間章



「アラストル・マングスタ……銀の剣士はここに来なかったか?」

 瑠璃は片っ端から情報屋を回って標的の情報を探っていた。

 相手がどの程度こちらを知っているかによってあの男の始末だけで終わるかが決まる。

 けれどもどの情報屋も決まって知らぬ存ぜぬを通そうとする。

「金は出す」

 ディアーナの幹部を舐めるな。この数年は報酬を使い切ることも出来ずに貯まる一方だぞと目の前に金貨をどんどん積み上げても「帰ってくれ」と断られてしまう。どの情報屋も怯えているように見えた。

 瑠璃は怖いが、相手はもっと怖いというところだろうか。

「情報を止められているのか?」 

 首を傾げる。

 性格上、意外に思われるが、組織内では一応諜報班に所属させられている瑠璃は手元の情報範囲が広い。少なくとも王都の情報屋はほぼ把握しているし、普通は手に入らない騎士団内部の情報も多少なら入手できる。いっそ組織を抜けて情報屋をやった方が稼げそうだとマスターは冗談交じりに口にしていた。

 けれども、だからといってどこにでも入り込めるわけではない。噂を耳にした程度の情報しかない部分もある。

 例えばアラストル・マングスタ。

「……【ハデス】か……厄介名事になりそうだ」

 暗殺がメインのディアーナとしては表面上【敵対】していると言うことになっている暗殺組織【ハデス】。だが実際は殺しよりも護衛、警備が専門になりつつある。というのも、あのイマイチやる気のなさそうなルシファーが数年前から突然同業者の手口は読みやすいと路線変更したのだという。あくまで噂の範囲だ。全て知っているはずのマスターは楽しそうに笑うだけで否定も肯定もしない。そもそも瑠璃はハデスの下っ端以外とは接触したことすらない。

「本当に存在するのかぁ? んな組織」

 下っ端が妄想してるだけなんじゃないかと疑いたくなってしまう。

 前に抗戦した自称ハデスの構成員は雑魚過ぎて記憶にも残らないほどだった。

 こめかみを叩きながら思い返す。

 銀の剣士に黒い狙撃手、藍の術師の噂くらいなら耳にしたことがある。だが、幹部となると簡単には姿を現さないだろう。

 ただ、瑠璃がマスターから聞かされた情報では【緋の殺し屋】が【藍の術師】を寵愛しているという。その【藍の術師】の詳しい情報は噂にすらなっていないが、そいつを人質にすれば全滅させられるのではないかと考えてしまう。

 が。

「けどなぁ……うちも同じこと言えるんだよなぁ……」

 思わず深い溜息が出る。

 朔夜を人質に取られれば組織はすぐに混乱し壊滅するのではないだろうか。敵に、というよりは、内部の混乱によって。

 マスターは異常に義姉を気に入っている。最初からそうだった。瑠璃のことはあまり気に掛けていない様子なのに、義姉と妹に対しては強い執着を見せる。特に、義姉に関しては異常な程だ。

 それは彼が【家族】に拘っているから。それ以上のなにか。

 瑠璃は朔夜と玻璃のおまけでしかないとでも言うように、養父はあの二人に随分と執着している。

 別に、あの男に好かれたいわけじゃない。ただ、便利だから一緒にいるだけだ。飽きたら……もう少し金が貯まったら玻璃と一緒に出て行く。

 何度かそう考えたことはあるけれど、あの男は、たぶん玻璃を手放さない。

 実力じゃ敵わないのは知っている。けれどもいつまでも飼われている気もない。

「……私も同じか。玻璃を人質に取られれば……命だって捨てるだろうな……」

 玻璃はたったひとりの、血を分けた妹だ。あの子を守る為ならなんだってする。

 同じ日に、同じ場所で生まれた瑠璃のもう半分。

 壊させない。

「玻璃、待ってろ。姉さんが助けてやるからな」

 マスターからも、銀の剣士からも。

 出来ることなら宿命からも助けてやりたい。

 力不足なことには気付きつつも、そう願わずにはいられなかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る