第二章:入学編

第20話:劣等賢者は邪竜に挑む

 ◇


 それから一時間。

 何事もなく穏やかな時間が流れた。

 今日は天候にも恵まれ、初夏のほどよい暖かさが心地よい。


 周りにはたまに魔物が出てくるが、自分からは襲ってこない弱い魔物ばかり。

 商人のおっさんは最近物騒なことが起こっていると言っていたが、運よく何事も起きなさそうだ。


「よーし、もうそろそろエルネスト領を抜けそうだな。しかし魔物に出会わなくてラッキーだったな。まあ実は大したことない敵だったのかもしれんがな!」


 ガハハと笑うおっさん。


「ここを抜けるともう襲ってこないの?」


「まあ確証はないが、聞いた話では村を出て三十分くらい進んだところでぶっ壊れた荷馬車と死体が見つかることが多いらしい。魔物は活動範囲が狭い。ここまで来れば大丈夫だろう」


 確かに、魔物にはそれぞれテリトリーがあって、あまり広範囲に活動領域を広げることはない。

 強い魔物と遭遇した時であっても、頑張って逃げ続ければいずれ魔物は糸が引いたように戦意を喪失し、元の場所へ戻っていくという習性がある。


 となればもう安心か。


「そっか、安心したよ。どんな魔物だったのかちょっと気になるけど————ん?」


 念のため周囲百キロくらいの範囲を『魔力探知』で監視していたのだが、ちょっとした違和感を覚えた。


「どうしたんだ?」


「いや、ちょっと強い魔力を感じて……」


「怖いこと言うなよな。……それで、どれくらいの強さなんだ?」


「んー、説明が難しいんだけど、人で言えば俺の父さんよりちょっと弱いくらい?」


「お前さんの親父を知らんからなんとも言えないんだが……このまま進んでも大丈夫そうなのか?」


「真っ直ぐこっちに進んでくるから、どっちにしても足止めをくらいそう。でも戦えば勝てるくらいだと思うよ」


「そうかそうか、いやぁ一瞬例の魔物かと思ってチビりそうになったぞ? こっちに来るってんなら迎え撃とうじゃねえか」


 おっさんは勇ましい顔で剣を取り、荷馬車を降りた。

 俺も荷台から降りて、魔物が来るのを待つ。

 かなり動きは早いな。あとほんの少しで到着する。


「ダンジョンならともかく、こんな見通しの良い場所で負けねえぞ。どこからでもかかってこい!」


 ブンブンと剣を素振りするおっさん。

 俺も脳内でシミュレーションしておくことにしよう。


「来ねえな。……まさか、地下から襲ってくるのか……!?」


「いや、多分空から——」


 と、その瞬間。


 グギャアアアアアアアア!


 漫画やアニメで見たような巨大な黒竜。

 炎のブレスを吐き、巨大な翼をワサワサと揺らしていた。

 魔力探知で捉えた魔物で間違いない。


「な、なんだあれは!? ドラゴンじゃねえか! 嘘だろ……ってことはこいつが荷馬車を襲ってるっていう……なんてこった!」


 え、あれがそうなのか……?

 確かに普通の魔物よりは比較にならないくらい強いが、多分父カルクスでもソロで倒せるレベルだと思うぞ。

 もちろん兄レオンでも余裕だし、母イリスも同様だ。


 確かに不意打ちをされると大ダメージをくらう可能性もあるが、こんな隠す気もないバカ魔力を撒き散らされれば寝ていても気付く。


 やれやれ、拍子抜けだが迷惑な魔物には間違いないみたいだし、駆除しておくか。


「な、何ぼうっとしてるんだよ!? さっさと逃げるぞ! 運が良ければ命は助かる!」


 急いで荷馬車に乗り込む商人のおっさん。

 さっきまでの勇ましさはどこへやら。顔は青ざめ、焦りで手元もおぼつかなくなっている。


 俺は、ギャーギャー喚く邪竜へ向かって一言。


「黙れ」


 俺に気圧された竜はピタッと咆哮を辞め、退けぞいた。


「お前に恨みはないが——死んでもらおう」


 『ウィンド・スラッシュ』。

 オリハルコンをも切り裂く鋭利な風魔法。ちなみにミサイルのように追尾するので、基本的に回避不可能だ。


 竜との戦い方の基本は、まず尾を狙う。


 ザク!


