第13話:劣等賢者はメンツを潰す①

 俺は十歳になった。

 ミーナとは手紙によるやりとりが続いているが、往復にかなり時間がかかる。

 ラヌゼーイ領からエルネスト領に届くまでに一ヶ月。俺からの手紙が届くまでに一ヶ月。


 まだ一度も経験していないが、この世界では郵便事故の確率も高いそうだ。もし手紙が事故で届かなければ、どこかのタイミングで途切れることもあるかもしれない。


 そんな不安がよぎりつつも、俺は今日届いた手紙の返事を投函した。

 いつもなら家の外に出て手紙を出すだけなのだが——


「さて、今日はあそこに行ってみるか」


 母イリスと父カルクスによる修行の成果により、この歳ながら互角に戦えるまでに成長した。

 最近は俺の方が勝ってしまうことも多い。


 更なる高みに登るには、さらに強い師匠を見つけたい。

 二人とも貴族なので平均的な大人よりは強いはずなのだが、上には上がいるものだ。


「ファンゴ式魔法道場……ここか」


 事前に近場の魔法道場と剣道場を調べておいた。

 道場は冒険者上がりのプロフェッショナルが師範を務めていることが多く、より実践的で高度な修行を積むことができる。


 多少月謝はかかるが、そこはなんとかしよう。


 しかし、この手の道場にはまず試験があり、その試験に合格できなければ弟子になることはできない。

 気を引き締めて門を叩いた。


 道場の中には複数の弟子と壮年の爺さんが修行をしているところだった。

 瞑想をしていたり、的に向かって微弱な魔法を放ったり。各々に合わせた修行方法にしているようだ。


「むむ?」


 師範の爺さん——ファンゴと目があった。


「俺はアレンという弟子にしてほしい」


「弟子とな……ふむ……多少はデキるようじゃがの」


 見ただけでそこまで分かるものなのか。母イリスから魔力を抑える方法を教わって実践していたのだが、高位の冒険者ともなればバレてしまうもんなのか。


「母から少し魔法を教わっている。まあ、ファンゴ先生の足元にも及ばないと思うが——」


「ふむ、やはりな。ワシの修行は厳しい。覚悟だけではやっていけん。まずは試験をさせてもらおう」


 そう言って、ファンゴは杖を手にとった。

 ここまでは想定通り。後は試験に合格するだけだ。


 俺とファンゴの試験を多数の弟子が見物に集まってきた。

 たくさんの人に見られながらの戦いは初めてなので、ちょっと緊張してしまうな。


「準備はできているかの?」


「え? ここでやるのか?」


「他にどこでやるのじゃ?」


「いや、俺はどこでもいいんだが……」


 道場は学校の体育館くらいの面積しかない。こんなところで大規模魔法をぶっ放せば大変なことになりそうだが……。


 あ、そうか。そういう魔法を封印して戦えということか。

 さすが、高位の魔法士は違う。


 あえて能力を制限して、どこまで上手く立ち回れるかを見る。——そういうことなのだろう。


「では、始めるとしようかの。……む、杖がないようじゃが」


「ああ、俺は杖を使わないスタイルなんだ」


 剣士が剣を使うように、魔法士は杖を使うのが普通らしい。

 杖があったほうが緻密な魔力操作が簡単に実現できるメリットがあるらしいが、自力で魔力操作ができるのならその必要はない。


 手ぶらの方が楽なので、俺はこっちのスタイルにしている。


「杖も持たずに試験を受けようとは……その根性叩き直してくれる!」


 ファンゴが言って、杖を突き出した。


「——ファイヤー・トルネード・アロー!」


 え……? 詠唱魔法?

 冗談だろ?


 俺は、無詠唱でバリアを展開する。


 カキン! バンッ!


 バリアに衝突し、爆発する。

 なお、バリアが破られることはなかった。


「な、なんじゃと……!? 無詠唱!? そ、そんなことよりワシの渾身の一撃が……!」


「いやいや……」


 そうか、これはわざと弱く見せて俺が油断しないかどうかを見ているのか。

 そうとなれば、こっちも攻撃を仕掛けるまでだ。


 相手が反射魔法を使ってくることを想定して、まずは様子見。

 母イリスと父カルクスは共通して、「常に奥の手は持っておけ」と言っていた——


 腕を突き出し、手の平から高火力の魔力弾を発射。

 属性はそうだな、水にしておこうか。


 あえてファンゴを狙わず、その周りを狙う。

 こっちも外した風に見せかけて実力を隠す。こうしてだんだんと真価を見極めていく。そう簡単には勝てないだろうから、長期戦を視野に入れている。


「ふぁ……ふぁあああああああ!?」


 ファンゴは地獄でも見たかのように叫んだ。

 次々と水属性の魔力弾が飛んでいき、道場を刻んでいく。


 さて、どうする——


 結論から言えば、何も起こらなかった。


「えっと……大丈夫か?」


 ファンゴは、失神してしまっていた。

 これって、俺のせい……なのか?


「師匠……大丈夫ですか!?」


「ここまで師匠が追い詰められるとはいったい……」


「眠っているだけのようです……」


 どう見ても、俺を弟子として受け入れてくれなさそうな雰囲気だった。

 まさか、わざと弱く見せかけていただけだと思っていたら本当に弱かったとは……。


 もしかして、母イリスは普通以上に強かったのか……?


 この道場はエルネスト領最強と名高い。ここを超える魔法道場はないはずだ。

 辺境の道場だと口コミってアテにならないのかもしれない。


 まあ、気を取り直して次は剣道場に行ってみよう。

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