第5話 WR

「ちょっと、だめだよ。ここに入って来ちゃ。」

アルバイトの面接に訪れた彼に店主らしき男性は声を荒げた。

乗って来た二輪を停める為店の裏側に回り、そのまま裏口らしきドアを開けたのだが、厨房でフライパンを振る店主は面接に来た旨を聞き、表から入るようにと促した。

 履歴書をながめながら、裏のWRは君のか?と聞き、先輩から安く譲ってもらったのだと答えると、一緒に店に立っていた奥さんが体を悪くして入院しているのだと言い、明日からでも来てくれと、賄い目当ての貧乏学生にその場で返事をくれた。


 翌日、前日駐車した場所にはWR250でもRのほうが先に停めてあり、並べるようにして自分のXを停め、もしやと思いながら店へ入ると、にやけた店主が店の隅のヘルメットに目配せして、林道へ出かけるのに奥さんのSEROWと一緒に買ったのだと言い、これまでもあちこち二人で出かけていたのだが、と少し寂しげな顔をした。

 店の仕事にも慣れ、WR-X、Rの2台で連れ立ってのツーリングにも行くようになった頃、一度見舞ってやってくれないかと、入院している奥さんのところへ伺う事になった。

 いつも世話になっている旨を告げ、退院したら3人でツーリングしましょうと元気づけたつもりだったが、緩和ケア病棟の個室に横たわる彼女は素人目にもつらそうな表情だった。

 病院からの帰り、末期がんで余命いくばくもないのだと店主は語り、すまないがしばらく店は休む、再開の予定についてはまた連絡する、と多少多めの給料をくれた。


 ひと月後、再開した店のキッチンには小さな額縁に入った写真が見守るように置かれ、二人でやっていた店も、繁忙期にはフロント担当の追加アルバイトを雇うほど繁盛した。

 みよう見まねで始めたバイトが生活の大部分を占めるようになり、店主に懇願され卒業後は正式に店の従業員として働き、何年かが過ぎた。そしてキッチンの写真も色あせる頃、新規店舗の店長として開店した店の隅には、5人の店のスタッフで撮影したツーリングのスナップが置かれている。

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