TSヤクザの学園スローライフ~ありあまる漢気のせいで百合展開がとまらない~

山本輔広

第1話

 頭をポンポンされた程度で堕ちてしまうなんて、なんて軽い女なのだろうかと思った。

でも、そんな“された程度”で堕ちてしまうほどにあの人は魅力的だった。


 ホイッスルの音が体育館全体に鳴り響いた。

そのときは体育の時間で、バレーをしていたのだけれど、私は高くジャンプすると着地に失敗して足を捻挫してしまっていた。

痛すぎて立つこともままならず、痛みに足首をさするとそのまま蹲っている。


「おい、大丈夫か」


 そう言って一番最初にかけつけてくれたのが、あの人だった。

六道イヴさん。同じクラスメイトの女の子である。

長い金髪をポニーテールにしたスタイルのいい女の子――イヴさんは駆け付けると手を差し伸べる。


「あ、ありがとう」


 差し出された手を掴み、立ち上がろうとするがうまく立つことが出来ない。


「足首イっちまったな」


「はは、そうみたい……」


 立ち上がることも出来ない私を、イヴさんはなんの躊躇いもなく抱き上げてくれた。


 私の体重は40と少し。

それが重たいか軽いかはさておき、女子が抱き上げるなど――ましてやお姫様抱っこで持ち上げるなど――。


 王子様に見えた。

女の子ではあるのだけれど、イブさんは王子様に見えた。

キラキラと輝くオーラを纏って、重たくないのか軽々と私を持ち上げるとその凛々しき視線をこちらに向けてくれている。


 きっと、きっと、私は顔が真っ赤になっていたと思う。

トマトなんかよりも、灼熱の太陽なんかよりも、咲き誇る薔薇よりも。


 お姫様抱っこなど、産まれてこの方されたことがなかった。

初めてのお姫様抱っこをされた衝撃もあっただろう、しかし、してくれた王子様が私にとっては眩しすぎた。


 同じ女子なのに。どうしてこれほど軽々と持ち上げられるのだろう。

どうして、こんなに格好良く見えてしまうのだろう。


どうして――


どうして――


どうして――


 胸はこんなにも高鳴って――

 直視するには恥ずかしすぎるのに――

 視線は奪われたまま――


 イヴさんは私を抱いたまま、保健室まで運んでくれた。

授業中で誰もいない廊下は、まるでバージンロードのように思えてしまった。


「おーい、怪我人だ」


 保健室には誰もいなかった。

通常ならば保健医の先生がいるはずだが、このときは席を外していた。


 イヴさんは私のことを優しくベッドに横にすると、隣のベッドに腰掛けた。


「今先生いないみたいだな。少し待つか」


「ありがとう、もう私は大丈夫だから、授業戻っていいよ」


「あ? いいよ、一緒に待つよ」


 嬉しかった。

ただ一緒にいてくれるのが、嬉しかった。

言葉では戻っていいよと言ったものの、どうしてだかこのまま一緒に居れたらなんて思っていた。


 誰もいない保健室に二人。

胸の鼓動は高まったまま。

いつもよりも早い脈を打ちながら、私は天井を見上げつつ、時折横目でイヴさんを見てしまう。


 男の子にときめくのならわかる。

だって、それは普通なことだから。

じゃぁ、この胸のときめきはなんだろう。

どうして横目にみてしまうんだろう。

どうして太ももと背に、いつまでもイヴさんの腕の感触が残っているのだろう。


 ここ最近、イヴさんの雰囲気が変わったせいもあるのだろうか?

少し前まで、イヴさんはどちらかといえば目立たない生徒だった。

教室の隅っこで読書をしているようなタイプだったのに、あるときを境にその全てが変わってしまっていた。

 黒かった髪は金色になって。

 オドオドとしていたコミュ障っぽい雰囲気は、何事にも動じない男勝りになって。

 長かったスカートは短くなって。

 露出などまるでしなかった服装は、その肌色を多くして。

 いつからか、人柄は180度変わってしまった。


 誰かがいっていた。

もしかしたら彼氏ができたのかもとか。

もしかしたら初めてを捨てたかもしれないだとか。

もしかしたらイメチェンをしようと無理をしているだとか。


 でも、私にはそうじゃないとなんとなしな思いがある。


「六道さんさ……」


「ん?」


「最近なんだか変わったよね」


「……」


「なんていうかな、あのカッコよくなったっていうか……」


「そうか?」


「うん。なんだろう、王子様っぽくなったっていうか。

女子高とかだったら凄くモテそうな感じ……あ! もちろん、私がいうカッコイイは私が惚れたとかそうではなくて!」


 なんだか、私がカッコイイと思っているように思われてしまいそうで恥ずかしくなる。

いや、実際はそう思っているのだけれど。

なんというか、そうじゃないというか、そうだというか。


「いいじゃねぇか」


「え?」


「男が男に惚れることだってあるんだ。もちろん漢気にってことだが」


 肯定された。また、なんの躊躇いもなく。

でも、天邪鬼な私は言葉では素直に返せなかった。


「……それって自分が格好いいって認めてない?」


「あ、そうなるな。はは、悪い、そういう意味じゃないんだ」


 へへへと笑って頭を掻いている。

見た目は凛々しい女の子なのに、仕草は少年みたいだ。


 やっぱり、イヴさんは変わった。

ちょっと前ならこんなことはなかった。

こんな風に笑ったり、話すことなんてなかった。

こんな風に少年っぽく笑ったり、冗談交じりな会話なんて。


 教室の隅っこで読書ばかりしていたイヴさん。

 話しかけてもどもって聞き取りずらい声をしていたイヴさん。


 どうして、そう変わっちゃったの?


「六道さんさ、どうしてそんなに人が変わったの?」


「……どうして、と言われてもな」


 背筋をピンと伸ばし、腕組をして考えるイヴさん。

その雰囲気は女性よりも男性的だ。

例えるならば、宝塚の男役のような。


「彼氏でも、出来たの?」


「まさか! 彼氏なんて出来るわけないだろう。作りたいとも思わねぇ」


 彼氏という言葉にイヴさんは両腕をさすりながら否定した。

そこまで拒否しなくてもいいと思えるほどに拒否すると、その顔は青ざめたように見える。

でも、彼氏がいなくてちょっと良かった。なんて。


「出来るわけないってことなくない?」


「いいんだよ、俺――私の話は」


 変なイヴさん。


 それから保健医の先生が戻ると、イヴさんは経緯を説明してくれた。


「足を捻っちゃったのね。じゃぁ、あとは私が見とくから、貴女は授業に戻って」


「だるいな。私もこのまま居てもいいだろう?」


「貴女は大丈夫なんでしょ。ほら、さっさと戻りなさい」


 サボりたかったのか、イヴさんは残念そうな顔をしていた。


「ってことで、俺は授業戻るわ。お前は安静にしてろよ、またな」


 ぽんぽん。

去り際に、頭を。

一切の不自然もなく、極々それが当たり前のように。

この日二回目の初めてを、イヴさんはあっさりと。


 去り行く背中から、目が離せなかった。

姿勢のいい背中。長い金髪が麗しく揺れる。


「さて、あなたはしばらく休んでなさい」


「あら、あなた、足だけじゃなくて、風邪気味なの?」


「いえ、風邪は引いてないです……」


「そう? 一応熱も測ってみなさい。あなた顔真っ赤よ」


 そりゃそうでしょうよ。


 だって――


 だって――


 だって――


 ぽんぽんされた頭を、さする。


 だって。


 私は今、恋に堕ちてしまったのだから。


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