服②
「わー! ふかふかだー」
沙優が布団の上でごろごろと転がる。
彼女は制服を脱いで、ゆったりとした灰色のスウェットを上下に着ていた。やはり、部屋の中にいる分にはこちらのほうが馴染んでいるし、どう見ても過ごしやすそうだった。
「馬鹿、ホコリがたつだろ」
俺が半笑いでやんわりと窘めると、沙優が顔だけ持ち上げてこちらを見た。
「毎日お掃除してるからホコリないよ?」
「……そうだったな」
俺はこくこくと適当に頷いて、手に持った缶ビールのプルタブを上げた。プシッと気持ちの良い音がする。
「布団、あった方がいいだろ」
一口ビールを飲んで、沙優に訊く。
「うん。今日はよく眠れそ」
「そりゃよかった」
「吉田さん」
沙優が俺をじっと見た。
「一緒に寝よ」
「ごふっ」
完全に『ありがとう』と言われる心の準備をしていたので、予想外の言葉にビールを吹きかけた。
口をぎゅっと閉じて、なんとか吹き出すのはこらえたが。
「げほっ」
ビールを飲み込んで、慌てて咳をする。
「だ、大丈夫?」
「お前な……」
俺は沙優に人差し指を立てた。
「安易に誘惑したら追い出すっつったろ」
俺が言うと、沙優は『そう言われるのは想定済み』というようににんまりと口角を上げた。
「べつに、えっちなことするなんて一言も言ってないじゃん」
「あ? ……ああ、まあ、そうか」
「吉田さん、女子高生と一緒のお布団で寝たらえっちなことするのが当たり前だと思ってたってことでしょ」
「馬鹿、俺にそういう趣味はねぇっつの」
「えー、ほんとかなぁ」
くすくすと楽しそうに笑って、沙優はまた無駄にごろごろと布団の上を転がった。
その様子を横目に、俺は再び缶ビールに口をつけた。一人で飲むビールよりも、美味しく感じたのは気のせいだろうか。
「それで? 一緒に寝る?」
ごろごろと転がっていた沙優が動きを止めてこちらに視線を送ってくる。
「嫌だね。俺はベッドで寝る」
「びびってんのかー」
「寝るときに狭いのは嫌なんだ」
俺が言うと、沙優はいたずらっぽく笑って顎をくいと引いた。自然と、上目遣いになる。
「柔らかいよ? 抱き枕にどう」
自分の身体を指さして、沙優が言った。
俺は鼻を鳴らす。
「まじで追い出すぞ」
「冗談だってばぁ」
けらけらと肩を揺らす沙優を見ながら、ぼんやりと今日の午前中の沙優を思い浮かべる。
大人から与えられる優しさのようなものに慣れていない、あの不安そうな表情。不安になったとたんに、小さくなる態度と、声の音量。
思い返すと、少しむなしい気持ちになった。
「お前さ」
ビールを一口飲んで、口を開く。
沙優が視線だけこちらに寄越してくる。
「笑ってるほうが可愛いぞ」
言うと、沙優はきょとんとして、すぐに少し頰を染めた。
「なに、口説いてんの」
「だから趣味じゃねえって」
沙優は軽口を言って、こちらに背中を向けた。
照れてる、照れてる。
何度も言うが、会話のペースを女に摑まれるのは好かないのだ。心中でほくそ笑んで、ビールを呷る。
ガキは、笑っている方がいい。
本心でそう思っていたし、なによりも。
不安で縮こまっている彼女よりも、余裕たっぷりな態度で笑っている彼女の方がよほど可愛いと思えた。
まあ、どのみち、ガキは好みではないのだが。
空になってしまった缶ビールを持ったまま、冷蔵庫の前に向かう。
冷蔵庫を開けて、中からもう一本ビールを取り出した。
「まだ飲むの」
「明日も休みだからいいんだよ」
プルタブを上げながら、沙優に返事をする。
そして、ぼんやりと思った。
会話する相手が家にいるというのも案外悪くないものだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます