第一幕 夢見る光に魅せられて

1.オオカミ少年、空を見上げる

「また狛がウソついたよ~」

「ウソじゃねぇって! ほんとにやれんだよ」


 狛と呼ばれた少年とそう呼んだ少女から少し距離を置いて、少年少女数名が集まってケラケラと笑っている。全員がランドセルを背負い、頭には何かしらの動物の耳が生えていた。

 狛と呼んだ少女が口を開く。


「はいはい分かりましたって。じゃ見せてくれよ。そのバク宙十連続ってやつをさ」


 狛は手に汗をかいた。先ほど口をついて出てしまったウソはもう呑み込めない。

 しかしずっと押し黙っているわけにもいかず、彼は苦し紛れの答えを返すことにした。


「いや、ほら、……ここ、ほら」

「なんだよ?」

「ほら、地面、アスファルトの上でやんのはちょっと」

「またそんなこと言ってさ、できないだけだろ~?」


 少年少女たちがまた笑う。狛は間髪入れずに言い返した。


「できるって! ちゃんとした場所でならいつでもやってやるよ!」

「ちゃんとした場所ってなに?」

「そりゃ……、ほら、マット敷いた場所とか」


 狛がそう言うと、少女はニヤリと口角を歪ませた。無邪気にも見えるその笑顔は、しかし彼女の生来の嗜虐性を隠しきれていない。


「来週に体育の授業あんじゃん。そこでマット運動やるらしいぜ」


 ――ヤバイ。この流れはマズイ。

 そう考え、狛はとっさに俯いた。しかし少女は俯く彼の胸元に顔を近づけ、見上げるようにして無理やりに目と目を合わせた。

 そんな少女の笑顔は少し赤い。対して、狛の顔は青ざめていた。


「へ、へぇー? 前転とかすんの?」


 絞り出したような狛の言葉は舌がうまく動いておらず、しどろもどろになっていた。


「こまぁ〜、すっとぼけんなよ。そこでバク宙十連続を披露してくれって言ってるわけ」

「い、いや、それは」


 狛は言い訳を探すものの思い浮かばない。どうにかしなきゃと焦る頭が熱を持ち、彼の喉から水分を奪っていく。潤そうと飲み込んだ唾は少しの空気と混じって喉に音を立てた。

 ――痛い。


「あっ、え、っと……」

「なぁ三毛、もういいだろ。そんなヤツほっといてさっさと行こうぜ」


 狛から距離を置いていた少年少女たちの中で一番大柄な少年がそう言いながら、少女の肩を引いて狛の前から彼女を引き離した。

 しかし少女はそんな大柄な少年の手を力任せに払いのけると、狛の背中をランドセルの上から強く叩いてこう言った。


「じゃ、来週楽しみにしてっから」



 突き当りの二股道を三毛たちが左に行き、狛は右を向いた。

 狛は一切振り返らずにその道をまっすぐ歩く。三毛たちの声が聞こえなくなるまでまっすぐ歩く。彼女らの姿が見えなくなったのを振り返って確認すると、彼の口からは自然とため息が溢れた。


「……なんで俺に話を振るかな」


 狛の幼馴染の三毛芳香は学校で彼に唯一話しかけてくれる女の子だ。彼女がいなければ彼はお婆ちゃんとしか話さない日もあるほどだった。

 三毛は学校からの帰り道や休み時間に狛が近くにいると、自分のグループでの会話を彼にやたらと振ってくる。それが彼の悩みの種となっていた。


「俺が悪いんだけどさ」


 いつからだろうか。狛は口を開けば嘘をついてしまうようになっていた。

 見ていない事を見たと言って、聞いてもいない事を聞いたと言って、言ってもいない事を言ったと言う。それを自分で制止できない。

 果たしてそのせいか、狛は学校で孤立してしまっていた。

 ――いけないことだって分かってるのに。


「この口、取れねぇかなぁ」


 ――それかずっと閉じたままでいられたら。

 そんな事を考えながら狛は灰色の道を歩く。この自動車一つ分ほどの狭い道をまっすぐいって奥、もう見上げれば眼前に広がる山の、頂点へ続く坂道を上っていけば自分の家に着く。


「来週ほんとにやらされんのかな……。はぁ」


 ため息と一緒に重い頭が俯いて、背中から日に照らされて出来た自分の影が狛の目に止まった。

 影はまるで縋るかのように狛の前から離れない。それは自分の嫌いな自分を無理やり見せられているように思えて、狛の表情はますます曇った。一生に付き纏う暗い影に嘘つきの自分を重ねてしまって、堪えようのない涙が彼の胸からこみ上げる。

 しかし、影はそんな彼の目の前から忽然と掻き消えた。

 

「え? ――っまぶ!?」


 ほとんど直上からの光。狛はそれを見上げて、その眩しさに手で目を覆った。

 まだ太陽が見える午後の時間に、それは空の青さを夕焼け色に染め直していた。

 彼の指の隙間から見えたそれは、燦然と輝くロケット。

 あり得ないほど眩しく燃えるロケットが大気を押しつぶしながら大地へと落ちてきていた。

 ――なんで!? 今日は落ちてこないはずなのに!

 狛は慌ててゴミ捨て山への道を走り出した。もちつきロケットは一目散にゴミ捨て山に、つまり彼の家の方へ墜落していくのが分かったからだ。


「おばあちゃんが危ないっ!かもっ!」


 ――予定外のなんて、あのおばあちゃんが見過ごすはずがない。

 狛の足は自然と速まり、その瞳はまっすぐにロケットへと向いていた。そのせいでマンホールに足を引っ掛けたが、彼は構わずロケットを追う。


「しっかし何だあのヘンテコ……もしかして臼型!? もちつきロケット!?」

 

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