第8話:劣等賢者は絡まれる

 ◇


 こうして地道に修行を続け——六歳になった。


 今日は、初めてのお使い。


 一人でこの家から出たことがなかったのだが、そろそろ俺もお使いくらいできる歳だろうということで、社会勉強を兼ねて買い物へ行くことになった。


 お使いとは言っても一キロほど離れた書店に行くだけだし、俺が気に入った本を買って良いということでお使いとは……? という状況ではあるのだが。


 何はともあれ、初めて一人で異世界の街を歩くというのは新鮮な気分だ。


「中世ヨーロッパというより、ゲーム風異世界の方がしっくりくるな」


 中世ヨーロッパといえばかなり不衛生で文明レベルはかなり低かった。でもこの世界は俺が知る限りではそれなりに識字率は高いし独自の文化が発達している。


 その辺にう○こが落ちているということもないし、玄関ではちゃんと靴を脱ぐし、シャワーも普及している。パッと見の景色以外は中世ヨーロッパとは別物だ。


「この本が良いな」


 書店に着いたらまずは物語のコーナーへ行き、気になるタイトルを探して冒頭だけ立ち読み。

 続けて読みたいものだけを選んで購入することに決めてある。

 予算の許す限りの本を選んで、レジへと進んだ。


 暇だからというのもあるが、母イリスの影響で物語系の本をよく読んでいる。

 『弱者だと虐げられた主人公が真の力を覚醒して成り上がるサクセスストーリー』が最近のお気に入りだ。この手の話は大体面白い。ハズレがない。


 レジが留守なので、奥に引っ込んでいた店主をベルで呼び出した。


「いやーすまないね、待たせちゃって。おや? 領主様の御子息ですかな?」


 前に母イリスとここに来ていたことがあったので、覚えられていたみたいだ。

 まあ、庶民じゃ本を何冊も買えないので貴族か金持ち商人くらいには絞られるのだが。


「うん、今日はお使いで」


「そうかそうか、長男に続いて次男も優秀だと聞いておったが、この歳でこんなところまでお使いに来られるということは……さすがは領主様ですな」


 店主の言葉からは、両親は結構領民に慕われているみたいだ。

 悪意があっても俺の前で下手なことは言わないだろうが、表情や言葉から悪意が感じられない。


 俺も精神年齢はそこそこの歳だし、機嫌を伺うことくらいはできる。


 代金を支払い、紙袋に本を詰めてもらって書店を後にした。


 このまま真っ直ぐ帰ればいいだけなので、帰る頃にはちょうどお昼。計画通りだ。


「——やめて! ……お願いだから!」


 ん?

 小さな女の子の声がしたので、声のする方を振り向いた。


「けっ、汚い獣人が」


「うわ、獣人のくせに血が赤いとか生意気だな!」


「死ね!」


 リーゼントにスキンヘッドにドレッド。

 年齢は十三〜十五くらいか。

 ダサい頭の三人衆が幼い少女を虐めているようだった。


 目に涙を浮かべて地面に這いつくばる幼い少女は、多分俺と同じか少し下くらいの歳。

 狐耳と尻尾がついていてあまり見かけない見た目をしている。


 獣人の存在は知っていたが、リアルで見るのは初めての経験だった。獣人は魔物の血が混ざっているという根拠のないデマのせいで虐げられていると聞いたことがある。


 やれやれ——。

 領主の息子の立場上あまり目立つようなことはしたくないのだが、このまま見捨てるのは無理な話だ。


「よってたかって小さな女の子を虐めて恥ずかしい奴らだな。弱く見えるぞ」


「ンだテメェ!」


 リーゼントの少年が、ドスの効いた声とともに俺を睨みつけた。


「恥ずかしい奴らだと言ってるわけだが」


「チッ、その高そうな服……領主のガキか。あんまり調子に乗ってっと貴族でもブチのめすぞ」


 ほう、権威に物怖じしないところだけは評価できるな。

 ただしこのセリフが六歳に対してというのが痛いところではあるが……。


「やってみたらどうだ? できるものならな」


 リーゼントの男の青筋が浮き出し、ピクピクと揺れた。


「いい度胸じゃねえか! お前ら囲め! ぶっ殺してやる!」


 スキンヘッドとドレッドが指示に従い、俺を囲んだ。


「成り上がり貴族風情が。あいつはもとから気に入らなかったんだ。ブチのめしてやる!」


「あの領主のせいでアニキの族が解散に追い込まれたって話だからな!」


 ふむ、イリスとカルクスはこんな輩を大幅に減らしていたのか。

 ただの親バカだと思っていたがちゃんと領主らしい仕事をしているんじゃないか。

 慕われるのも納得できる。


「なんだ? 口だけならどうでとでも言えるわけだが?」


「その減らず口を開かなくしてやるぜっ——!」


 リーゼントがパンチを繰り出す。

 頭脳は子供とはいえ、身体は大人。訓練していない人間なら怪我を負ってしまいそうなほどの威力だ。


 だが——


 遅い。遅すぎる。

 まるで止まっているみたいだ。

 この程度の戦闘力で大口を叩いていたのか……。


 もはや哀れだな。


「隙だらけだぞ。素人がちゃんと訓練した人間に指一本でも触れられると思わないことだ」


 俺はパンチを軽々と避け、ついでにリーゼントの足を軽く蹴った。


「うがああああ!!!!」


 悲鳴のような叫び声とともに、リーゼントは盛大に転んだ。

 受け身すら知らなかったようで、顎を強打して涙目だ。


「こ、こいつ……!」


「ちょこまかとしやがって!」


 スキンヘッドとドレッドが攻撃を仕掛けようとするが——


「はああああ!?」


「な、なんだこれええええ!!!!」


 軽く二人の男の足元を魔法で揺らしただけなのだが、立っていられなくなったみたいだ。

 脳震盪を起こしたようで起き上がらない。


「いやまさかこの程度かよ……。もうちょっと期待できるかと思ったんだが」

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