第3話 クズノのクラスメイト


 入学式が終わると新入生たちは三三五五に散っていった。


 自身のクラスを確認するためだ。


 ちなみに大陸魔術学院の敷地は広い。


 正確には学院と学院の周りに形成された都市が広いのだが。


 アイリツ大陸の四か国において、北の神国と南の王国が、そして東の皇国と西の帝国が、それぞれ大陸中央の魔術学院で分断されており国境が接していない。


 つまり大陸魔術学院は国と国を分断するだけの広い土地と文明とを持ち合わせているのである。


 必然学院も広く、学院に馴染んでいる生徒でも全容を把握している者は数えるくらいだろう。


 そうであるため学院各所に掲示板があり、先述に回帰して、クラス割り発表は複数の掲示板を使って発表され、新入生たちは三三五五に散ったのである。


 ビテンは悪目立ちするため、なるたけ人の少ない掲示板へと向かった。


 マリンもそれについていく。


 新入生向けに張られたクラス割り発表ではビテンとマリンはクラスメイトと相成っていた。


「あう……」


 と呻くマリン。


「よかったな」


 ビテンの瞳にも安堵があった。


 少なくとも一年間は同じクラスとして生活が出来るというわけだ。


 決定的な言葉は口にしていないもののビテンとマリンは両想いだ。


 故にこの事実は何よりだった。


 クラスは一年一組。


 場所自体は把握している。


 故にビテンはマリンの手を取った。


「あう……」


 と困ってしまうマリン。


 赤面する。


 心から熱が発生して体を温める。


 それが恋心というものなのだが口に出すには相応の勇気が必要となる。


 そしてマリンにその持ち合わせは無い。


 ビテンの知ったこっちゃなかったが。


「いや、それにしてもよかった」


 ルンと弾むような喜色の声。


 当然ビテンのモノだ。


「クラス違ったらマリンが心配だしな」


「あう……」


 とかく困ったら「あう……」と呟いてしまうのがマリンの口癖らしかった。


 そこまで含めてビテンはマリンを可愛がるのだが。


 仲良く手を繋いで学院を歩く二人。


 胡乱げな視線や珍獣を観察する視線がビテンに注がれるが当人は気にした風も無い。


 ビテンは自身の立場を誰より熟知していた。


 魔女。


 即ち『魔』術を使う『女』性。


 である以上魔術とは女性の技術。


 そこに一石を投じる存在だということを。


 仮にこの世界の男性が実は魔術を使えるという概念が発見されれば女性優位社会は根底から覆る。


 イレギュラーか。


 はたまた象徴か。


 女性は、


「前者だ」


 としか認めないだろうし、男性は、


「後者であってほしい」


 と思っているだろう。


 ビテン自身は理解していてなお、


「面倒くさい」


 の一言に尽きるのだが。


 そうやって学院内を歩き一組の教室に着く。


 中に入ると先にいたクラスメイトたちがざわめいた。


「ふわ」


「やっぱり」


 狼狽える女生徒。


「何で男なんかが……」


「汚らわしい……」


 切り捨てる女生徒。


「ちょっと格好良くない?」


「うん。好みかも」


 羨望する女生徒。


 それらを十把一絡げに無視してビテンは席に着いた。


 特に自分だけが男であるということに引け目を覚えるほど繊細なタチでもない。


 クラスは一組百名程度であり、それが九クラスに分けられる。


 魔女を目指す多くの女子が大陸魔術学院に毎年入学してくるため千人でも少ない方である。


 教室は階段状になっており、シアターのように後方に行くほど高度が上がる。


 教卓が置かれている教室の端が起点となっており、扇状に広がっていた。


 各々が自由に座っている必然、他者より少し出遅れたビテンとマリンは教室前方の席に座ることを余儀なくされた。


 ビテンにしてみればマリンとくっつければそれでいいので問題は無いと云えば無いのだ。


「あう……」


 マリンは火照ったままだ。


「大丈夫か?」


 ビテンが尋ねる。


「あう……。うん……」


「すまんな。俺が悪目立ちしてるばかりに」


 当たり前だがビテンとマリンを除く九十八名の女子の視線をビテンが独り占めだ。


 ビテンは気にしていないが、そのせいでマリンが委縮していることに関しては罪悪感を持つ。


「ビテンのせいじゃない……」


 とマリンが云うものの因果の妙はビテンにあるわけで。


「それでも悪い」


 ビテンは謙虚になるのだった。


「あう……。大丈夫……」


「優しいな。マリンは」


「あう……」


 ますます赤面するマリンのスカートを握る手に自身の手を重ねるビテン。


「大丈夫だ。俺はここにいるから」


「うん……」


 弱々しく頷くマリンだった。




    *




 それからしばし。


 肯定と否定の視線を受けながら呆けていたビテンとプレッシャーに押しつぶされそうになっているマリンとの都合を払拭するように空気が入れ替わった。


 担当の教師の登場だ。


 当然女性。


 そしてホームルームが始まり講義の単位申請や魔術習得についての基礎以下の説明をざっくばらんに話される。


 明日にも講義が始まる旨を告げホームルームが終わる。


 ちなみに講義ごとに講師は変わるため、結果論としてクラスというものはさほど機能しない。


 主にホームルームや試験において区分される程度であろう。


