.2キロや」


「29.2キロ! すごいですね」

 涼が大げさなくらい驚きを表現していたが。


「だけど、この道は住宅街の中を抜ける道だからな。意外とつまらないと思うぞ」

 いつものように、タバコの紫煙を吐きながら、怜は冷静に分析していた。


 それを聞いて、夢葉としては、別に走らなくてもいいかな、と思ってしまう。


 再び走り出し、国道452号から道道、を乗り継ぎ、夕方になる前に、怜がキャンプ場に行く前に行きたい場所、と言っていた場所にたどり着く。


 目の前には、いかにも「北海道らしい」絶景が広がっていた。周囲を丘の緑色に囲まれる中、ただ一本の道だけが、その丘の上をアップダウンしながら、ひたすら真っすぐに続いている。


 ここを、


 ジェットコースターのみち


 という。

 もっとも、地元、北海道の人間にとっては、このような道など、当たり前のように存在するから、特別意識するような風景ではないのだが、ビルと人混みに囲まれ、窮屈な生活を強いられている、彼女たちにとって、そして多くのバイク乗りにとっても、それはまさに「垂涎すいぜんの道」だった。


「すっごいですね、これ!」

 大げさなくらい感動している夢葉は、早速、一番乗りでバイクを急発進させていた。


「待て、夢葉!」

 怜が後に続き、続いて翠と涼も続く。


 丘の上を通る道は、交通量も少なく、信号機もない。

 ただひたすら、自由に、そこに「道」があるだけ。


 そのあまりにも壮大な景色に魅入られた夢葉は、本当に丘の上をアップダウンする、文字通りジェットコースターのようなこの道をスピードを上げて走りながら、やはり北海道に来てよかったと再認識していた。


 夕刻、上富良野町にある日の出公園オートキャンプ場に到着し、各々が持ってきたテントを張った。


 怜によると、今回の北海道ツーリングは、前回のように周遊するのではなく、一か所に「拠点」を設けて、そこから各地に行くというスタイルを取るそうで、この上富良野町が、ちょうど北海道の「真ん中」あたりにあるから、選んだという。


(へえ。面白そう。いちいち宿を取ったり、テント張ったりするより、効率的だな)

 夢葉は、そのスタイルに少しだけ感心していた。


 夕食は、各々がスーパーなどで買ってきた食材を使って、思い思いの料理を作り、焚火を囲んで、4人が酒を飲んで談笑することになった。


 それは、都会では味わえない快適な一時だった。

 都会と違い、遮る光がほとんどない夜空には、夏の大三角形をはじめとする、無数の星々がきらめいていた。


 そんな中、不意に夢葉が思い出したように口にする。

「そういえば、翠さん。前に行った合コンで仲良くなった男の人とはどうなったんですか?」

 気になるのはそのことで、確か翠は長髪の男と仲良くなって連絡先を交換していた。


 だが。

「ああ。あんな野郎とはとっくに別れたで」


 それを聞いて、知らなかった夢葉は露骨に驚いていたが、他の二人は既に知っていたようだった。

 詳しく聞くと、一応は付き合ったらしいが、見た目以上に、その長髪男はチャラい男だった上、どうも自傷癖がある、少し「危ない」奴だったそうだ。


 付き合って、数回はデートをしたが、あっさり3か月もせずに別れたという。

「はあ。なんや、私は男運ないんやな」

 溜め息をつきながら、酒を口に運ぶ翠。


「翠。今は『おひとり様』ブームだ。無理に彼氏なんて作らなくてもいいだろ」

 怜は、慰めるようにそんなことを言っていたが。


「じゃあ、涼ちゃんは?」

 内心、聞くのが怖い思いがした夢葉だったが、ある意味ではすごく気になっていたので、聞いてみた。彼女は一番軽そうな茶髪の若者と連絡先を交換していたはずだ。


 涼は、

「わ、私はその……。えっと……」

 煮え切らない態度だった。


「どうしたの?」


「涼は、あの後、あっさりバレてもうたんや。まあ、冷静に考えれば、声とか喉仏で気づく奴は気づくしな」

 自分が、一番面白がって涼を参加させた割には、翠は楽しそうに笑いながら、あっさりと結末をバラしており、涼は見るからにしゅん、として沈んでいた。


「あははは。やっぱりそうだったんですね。涼ちゃんの『女の子への道』は遠いなあ」

 夢葉もつられて笑ってしまい、涼は所在なさげに俯いていた。


 こうして、楽しい旅の夜は更けていき、それぞれが自分のテントに入って、就寝となった。


 北海道は、夏でも夜は冷える。持ってきた防寒着を着たまま、シュラフに入り、酔った頭で夢葉は思うのだった。


(ここは北海道。すべてが自由の土地。この土地でなら、私の「夢」を実現できるかも)


 北の大地で旅は続いていく。

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