 太い尻尾が千切れ、ゴトンと地面に落下する。


 グギャアアアアと叫ぶ邪竜だが、俺の追撃は止まらない。

 前足を吹き飛ばし、次に翼にもダメージを与える。


 右翼を完全に削いだところで、急所である胸を貫いた——


 グギャアアアア————…………。


 巨大な邪竜は力なく落下し、微動だにしなくなった。

 魔力反応なし。問題なく仕留められたようだ。


「す、すげえ……竜を相手に完璧なワンサイドゲーム……。信じられねえ……」


「いやいや、こんなの全然大したことないよ。誰でも——とは言わないけど、訓練すればこのくらいの敵なら難なく倒せると思う」


「大したことあるだろ!? 高等魔法学院ってのはこんなのがゴロゴロいるっていうのか……? と、とにかく助かった! 荷馬車は無事だし、命もある。とんでもねえ魔物がいなくなったとあっちゃ同業も安心するだろう。何か礼をしたいんだが——」


「え、このくらいのことでお礼なんていらないよ。それに、襲われたのは俺も一緒だしね」


 これは自分に降りかかった火の粉を払っただけに過ぎない。

 あの程度でお礼なんていくらなんでも申し訳ない。


「何を言っているんだ。お前さんを乗せたのは王都に戻るついでだった。もし乗せていなくてもここをこの時間に通ったし、その時は間違いなく死んでいた。本当に命の恩人なんだ。金貨百枚じゃ下らないと思っている」


 そう言われると、お礼をしたいという気持ちもわからなくはない。

 パソコンのことがわからない婆ちゃんにとってはパソコンの大先生である俺程度の知識でもかなりありがたがられたもんな。例としては微妙だがそういう感じか。


「うーん、じゃあエルネスト領の良いところを広めてほしいな」


「……そんなことでいいのか?」


「商人なら色々なところに行くと思うし、そこで広めてくれれば観光に来てくれるかもしれない。俗な話だけど、観光客が集まれば領地は潤うし、故郷が栄えるのは俺にとって嬉しいんだ」


「なるほど……。そこまで考えてのことだったんだな。目の前の利に飛びつかず長い目で見ているとは……十五歳の少年とは思えない頭の良さだ。エルネスト領は何度も行き来しているし、俺自身良い場所だと思っている。任せてくれ」


「ありがとう。……まあ、できる範囲で良いからね」


 それっぽい理屈はつけたが、実のところそこまで大きな期待はしていない。

 商人と言ってもそこまで大きな力はないだろうし。


「お前さん、高等魔法学院の入試を受けるんだったよな?」


「うん」


「卒業してからでも、商人になるつもりはないか? お前さんなら世界一の商人になれる。俺が持つすべてのノウハウを叩き込むし、ツテも紹介しよう。これはお礼とは関係ないことだ」


「かなり稼いでる雰囲気はあるし、最高の申し出だけど、辞退するよ。俺は、世界一の魔法士を目指してるんだ」


「そうか……そうだな、お前さんは商人で落ち着く柄でもなさそうだ。世界一の魔法士か……頑張ってくれ」


「ありがとう。まあ、大きなこと言ったけど、まずは目の前の入学試験に合格しないとね」


 ——その後、エルネスト領は観光客がひっきりなしに押し寄せることとなった。

 実はこのおっさんが王国七商人と呼ばれる大商人のうちの一人であることを知るのは、もう少しあとの話。

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