第10話 キャンゼル




 魔女の町に入る方法を僕は考えていた。


「やっぱり堂々と魔女としていくしかないよね」


 ガーネットと僕は魔女の支配する町に入るにあたって、どのような恰好で入ればいいか考えていた。レインも起こして作戦会議をする。

 レインは潜めて鞄に入ってもらえればそれでいい。

 どうせ魔女は魔族の気配など解りはしないし、仮にバレたとしても僕が使役しているように見せれば問題はない。


「ノエル、平気なの? ぼく怖いよ」


 魔女に対してレインは酷く恐怖心を抱いている。

 レインはまだ子供だし、怖い想いをしたのだから怖がって当然だ。


「大丈夫、何かあっても僕が守ってあげるから」


 レインを撫でると、僕の手に頬をすり寄せてくる。ついでにほどけかけている包帯を巻きなおしてあげた。


「魔女だとばれないようにすることはできないのか?」

「うーん……できないかな。それに魔女じゃないと治癒魔術の最高位の魔女のこと聞けないよ。奴隷が魔女に話しかけるなんて、その場で殺されかねない事案だろうし」


 せめて魔女らしい恰好をして入りたいが、それらしい服は持ち合わせていない。


「造形魔法が使えたらな……」


 治癒魔術の基礎の基礎は、物を変化させて再構築し作り出すというものだが、僕にはその才能が全くない。土の魔術式で大雑把な造形の物は作れるが、精密な細工は出来ない。

 服すらまともに作れないのに、人間や魔族の細胞を再構築させるなんて雲の上の話のように感じる。


「魔術系統は選べないからな」

「各個人個人で魔術系統があるから、どんなに勉強しても練習してもできないものは一生できないからね」


 自分で練習したり勉強したりしてできるようになるなら、最初からしている。

 魔女の町を遠くから見ていると、ご主人様のことをまだ離れて少ししか経っていないのに、ご主人様の身体が心配で仕方がなかった。

 僕の情報を少しでも知っている魔女がいると面倒だ。

 風になびく自分の赤い髪を視界に捉える。髪の毛が長いと戦闘に向かない。戦うことなんて想定していなかったから、随分髪が伸びてしまった。ご主人様が手入れをしてくれた髪をどうしても切る気にはなれない。

 隣にいる金髪の傷だらけの吸血鬼を見た。ガーネットは魔族だし見られても別にいい。そう自分に自己暗示をかける。


「不服だろうけど、ガーネットは魔女の玩具の魔族として振舞ってほしい。下手に隠している方が怪しいし。レインは鞄に入って大人しくしていてくれるかな? ご飯は買ってあげるから」

「解った!」


 レインは僕の鞄の中に再び入ってもらった。もう少しレインには眠っていて体力を温存していてもらおう。


「……屈辱にも程がある」

「ガーネットは賢いから、余計なことは口走らないようにすることなんて簡単でしょ?」

「ふん、仕方ない」


 ガーネットは不服そうだったけれど、僕のいう事を聞いてくれた。

 服従ではなく、本人に納得してもらう形をとった。僕だって血の契約による制約なんて望んでいない。彼にとってはさらに望んでいないことだ。

 僕らは町に入った。辺りを見渡すと町の中はどんよりとしていて活気がない。

 人間たちには覇気がなく、僕を見ただけで恐れおののいて身を隠すものすらいた。

 魔女だということは法衣を着ていない僕だけを見たら普通の人間には解らないだろうけれど、僕が一緒に歩いている吸血鬼族を見れば僕が魔術で従えているようにしか見えないのだろう。

 町民は酷く痩せこけていて貧相な服を着ている。とても衛生的とは言えない状況だ。病気が蔓延しているかもしれない。

 僕が住んでいる町と比較するとその差はあまりにも大きい。


「わぁ、吸血鬼族じゃん」


 僕らが町の中を歩いていると後ろから声が聞こえ、瞬時に嫌な予感がした。

 おそるおそるふり返ると、地味な法衣を羽織っていて、胸元が大きく開いた服を着ている魔女がいた。

 前髪がしっかりと切り揃えられているのに、後ろの髪は不自然に不揃いだ。見た目の年齢は20歳後半といったところか。

「貧相な魔女だ」と僕は思った。魔女であることを隠していないのに、こんなにもみすぼらしい恰好をしている。


「すごーい。吸血鬼族を従えられるなんて、罪名持ちの魔女様?」


 ――罪名持ち?


