間章



 この頃の養女むすめ達の反抗には頭が痛くなる。

 セシリオ・アゲロは蒐集部屋で考える。心を落ち着かせるためにこの部屋に来たというのに、余計にざわついて仕方がない。

 手塩に掛けて育ててきたはずのあの子達は近頃どうも反抗期らしい。幼少期からしっかりとどちらが上か叩き込んできたはずなのに、逆らうなんて。呆れと同時に少し嫌な予感がする。

 幼い頃から玻璃は絵を描くのが好きな子だった。ただ、あの子の描く絵には、存在してはいけない物が描かれる。

 玻璃の能力はセシリオにとって非常に都合の悪い物だった。

 折角作り上げた理想を簡単に壊してしまえる……忌々しい。

 けれども、あの子は特別な子だ。

 何百年も掛けた計画の成功、そして現在の好奇心を満たすために必要な存在。絶対に手放すわけにはいかない。

 特に玻璃に関してはセシリオなりに甘やかして可愛がってきたつもりだ。猫の人形を虐待し続ける彼女に新しくうさぎの人形を買い与えたときは拒絶されたが、それでも、かなり懐いてくれたとは思っていた。あの子の才能を伸ばすために少しばかり厳しい教育はしたかもしれない。あのシルバの方に懐きすぎてしまったのは計算外だったが、それでも、よく慕われていたとは思う。

 玻璃は少し発達の遅れた子供の様に感じた。双子の瑠璃がある程度読み書きが出来るようになった頃も自分の名前すらまともに書けない。けれども絵は非常に写実的な物を描ける。

 拾ったばかりの頃はろくに喋りもしなかったので口を利けない子なのかとさえ思った。けれども、考えが読めないだけで、耳もわるくない。言葉自体を覚えるのにはそれほど時間が掛からなかった。が、表現力とでもいうのだろうか。実年齢よりもずっと下の子供程度の会話になってしまうことが多かった。

 一応、質問すれば返事はある。単語をいくつか組み合わせることも出来る。けれども、表現が曖昧だったり、話がすぐに逸れてしまったりする。子供特有の集中力の欠如かとも思ったが、仕事や絵に対しては驚異的な集中力を発揮する。

 そんな彼女も人と触れあえば少しはまともになるだろうと思っていたが、シルバに面倒を押しつけたところであの子は子供のままだった。

 心が子供のまま、読み書きも計算も出来ずに、驚異的な殺し屋の才能を開花させていってしまった。

 厄介だ。

 更に厄介なことに、彼女の生まれ持った魔力は死者と交流しそれを操るような物。もっと言えば不幸や呪詛を司るなにかだ。

 セシリオ自身、死ぬことはないほぼ不死身という肉体を持っている。現に、目の前に並べられている小瓶はその効能を自らの肉体で試し楽しむためだけに蒐集している毒物の類いだ。

 けれどもその不死身の肉体だとしても、玻璃のあの能力はおぞましい。

 呪詛と言う物は継続させれば死よりも恐ろしい。

 幼いうちは彼女も使い方を知らず、ただ亡者の腕や頭を突いて遊んでいた。少し大きくなってからは亡者の腕を自分の手の代わりに使って横着をすることを覚えてしまったが、まだそれで他者を傷つけるようなことはなかった。

 けれども、もう少し大きくなった頃だろうか。その頃からいよいよ本格的に危険になった。

 玻璃が呪詛で小動物達の命を奪ってしまうようになったのだ。

 あの子の本質については何度か覗いて理解はしている。そしてそれがセシリオ自身にとって非常に危険な存在だと言うことも。

 けれども、その時点で彼女は既にセシリオの養女むすめだった。折角手に入れた家族を手放すはずがない。

 しばらく、様子を見た。眠っている間に時々動物を殺してしまう以外、特に被害はなかったので見守ることにした。

 そのうちに、彼女はその能力を使いこなし始めた。

 考えようによれば触れもせずに殺せる能力は暗殺者向きだ。便利な能力の一つだと思えばいい。

 そう、自分に言い聞かせていた。

 けれども、シルバの死と同時期にあの子の力は更に強力になってしまった。

 深い悲しみと恨み。憎しみ。負の感情が彼女を強化する。

 玻璃は笑わなくなった。

 感情を捨ててしまえば、ただの殺し屋になれると思ったのだろう。セシリオ自身、その考えには賛成だった。まだ、あの当時は。

 玻璃は次代の恐怖となるに相応しい存在だと思う。

 恐怖と死神の存在を永遠にするために彼女ほどの適任は居ないと疑いもしない。

 信じる人間が多ければ多いほど、力という物は強力になる。特に、信仰や恐怖に関しては。

 利用価値が高いと思っていた。

 けれども、それは思い違いだ。

 ある日、玻璃が一人の男を連れてきた。

 ジャスパーと名付けられた彼は、一度死んで戻ってきてしまった存在。それも、魔術の類いではない方法で起き上がってしまった。

 許されるはずのない存在だ。彼の強すぎる怨念が、玻璃の魔力と合致して蘇ってしまったのだ。

 これはまずい。

 玻璃の存在をあいつらに気付かれるわけにはいかないのに随分と派手なことをしてくれた。

 そこから先は随分と苦労した。強引に弟を呼びつけて、力を使わせる。

 玻璃の能力を封じることにしたのだ。

 セシリオが何百年も地上で蓄えた力の殆どを使い、玻璃の魔力を、死者と交流する力を使えなくした。

 殺すことしか考えられない玻璃が、自らの命と引き換えにしても助けたいと思う存在に出会うまで。

 あなたは自分の力の存在も、使い方も全て忘れてしまいます。命に替えても守りたいと願う存在と出会うまで。

 その【声】の記憶すら玻璃には残らないだろう。

 それと同時に、弟からジャスパーに関する記憶を奪う。彼はセシリオ・アゲロの拠点地を離れればその場所についても誰と出会いなにをしたかについてもすっぽり記憶を失ってしまうが、それでも足を踏み入れる度に全てを思い出せる。けれども、ジャスパーに関しての部分だけは絶対に思い出させるわけにはいかない。

 玻璃は僕の物だ。大切に大切に育ててきた養女むすめ

 だから当然、アラストル・マングスタなんかにも渡すつもりなんて微塵もない。

「……僕に……もう、家族は殺させないでください……」

 痛めつけて力の差をわからせれば大人しく従うだろうか。

 そう考え、無駄だと思い直す。

 もう、玻璃の力を再び封じられるだけの力は残っていない。

 けれども、セシリオはあの子の養父ちちだ。躾はしなくてはいけない。

 瓶を並べ直しながら溜息を吐く。

 そう言えば、まだ試したことのない毒があった。

 手が触れた瓶は謎めいた煌めきをしている。

 今日はこれにしよう。

 セシリオは椅子に腰掛け、気を紛らわせるためにひっそりと楽しみを味わうことにした。








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