間章



 時間が止まったような気がした。

 まるで自分の時間の流れだけが世界と切り離されてしまったようで、それは手のひらに落ちた雪の一片がじんわりと融けていくのに似ている気がする。

 それほどゆっくりと。

 多すぎる水の上に垂らした絵具のように目の前がじんわりと赤く染まっていく。

 その光景は記憶を呼び覚ますには十分すぎた。

 大好きなあの人が【ヒト】から【モノ】に変わった瞬間、大気は深紅の花びらに包まれた。

 赤い雪が降っている。

 そう思ってしまえるほど時間はゆっくりと流れ、舞台装置かなにかのように美しいものに見えた。

 けれど、その美は好ましくない存在だった。

 そのゆっくりすぎる流れの時間は玻璃からシルバを奪うものだった。

 大好きだったあの手の温もりはもうない。あの微笑みも、優しい声も全部。その瞬間の深紅あかと一緒に消えてしまった。


「アラストル!」

 現実に引き戻され、玻璃は必死に手を伸ばした。

 けれども、あと一歩、もう少し。あと拳一つほど玻璃の手が長ければ届いたであろうその僅かな距離で彼の手はすり抜けてしまった。

 暗殺者として育てられた玻璃の目にはしっかりと見えた。

 アラストルの体を影が通り抜けるのを。

 そして、別の影が彼の側に近づいているのも。

「アラストル! 避けて!」

 思わず叫んでしまった。急な叫び声で彼の動きを止めてしまう恐れもあったというのに、玻璃は咄嗟に叫んでしまった。

 けれども。

「大丈夫だ……」

 アラストルは笑っていた。

 玻璃に向かって酷く優しく笑いかけていた。

 それはまるで、あの日のシルバそのものに見えた。


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