第三話 住んでいる

 神奈川にある大学に通うため、私の姉が物件を探していた時のことだ。

 安く、駅からも遠くない住宅街の中にある古いアパートを親戚のつてで借りられるかもしれない、ということになった。

 さっそく、部屋の下見に行くと、六十くらいの人懐こそうな大家のおばあさんが笑顔で出迎え、案内をしてくれた。

「ようきたねえ。ここらへんは静かでいいところでしょ。若い人が来てくれたら楽しくなるわ」

 大家さんも姉が住むことは喜んでいるらしかった。

 だが、二階の奥にある部屋の鍵を開けて中を覗くと、突然

「あー……ごめんね、ちょっとここは貸されへんかもしれんわ」

 何の前触れもないお断りに、わけがわからないといった様子で理由を訊ねると、大家さんは部屋の中へ通してくれた。

 昔ながらの六畳一間という間取りの部屋だった。

 不思議なことに、部屋の真ん中には年代物のちゃぶ台が置いてあり、その周りには座布団が並べられていた。

 部屋の壁に目をやると、くすんだ色のコートがかけてあった。

 畳の上には小さな子が遊ぶような、ミニチュアの消防車が転がっている。

 けれどそれ以外にはこれといって物はない。冷蔵庫やテレビといった家電は一つもない。そして、なぜか防虫剤の匂いがしたという。

「えっと、ここってまだ誰か住んでるんですか?」

 姉は最初、引っ越しの直前なのかな、と思ったそうだ。荷物はほとんどまとめて運び出したが、何か事情があって、最低限の物だけのこして居させてもらっているのだと。

 けれど大家さんはかぶりを振って、

「そんなはずないけど、でも、誰か住んでるみたいねえ」

 困ったように首をかしげて、とにかくごめんね、としきりに謝ってきたという。

 誰か知り合いで部屋を貸してくれそうな人を見つけたら連絡するから、と初めて会った姉に親切にしてくれるような人だったから、悪気があってしたことではないだろうけど、なんだか変な体験だったと姉は語っていた。

 さらに、勘違いかもしれないけど、と付け足して、その帰りに見たかもしれないもののことを教えてくれた。

 アパートの前の細い路地を通っていると、不意に視線を感じた。

 振り返ると、件の部屋の窓に人影が見えた。

 見た瞬間、さっと引っ込んだためか、はっきりとはわからなかったが、小学校低学年くらいの男の子だったという。

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