世良美奈子ちゃん(1)

夏木郁

小学6年生

 両親が離婚したのは、私が一歳の時である。以来、父親が男手一つで育ててくれた。母親がいなくて寂しい思いをしたことは一度もない。父は毎晩髪の毛を丁寧にくしで解かしてくれたし、冬に乾燥肌で悩んだ時は、皮膚科で貰った保湿クリームを全身に塗り込んでくれた。休日は私に付きっきりで、毎週のように遊園地やプールに連れて行ってくれた。そんな父のことが大好きだった。


 十歳の時、父が再婚した。再婚相手の女性はとても優しくて、私たちは良い関係を築けていると思う。ほどなくして継母が妊娠し、妹・香奈子が生まれた。父親をそのまま女の子にしたような顔である。くっきりとした二重と大きくて丸い目元がそっくりだ。父は学校の友達の間でイケメンだと評判だから、将来は美人になるのだろう。


 妹と違って、私は父に似ても似つかない。目はどちらかと言えば切れ長で、鼻も細くて小さく、全体的に凹凸が少ない。顔のパーツの何もかもが母親に瓜二つだと父は言う。

 しかし、私にその真偽を確かめるすべはない。母の写真が一枚も残っていないのだ。その理由を父に問い詰めると、

「母さんが出て行った時、父さんはとても辛い気持ちになったんだ。だから何とか忘れてしまいたくて、写真を捨てることにした。美奈子に母さんの思い出を残してやれなくて、ごめんね。」

という答えが返ってきた。哀しそうに謝る父が不憫に思えて、何となく母の話はタブーになった。

 両親の間に何があったのか、私は知らない。とにかく父は、母の話を避けようとしていた。後妻に気を遣ってか、再婚後その傾向はますます強くなった。



 最近、父は写真に凝っている。継母が妊娠して半年経った頃、「次女を撮影するため」と言ってカメラを新調した。一台で十万もする高級品である。

「デジカメで十分じゃないの?」

と継母がたしなめると、

「一生の宝物だから、良い物を残したいんだ。」

と言って、購入してきた最新型カメラの性能を力説した。

「美奈子の時も、当時で一番良いカメラを買ったしね。今アルバムを見返しても惚れ惚れするよ。」


 実の母とは対照的に、私が幼い頃の写真は大量に残されて、一枚一枚大切に保存されている。一歳から二歳になるまでの一年間だけでも分厚いアルバムで十冊分も撮っているのだから、その親馬鹿に笑ってしまう。

 父はよくアルバムをめくりながら、抱っこしてあげた時のことや、プリンセスのドレスで着飾った時のことや、私をお風呂に入れた時のことを嬉しそうに話してくれた。

 何でもないような日常の写真を、父は可愛い、可愛いと口に出しては右手で優しく撫でるのだった。








 私が夫のもとを去って十年以上経つ。あの事件のせいで、夫婦仲はおかしくなった。私も精神的に追い詰められて、衝動的に家を出て行ってしまった。


 夫とはもう連絡も取れない。五年前、夫の携帯電話に電話したが、もう使われていないようだった。



 美奈子はどうしているだろうか。


 夫は自分の娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていた。まだ赤子だった美奈子の写真を撮影するのはいつも夫の役目だった。

 出て行く時、私は娘の写真をいくつか持って行った。今でも写真立てに入れて飾ってある。


―美奈子に会いたい。


 それが私の全てだった。

 佐々木さんには「何か趣味を始めてはどうか」と薦められたが、とてもそんな気分にはなれなかった。娘に代わるものなど存在するはずがない。娘にもう一度会うためなら何だってする。


 一日たりとも、美奈子のことを忘れた日はなかった。離れていても、私たちは親子だ。いつか成長した娘に会えることがあったら、顔を知らなくても、きっと娘だと気付くに違いない。そして失われた時間を取り戻すのだ。

 もう二度と、その手を離さない。絶対に……。

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