 異世界における大学に等しいシステムである。


 魔術にも特性があり女性の数だけ得手不得手が存在する。


 火の魔術に親和性の高い女生徒がいれば氷の魔術を得意とする女生徒もいる。


 であるため基本的に新入生は自身の魔術特性を確認する作業から入るのが常道であり、学院に長く滞在している生徒ほど偏った講義を受けることになる。


 ビテンとマリンも新入生であるためまずは特性を見極めるところから始めるのが常道なのだが、この二人においては無用の事情でもあった。


 ともあれホームルームが終わったのだ。


 入学式とホームルームが今日の消化すべき予定であったため他にやることもないのだ。


「寮に戻るか」


 ビテンがマリンに提案した。


「うん……」


 マリンも頷く。


 と、そこに、


「お待ちなさいな」


 声がかけられる。


 ソプラノの声だ。


 ビテンとマリンが声のした方に視線をやると、一人の女生徒が立っていた。


 シルクの様に白い髪と真珠のように輝かしい瞳。


 一見して美少女と定義できる女生徒だった。


 アルビノと呼ぶことも出来るが、少なくともアイリツ大陸において白髪白眼の人間はさして珍しくも無い。


 件の女子が美少女である点については反論の余地もないのだが。


「なんだ?」


 ビテンが問うた。


 マリンは萎縮している。


 人見知りなのである。


 マリンにとって人間関係とはビテンの背中越しに成立する契約だ。


 それをビテンもわかっているため他人に絡まれた場合は必然的にマリンを背中に隠す。


「あなたが昨今噂の男性魔女かしら?」


「男に魔女ってのはちと不満だ。魔術師とでも呼んでくれ」


「魔術師……ね。でも本当にそうかしら?」


「何が言いたい?」


 ビテンの黒い瞳が剣呑な光をたたえる。


 が、白髪白眼の美少女は特に気圧されることもしなかった。


「ふぅん? 狼狽えないのね。わたくしと知ってのことかただの能天気かは知りませんけれども……」


「どっちかってーなら後者だな」


 平然とビテン。


「わたくしの挨拶はどうでした?」


「?」


 意味がわからず首を傾げるビテン。


 そしてその意味を白い美少女は正確に理解してのけた。


「あなた……まさか学年首席たるわたくしの挨拶を聞いていなかったのですか!?」


「寝てた」


 嘘ではない。


 であるため余計に美少女の神経を逆撫でした。


「でしたらここで名乗ってあげますわ。わたくしはクズノと申します。学年首席にして宮廷魔女に上り詰める逸材ですわよ」


「さいでっか」


 高らかに名乗った白い美少女……クズノの言にビテンは特に感慨を覚えたりはしなかった。


 が、そんな嫌味が通じるほどクズノは聡くなかった。


 朗々と言を紡ぐ。


「あなたは本当に魔術を使えるのかしら?」


「まぁな」


 躊躇いなく肯定する。


「男のくせに?」


「まぁな」


「では何か行使してみてくださりませんこと?」


「面倒」


 ビテンは元来ものぐさなタチだ。


 でなければマリンの奉仕を受けて平然としてはいられないだろうが。


「本当は魔術が使えないのに嘯いて入学したのでは?」


「まぁ好きに解釈してくれ」


 柳に風と云うか立板に水と云うか。


 学年首席の自負を以て挑発してくるクズノに対してビテンはあまりに淡白だった。


 当然プライドをいたく傷つけられたクズノの面白かろうはずもない。


「馬鹿にしてますの?」


「だから好きに解釈してくれ」


 特に気圧されることもなく。


「ふぅん? 学年首席のわたくしに声をかけられる栄誉を蔑に出来るというのならばそれ相応の実力あっての言でしょうね?」


「まぁな」


 自負と自負がぶつかり合った。


「まさか男の分際で学年首席のわたくしに勝るつもりですの?」


「後れを取るつもりがないのはその通りなんだが……」


 遠慮と云うものをビテンは持ち合わせていなかった。


「ではその実力を見せてもらいましょうか」


「どうやってだ?」


「あなたは魔術を扱えるのでしょう?」


 ちなみに新入生の中には魔術を扱えない女生徒も多くいる。


 魔術とは学問であるためキャパさえ十分ならこれから覚えていけば良い事なのだ。


 ただしビテンに限って言えば入学に際して魔術を扱えることを証明せねばならないため理事や講師たちの前で魔術の実践をやってのけた実績がある。


 そこまでわかった上でクズノはビテンを挑発するのだった。


「なら決闘しませんこと? あなたの実力をわたくしが計ってあげますわ」


「めんどい」


 けんもほろろだった。


「では実は魔術は使えないと云うのですわね?」


 挑発に次ぐ挑発。


 辟易するビテンの背中から、


「あう……。ビテンはあなたなんかに……負けない……」


 マリンの精一杯の抵抗が聞こえて来た。


「ということらしいですが?」


「わかったよ。決闘すればいいんだろ?」


 これはクズノの挑発ではなくマリンの期待に応えた形だ。


「もしもわたくしに勝ったなら一回だけ何でも聞いて差し上げますわ」


「随分な自信だことで」


「その代わりわたくしが勝ったら逆に一つ命令を聞いてもらいますわ。後れを取るつもりが無いのなら問題ない案件でしょう?」


「ソウデスネー」


 特に感慨も無くビテンは首肯するのだった。



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