第3話 遷都

 吾輩は猫のようなものである。名前は無いが、無職では無くなった。

 ありとあらゆるものが無い無い尽くしの吾輩であったが、この度猫カフェへの従事が決定した。

 『野良の吾輩が「ミーちゃん」として世界へ羽ばたいた結果、猫カフェ「ホトトギス」に引き取られた』

 というのが、おめでたい人間側の視点での吾輩の変遷である。

 だが、吾輩からすれば、強制的に自由を奪われ、労働を強いられているだけである。

 事の顛末を少し語ろう。まず最初に、人間は神出鬼没な風来坊の吾輩を不可思議な術で探し出し、声をかけてきた。「どうかこのペットケージに入って欲しい」と下手に出てきた訳だ。しかし、吾輩が一体なぜこの身に纏った自由を脱ぎ捨て、檻に収まらなければならないのだ。どう考えても、吾輩が従う理は無い。門前払いだ。

 吾輩は家を持たず、故に門など無いのだが、通るべき門が無ければそこは門前であるからして、どう払っても門前払いになる。適切な語句といえよう。

 さて、次に人間たちは不遜にも罠を仕掛けた。

 もう少し段階を踏んでから強行手段に打って出て欲しいものだが、人間たちの時間は猫からすると早い。仕方が無いのだろう。もちろん、猫のような吾輩からしても早い。

 寿命は人間たちの方が圧倒的に長いのに、あべこべである。

 ともかく、吾輩はこの二手目にして人間の手に落ちた。あのチャオ○ュールという物。あれは、大変に抗い難い。猫のような吾輩の舌は、猫に類似しているのだが、猫以上にアレを欲してしまう。きっと、吾輩が経済動物の一員に加わっていたならば、アレによって身を滅ぼしてしまう事は想像に難くない。

 茶色いペットケージの中にアレを置いただけの罠は吾輩をいとも容易く吸い込んで捕らえた。シンプルイズベスト。全く、旨いことを言ったものである。うむ、旨かった。

 それから吾輩は病院に連れていかれ、去勢とワクチン接種が行われようとした。しかし、吾輩を前にした獣医は皆首を傾げ手を上げ、それらの処置を行わないことになった。

 そのあたりは吾輩の「猫らしきもの」という前提が影響した。完全に猫という訳ではないので、従来の手法が使えないのだ。いくら優秀な獣医でも不可能だ。そんな魑魅魍魎で好奇の対象となりやすい吾輩を、解剖したいなどと獣医が言い出した時はヒヤヒヤしたが、なんとかメスも注射も避けることが出来た。

 捕らえられ、拷問にかけられるなど断じて嫌である。もし、今後その様なことをされた日には、ジュネーヴ条約の対象に猫と猫のようなものを含めるようにと、周辺の猫を焚きつけてデモを起こすだろう。


 そうして、猫カフェという強制収容施設に放り込まれた吾輩を待ち受ける苦難は、人間に対する接客という労働だけでは無かった。そう、猫同士の関係性。猫関係が大変だったのだ。


 都変われば適応し、住めば都を体現した吾輩だが、そこに他の視点が加われば視野は捻じれ拗れ三回転。ままならぬのである。

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