 聞きなれない言葉だが、知らないとは言えなかった。


「……たまたまだよ」

「才能あるんじゃん。ねぇ、あたしの魔族と戦わせよ?」


 魔女の後ろには巨人のようなものがいた。魔族のトロール族だろうか。既に皮膚がボロボロになっていて息も荒くなっている。


 ――なんて野蛮な遊びをしようとするんだ……


 やはり魔女が嫌われるのも仕方がないと僕は考えた。


「ごめん……これは僕のは愛玩用だから。戦わせる用じゃないの」

「えー、せっかく強い子みつけたと思ったのにー」


 その魔女はガーネットをまじまじと見つめた。

 ガーネットはいつもよりも鋭い目つきでその魔女を睨みつけている。

 ガーネットが暴走しないことを願うばかりだった。彼の魔女への憎しみは相当根深いもので、目の前の魔女を殺しかねない。


「……ねぇ、治癒魔術の最高位の魔女を探しているんだけど、どこにいるのか知らない?」


 早くその場を離れたかったが、情報を聞き出さないとならない。


「知らないなぁ……都の方じゃない? この辺で治癒魔術を使える魔女は見たことないし」

「じゃあその魔女の知り合いとか、その魔女を知っている魔女とか知らない?」

「全然わかんなーい。ていうか、治癒術の最高位の魔女に何の用なの? あんた元気そうじゃん?」


 確かに僕は健康そのものだ。僕が具合が悪いからというのは最高位の魔女を求める理由にはならない。


「僕の一番のお気に入りの……奴隷が重い病にかかっているから治したいんだ」


 言葉がなかなかでてこなかった。

 ご主人様のことを“一番のお気に入り”だの“奴隷”だなんて言うのは物凄く抵抗があり、嘘でもこんなこと言いたくなかった。


「奴隷なんて沢山いるんだから、殺して新しいのにしたら? そのうちまた愛着湧いてくるよ」


 僕はその言葉を聞いた瞬間、ガーネットの殺意を上回るほどの殺意を抱いた。

 ご主人様の代えなんていない。他の人だってかけがえのないたった一人だ。親からしたら子供。子供からした親。大切な恋人。友人。

 代わりなんているわけがない。

 僕の表情が強張ったのをガーネットは見ていた。


「知らないなら仕方ないね。ありがとう。じゃあね」

「えー、ちょっと待ってよー」


 やけに猫撫で声で僕を引き留める。


 ――なんだこの面倒くさい女は……


 僕は嫌そうな顔をしていたが、相手の魔女は全くそれに気づいていないようだった。


「綺麗な赤い髪だね。ねぇ? あたしと付き合わない? 気持ちよくしてあげるよ」


 ガーネットを横目で見ると「ほら見た事か」と言わんばかりの表情をしていた。

 僕は無言で首を横に振って抗議する。「僕は違う」と。


「……ごめん。もう心に決めた人がいるから」

「あなた、あたしのタイプなのにー。ねぇ、名前は?」

「……ノーラ」


 僕は偽名を使った。適当に思いついた名前を言っただけだ。流石に本名を言う訳にはいかない。


「あたしはキャンゼルだよ」


 余りの興味のなさに僕はどう答えていいか解らなかった。

 ガーネットも魔女が目の前にいるとなれば気が気でないだろうし、この場を早く離れないとならない。


「ねぇ、この辺の魔女じゃないよね? どこからきたの?」

「ごめん、急いでいるから」

「あたしもついて行っていい? 暇していたんだよね」


 ――……鬱陶しい


 どう回避したらいいか考えるのすらわずらわしく感じた。


「僕は先を急ぐから……」

「えー、いいじゃん」


 キャンゼルが僕の身体に触れようとした瞬間、拒否反応で僕はそれを魔力で弾いた。

 ガーネットが僕にしたような強めの拒否だ。

 きっとガーネットもこんな嫌悪感を僕に抱いていたのだろう。だとしたら本当にガーネットには申し訳ないことをしたと今になって感じる。


「いったぁ……なにするのよ」


 手を押さえながらキャンゼルは僕を睨みつけた。


「気安く触らないでほしい。急いでいるんだ」

「カッチーン。もう力ずくであたしのものになってもらうから!」


 そう言うとキャンゼルが魔術式を構成し始めた。こんな街中で魔術を使ったら尋常ない被害が出てしまう。僕が応戦すれば尚更だ。

