第2話


ジルの父親であるヴォルスは、ハウンド家の当主である。とは言っても、高い身分であるわけではなく、男爵の一つ上である子爵。しかしながら任されている仕事柄、国王に近い位置にいた。


「ところでジル、お前の今後についてだが」


夕食の時、今まで静かに食事をしていたヴォルスが急に口を開いた。


「今後のこと? ってなんか変わったことあるの? 貴族としての勉強は一通りは頭に入れたけど…家は兄さんが継ぐんでしょ? 俺は放蕩息子決定の楽々人生じゃないの?」


今まで父に鍛えてもらった自分であれば余程のことがない限りは死なないだろうという自負もある。最悪は冒険者にでもなって細々と魔物を狩りつつ気楽な生活でも送ろうかと思っていた。


ジルの働かない宣言にヴォルスは呆れた顔で首を振った。


「お前をいつまでも遊ばせておけるような余裕はハウンド家にはないぞ。仕事は山のようにあるんだ。その中から好きに持っていけば生きていく分より余りある金が手に入るだろう」


「そうよジル。働かざる者食うべからずよ? ヴォルスだって私だってエヴィだって働いているんだから!」


「…まあ、確かに大したことをしてないのは俺だけだね」


今の自分といえば、貴族の勉強が終わっており時間が空いているので鍛錬。その他は領地をふらふら歩いたり昼寝したり本を読んだり。


信じられない!と頬を膨らませる母を無視して呟く。というか子供が二人いて働いているにも関わらずそんな顔をするのが息子としては信じられない。そして何よりその顔が似合ってしまう若々しい容姿が一番信じられない。


ちなみにエヴィというのは俺の兄。これも愛称で本名はエヴィアンという。言っては悪いけど、父さん譲りのごつい脳筋男のような見た目だが…あれでどうして中身は母さんに似ている。

つまり頭の出来は相当なものだ。もちろん見せるために鍛えた筋肉なわけじゃないから実力も相当。この家は化け物の巣窟だよ。


今兄さんは王宮の方で働いているから家にはいない。貴族の下っ端の子爵家からしたら相当良い仕事をもらっているらしい。ちなみに文官。本当に謎だ。


「それで今後って何? 何か仕事でもあるの?」


「ああ。正確には仕事ではないが。…そろそろ軍の訓練学校の入学時期なのは知っているな?」


「まあそれくらいは…」


ジオール王国は軍国家ではないけれど、ある程度の水準を保つために国内外問わず優秀な人材を引き入れるために軍では訓練学校を、政治面としては法学院を開いている。


学びたい意志とそれに見合った実力があれば国籍を問わず学べるということで国内外問わず申し込みが殺到するらしい。

もちろん軍と政治だけでは国は成り立たないので所謂常識を学ぶというか、広い範囲で見聞を広げることのできる大学校も存在している。


こちらは訓練学校や法学院よりも倍率は緩く生徒数も多い。それというのも国や貴族が援助して研究活動を奨励しているので多種多様な人物が教鞭を取り学びを得て国に還元しているということで、とにかく数を欲しているらしい。もちろん限度はあるらしいが。


そういうこともあってか、貴族の令息令嬢であっても平民であっても分け隔てなく優秀な人材を生み出すことができているとか。


ちなみにジルの兄であるエヴィアンは法学校の出身。エヴィアンが法学校に進むときも一悶着あったらしいけれど、当時のジルはまだ小さかったためなんだか喧嘩しているなあとしか思っていなかった。


「今年は訓練学校と法学院と大学校の入学時期を合わせるらしい。まあ、複数受験をする人数を減らすことで質と数を調整しようという動きらしいが…俺は明らかに仕事が増えて効率が悪いと思っている。それと、大学校にアイシャ様が入学されるらしい」


アイシャ様。聞いたことがある名前だ。

ジルの記憶に間違いがなければそれはジオール王国の王女の名前。

月の光と夕日を混ぜたような美しい金色と緋色を併せ持つ髪に穏やかで癒しを与えるような翡翠の瞳に完璧と言っていいプロポーション。ジオール王国のみならず他国でもその美貌については轟いていて、『宝石姫』と呼ばれている。


「へー、アイシャ様がねえ………はあ!? だってアイツ仮にも王女様だろ!? 王宮で学んだ方が質が良いに決まってるじゃんか!!」


王宮で教鞭を取っている教師たちは言わば国の最高峰の実力者と言っても過言ではない。考えるだけでも馬鹿らしい倍率を勝ち抜いてその立場を手に入れているのだから当たり前なのだが。


「仮にも、ではなく実際に王女様だ。…王もそう説得したのだが『私が外に出ることでどっかの昼行灯で事なかれ主義の人を動かせるかもしれないわよ?』と言われて言い返せなかったらしい」


昼行燈に事なかれ主義。誰のことだ?


「確かにアイシャ様が外に出るってなったら腕のある護衛が必要よね〜。幸い家にはそれに見合う実力の人が余ってるわけだし? 私もヴォルスも王様に推薦しちゃった!」


ふむふむ。護衛。推薦。一体誰を?


母よ。それはお茶目では片付けられない悪戯だ。

そして父よ。何故嬉しそうにしているんだ。


父さんと母さんがここで言ってるってことはもうほとんど決定事項なんだろう。それはまあ仕方ない。仕方ないが…事前に相談するとかなかったのだろうか?


それに、王女の護衛といったら何より近衛騎士団の出番だろうに。ひょっとしてアイシャがあまりにじゃじゃ馬で誰も名乗りあげなかったとか?


それにしてもアイシャか…また懐かしい名前だ。最後に会ったのは…いや、嘘だ。ごく最近にもアイツの部屋で会ったな。あの時のなんか企んでそうな顔はそういうことだったのか…!

アイツ俺のことを昼行燈で事なかれ主義だと思ってたのか…!


って、そうじゃない。アイシャが動くってことは合わせて俺も動かなきゃいけないってことだ。

あの暴君、平気な顔で無理難題を押し付けてくるからな。王族じゃなかったらぶん殴ってたわ。


「…決まったことならまあ仕方ないか。それで、大学校の入試とかっていつから? 俺にも予定ってものが」


「明日よ」


「お母様?」


ちょっと待って?


「聞き間違いじゃないわよ。明日ね。すぐに準備して王都に発ちなさい? あ、お土産はスイーツがいいわね。ヴォルスは何かある?」


エレナに言われるとヴォルスは使用人の一人から手紙を受け取り、その手紙をジルに渡した。

手紙には封がしてあり、よく見ないとわからないが魔力が漂っている。これは盗難防止用の魔法だろう。


「エヴィに手紙を届けてくれ。そろそろアイツにも身を固めてもらうことを考えないといけないからな」


「…わかりました。行って参ります」


あーあ、おかしいなあこの家!!!

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