第28話:劣等賢者は試験を受ける④

 ◇


 最後の実技試験は、技能試験が早く終わった者から順に行われる。

 隣の試験場へ移動すると、数は少ないが既に受験生たちが試験に臨んでいた。


 実技試験の試験官は、高等魔法学院の教師陣や、卒業生、あるいは高ランク冒険者が務めるらしい。

 受験生が試験官に勝てるはずがないという前提のため、どれだけ格上相手に健闘するかという観点で評価される。


 誰に当たったとしても受験生の実力を見極められるだろうし、優秀な魔法士と手合わせできる貴重な機会である。


 試験官ごとにブロックに分かれているので、誰か一人を選んで順番を待たなければならない。

 ラッキーなことに、列にはほとんど人が並んでいない試験官が一人いた。


 他のブロックには数人が待っているのに、そこだけは一人が今から試験を始めようとしていたところ。

 しかも、強そうな雰囲気をプンプン漂わせている大柄の試験官。初老の爺さんという感じだが、明らかに他とは違う。

 他の試験官とは違って、俺と同じ——杖を使わないスタイルだというだけで期待ができる。


 なんで弱くて優しそうな試験官にばかり受験生が集まっているのかよくわからないが、ともかく運が良かった。


 待っている間は、試験官と受験生の戦いを眺めて作戦を練るとしよう。


「ワシに挑戦しようとは——根性だけは褒めてやろう。だが、根性だけでは渋い点数しかやれんがな」


「ドレイク先生と手合わせしたくてこの学院を受験したんです! 勝つつもりでやらせてもらいますよ!」


 ドレイク……どこかで聞いた名前だな。

 あっ、そういえば高等魔法学院の出願資料にそんな名前が書いてあったっけ。

 確か、肩書きは学院長——


「ワシはいつでもいいぞ! かかってこい!」


「行きます!」


 受験生が叫び、手を突き出した。


「ウィンド・ストーム!」


 もはや詠唱魔法には突っ込まなくていいか……。

 しかし、さっきの技能試験で見たような雑魚とは違う感じがする。多少マシ程度ではあるが。


「ふんっ!」


 風の荒らしがドレイクを襲う。

 服が千切れ、上半身が曝け出される。

 この攻撃が生身を襲えばそこそこ傷を負いそうなもんだが——


「まったく効かんな」


 ドレイクは顔色一つ変えず、それどころか涼しい顔で言い放った。

 鍛え抜かれた肉体には傷一つついていないから、痩せ我慢をしているという感じではない。


「くっ……全力を出してもこんなもんなのか……!」


 苦悶に満ちた表情で拳を握りしめる受験生。

 そして——


「こっちからもいくぞ! ふんっ!」


 どんな魔法を使うのかと思えば、ドレイクが放ったのはただのパンチ。

 強烈な勢いで繰り出された拳は顔面を直撃し、相手を吹き飛ばした。


「ぐあああ!!!!」


 そのまま動かなくなり、強制的に戦闘終了——


「なかなか骨のあるやつじゃったな。……悪くない」


 この爺さん、どんな強い魔法士かと思えばバリバリの肉体派じゃないか……。


 意識を失った受験生を場外に運んで寝かせると、俺と目があった。


「見ての通りじゃ。それでもワシとやるかの?」


「もちろんだ。肉弾戦も多少は心得がある」


 剣の鍛錬をする中で、『手元に剣がない場合』という想定で何度か練習したし、そのために身体は鍛えてある。

 俺の場合は剣がなくても魔法で戦えばいいだけの話だし、そもそも空間魔法があるから剣が一本もなくなるという状態はなかなか想像できないが、持ち玉は多ければ多いほど良い。


「ほう……。この学院でワシに肉弾戦を挑むやつは初めてじゃ。じゃが、手加減はせんぞ」


「臨むところだ。それで、さっきみたいにこっちから攻撃していいのか?」


「うむ、ハンデとして先手は譲るというのが決まりじゃからな。ワシは抵抗せん。思い切りかかってくるが良い」


 なかなか強気な爺さんだ。

 さっきの戦いぶりを見ても、自信があるのはよくわかる。

 こっちも礼は尽くそう。身体強化で極限まで肉体の上限を引き上げ、さらに助走をつけることで勢いをつける。


「いくぞ……!」


 ロケットのように一直線に飛んでいき、腹部を狙って全力のパンチ——


「ちょ、それは……ぐああああああああ!!!!」


 何か言いかけたようだったが、予告通り俺の全力の攻撃を一切避けることなく、正面から受け切った。

 ドレイクは宙を舞い、空高く飛翔していく。


「さて、ここからは本番だな……」


 いつ反撃が来ても対応ができるよう肉体の準備をするのと同時に、あらゆる攻撃パターンを想定して対策を考えている。

 しかし——そろそろ落ちてくるが、受け身を取らないつもりか……?


 これもなんらかのフェイクかもしれない。


 追撃するべきか? ——いや、罠だとしたらその隙を突かれる可能性が高い。

 ここは手堅く様子を見て、相手が動き出したと同時にプランBで反撃しよう。


 ヒュー……ドサッ!


 ……!?


 着地と同時に何か仕掛けてくるのかと思いきや、何も起こらなかった。

 それどころか、口から泡を噴いて目を回していた。


 ……あれ?

 なんかこのパターンって昔にもちょっと経験したような気が……。いやいや、ここは王国中のエリートが集まる高等魔法学院。まさかそこの学院長が俺より弱いなんてことあるわけがない……よな?

 さすがに!


「だ、大丈夫ですか学院長!?」


「学院長が倒れてるぞ! どういうことだ!?」


「そんなことより早く医者を呼べええええ!!」


 全力でぶん殴ったとはいえ、まさかこんな大事になってしまうとは……。

 見たところ息はあるようだし、顔色は悪くないので単に意識を失っているだけなのだが——


 いや、ちょっと待て。爺さんのことはともかく、今の俺の状況は冷静に考えると問題がある。

 実技試験でまともに魔法を使ってないんだが……これってちょっと不味くね?

 『魔法を使って戦え』というような書き方はされていなかったが、普通に考えて魔法学院なら魔法で評価されるはずだ。


 あっ、これ落ちたな……。

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