 人間を不用意に巻き込みたくないのでどうしたらいいかと思い、彼女に落ち着くように言った。


「ちょっと、落ち着いて……」

「燃えちゃえ!」


 聞く耳を持たない彼女の手元から炎が立ち上る。徐々に彼女の手元の炎は勢いを増していく。


 ――炎系の魔女か……


 僕はどうしようか数秒の間考えていた。見ている限り大した炎ではない。ただ、人間にとってはかなりの脅威になるだろう。


「おい、なんとかしろ」


 ガーネットはそれを見ても落ち着き払っている様子だった。この程度のことは彼自身でなんとかできるのだろう。


「言われなくてもなんとかするよ」


 火遊びなんて趣味じゃないが、僕は同じ炎の魔術式を組み上げた。消し炭にはしたくないが、威嚇のためには同程度の威力の魔術が必要だ。

 僕が炎を出すとキャンゼルの5倍はあろうかという業火が空気さえも焼き尽くし、彼女が放った炎と混じり合って取り込み、更に大きくなった。

 空中で尚も業火が燃え続けている。

 辺り一面、その炎に照らされて赤く熱くなる。町の人間は恐怖で悲鳴を上げて逃げまどっていた。


「なんて魔力なの……」

「あなたでは僕には勝てない。これ以上僕に構うというのなら、このまま焼き殺すよ」


 炎は更に勢いを増して燃え上がった。

 どう見ても力の差は歴然だ。いくら馬鹿でもそのくらいは解るだろう。


「っ……」


 キャンゼルが引き下がるそぶりを見せたので、僕は炎を消した。

 このまま打ち込んだら殺してしまうし、周りの人間も巻き添えになってしまう。それどころか、キャンゼルの後ろで怯えているトロールまでも巻き添えになってこの辺一帯が焼野原になってしまうだろう。

 それは僕の本意ではない。


「行こう」


 僕はガーネットにそう促し、キャンゼルに背を向けた。ガーネットはまだ警戒したまま僕の後をついてくる。

 キャンゼルが僕についてくることはなかった。


「おい」


 ガーネットは僕にだけ聞こえるように耳打ちしてきた。


「なに?」

「どうして殺さなかった?」

「……殺したら目立つでしょ?」

「お前は馬鹿か? 十分目立ってる」


 そう言われて僕は即座に後悔した。

 確かにそうだ。穏便に探したかったのに。あまり派手なことをしたら僕のことを知っている魔女に見つかってしまう危険が増える。


「しかし、貴様……やはり最高位の魔女なんだな」

「なに、急に?」

「人間にへつらい、腰抜けの魔女と契約などという最大の失敗をしたと嘆いていたが……」


 あまりにも僕のことを蔑む言葉の容赦のなさに反論の言葉も出てこない。


「本気を出せばやるではないか」


 僕はガーネット方を見た。


「あんなの、本気じゃないよ」




 ◆◆◆




 魔女は変な奴が多いように思う。

 僕も人のことは言えないと思うが、会う魔女会う魔女全員が話にならない。当然、話にならないということは有力な情報がないということだ。もうすっかり夜になってしまっていた。

 町で休むかどうか考えたが、眠っている暇もあまりない。

 それに少しの騒ぎも起こしてしまったし、魔女がウヨウヨしているこんなところに長居しても身の危険が増えるだけのように感じた。

 僕は適当にレインの分の食事を買って野営をすることにした。


「じゃあ少しだけ眠って次の街を目指そう」


 宿に泊まることを考えたが、食料分くらいのお金しか持ってきていない。


「その辺に魔術反射を張って、誰も近寄れないようにして眠ろうか」

「それでお前は眠れるのか? 地面だぞ」

「うん、平気。いつも床で寝ているし」


 僕とガーネットは町から少し離れた山の中に入り、魔法反射の魔術式と、僕が指定した生き物しか出入りできないように術式をくんだ。

 その作業をしている最中に、僕はご主人様のことを思い出していた。

 ご主人様は体調を崩していないだろうか。倒れたりしていないといいんだけれど、確かめる方法もない。僕は早く治癒魔術の魔女を見つけたい。やはり魔女の総本山へ行くしかないのか。

 相当のリスクがあるが、リスクを覚悟しなければ勝ち取れない。

 そんなことを考えながらレインに買った肉を与えた。

「これは何の肉だろう?」そんなことをぼんやりと考えていた。人間の肉でなければいいのだが……。


「ノエルこれ美味しい!」


 レインが無邪気に肉をついばんでいた。

 レインのそういう姿を見ていると、荒んだ心が癒される。無邪気な龍族の姿だ。包帯をほどくと、まだ生々しい傷が治りきっていない。

 僕が水の術式を組み、レインの身体を綺麗に洗い、そして僕が作った外傷用の塗り薬を塗った。

 包帯も魔術で綺麗にして、それをレインに巻きなおした。

 レインはその間も夢中になって肉をついばんでいる。


「酷い傷だな」


 ガーネットはその様子を座ってずっと見ていた。レインの龍の鱗の裂け目が酷く生々しい。それでもまだこれは治ってきた方だ。

 初めは本当に死んでしまうかと思われた。しかし龍族の生命力はすさまじく、見事に持ち直してくれた。


「何をされたのか聞かなくても、予想はできる」


 レインは肉を食べ終わった後、僕が処置をしているさ中、目を細めて黙っていた。弱音を吐くことはないが傷が痛むのだろう。塗り薬は少し傷に染みる。


「ぼくはね、白い色の髪の子供の魔女が逃がしてくれて、ノエルの町まで逃げたんだ。あのままノエルに見つけてもらえなかったら、きっと死んでたよ」


 いつもよりも少しおとなしい口調でレインは言った。翼の包帯の位置を自分で調節している。


「ノエルを初めて見たとき、すごく怖かったんだよ。でもね、ノエルはぼくに優しくしてくれたんだ。魔女は嫌いだけど、ノエルのことは大好きだよ!」


 僕の肩に飛び乗って、僕の顔に頬ずりをしてくる。頭の硬い鱗が当たるのと肩に鋭い爪が食い込んで痛いが、僕は何も言わなかった。


「なぜそいつとは契約しなかった?」

「レインはガーネットほどは酷くなかった。とはいえ、あのまま放置したらかなり危なかったと思うけど……あの時は……」

「ぼくもノエルとケイヤクしたい!」


 僕の言葉を遮ってレインは駄々をこねはじめた。

 そうなったレインをなだめるのは大変だった。龍と契約すると僕はどうなるんだろう。なだめる最中、僕はそんなことを考えた。


 魔女の施設にいた時に、多重に魔族と契約するとどうなるかという実験を魔女がしているのを見たことがある。

 その魔女は気が狂ってしまった。その魔女が契約した魔族は下級魔族だった。

 痛みや苦しみが何倍にもなったのが原因なのか、あるいは爆発的に強くなった自分の魔力に耐えられなかったのかは定かではない。

 欲張るとろくなことにならないということだ。ゲルダはそれを全くわかっていない。


 レインをなだめるのは大変だった。僕は眠る準備を済ませ、眠ろうと横になる。冷たい芝生の感触がした。


「ぼくは眠くない!」

「私も眠れそうにない」


 魔族は夜行性なのか、2人から眠くないと主張された。

 僕は眠い。レインは鞄の中で昼間眠っていたから眠くないのは解るが、ガーネットはずっと起きていたから眠いはずだと思っていたので、そう言われて困る。


 ――……吸血鬼族の睡眠がどうなのかは解らないけど……


「ガーネットは少しだけ眠ったほうがいいよ。レインは眠れないなら見張りをしていてくれるかな。起きたら……今度は東の街に行こう。移動方法も少し考え直そうか。歩いていては時間がいくらあっても足りないし」


 僕は目を閉じて草の冷たさを感じていた。


 ――ご主人様……今頃平気だろうか……早く……帰らないと……――


 僕は意識を意図的に手放した。



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