3_"好きな人"と"いちご俺"


 自分の机に置いてあるバッグを確認してみたところ殆どすっからかんだったが、高校時代に使ってた文房具とか財布が入っていたので、やっぱり意識だけが高校2年に戻ったのだと実感した。

 加えて、全くと言っていいほど使わなかった生徒手帳とか、なんかノリで買ったファッション雑誌とヘアワックス、あと当時の携帯(もちろんガラケー)の充電器なんかも見つかった。こんなもんしかバッグに入れてねえとか、ダメな社会人みたいだな。

 さて、例によって四月一日のホームルームは終わりを告げ、早めの下校の時間となる。人によっては部活へ直行し、また、人によっては昼飯を買いに行ったり、食いに行ったりと、学校全体がざわざわする――俺も所属していた軽音部に向かうつもりだが、同じクラスにいる部員曰く集合時刻まではあと二時間あるらしいので、とりあえず待ちの状態。いやあ、にしてもうるさいね、高校生ってのは。担任が居なくなったらずっとでっかい声で喋ってる奴らばっかで、会社で一人業務に追われてる日々からここに放り込まれると感覚が狂う。

 なにをそんなに喋る事があるのやら。盛んなお年頃ってのは分からんね。


「喉渇いたわ」


 そんなおじさんモードの俺に、不機嫌気味の声が降ってくる。自身の前髪をヘアピンで留めておでこを出したそいつは、人の目も気にせず、俺の机に腰掛けて足を組む。


「ケイスケ知ってる? 私がいつも飲んでるいちごオレは、この四月から外の自販機にしか売られてないの。でもあれは人気商品。今にも売り切れるかもしれない」


 あざみだ。


「そりゃ困ったな」

「死活問題ね」


 ぱちん、と指を弾いてそのまま俺を指差すあざみに、俺は嫌な予感を覚える。これ、買って来いとか言うパターンじゃないだろうか。ああそういや、昔からこの女は人使いが荒く、思い出さなくても、ちょくちょくこの時期もバシらされてた。断るとうるさいので結局折れてが、実はこの行為をやられすぎて、他の生徒からは『美浜あざみと付き合ってるんじゃないか』だの、『どうせ宮田くんはあざみちゃんに尻に敷かれる』だの思われ苦労した。もちろん、逢瀬まなつもその例に漏れる事なく、純粋無垢に『えー! 二人って付き合ってなかったのー! お似合いなのに!』なんて言われた日にゃ、まあまあ凸った。間違えた。凹んだ。

 ……なので。


「でもな、あざみ。渇いた喉に甘いものなんて飲んだらもっと喉が渇くぞ。ここは一旦水で喉を潤してからいちごオレを飲むのがベターだ。という事で、まずは外の水道で水を飲み、その足でいちごオレを飲むのはどうだ」


 ここは、それっぽい理論で逃げる事にした。うむ。水道が外の自販機の近くに設置されてるのはパシられ慣れているため覚えていたのはなかなか感慨深い……のか? あれ、なんか哀れじゃ……ま、まあ、いいか。


「嫌よ面倒くさい」


 ほんで轟沈。


「私の"喉渇いた"は、"ジュースが飲みたい"と同義なのよ。喉自体の渇きなんて関係ないの。なんで10年来の付き合いなのに分からないのかしら……ちゃんと義務教育受けた?」

「酷い言われようだ」


 これが上司だったらハランスメント警告をしてやりたいのだが、相手はJK、なんとか抑え込む。ふむ。思ってたよりも手強いぞこいつは。当時の宮田少年よりも上手く撒いたと思ったのだがそう簡単にはいかない。俺は仕方なく腰を上げた。


「わーったよ。行ってやるよ……学校内色々思い出したいし」

「なんか言った?」

「なんも」


 適当に不機嫌女を誤魔化して俺は教室を出る。ポケットに入れた財布に千円札三枚が入っているのを確認し、うるさい廊下を歩いていく。壁に貼ってある各部活の新入生歓迎ポスターを見ながら、二年の教室のある三階から下の階へ。意外に校内にどこの教室があったとは覚えていて、割とすんなり当該の外自販機が見えてきた。外靴を履こうと下駄箱の前に立ち、自分のクラスの位置を探す。


「お、あった」


 まるで合格発表で自分の受験番号を探すかのように2-3の文字を見つけ、自身の外靴を手に取る。出席番号順なので後ろから二番目の場所はなかなかに覚えやすい。俺は屈んでくたくたの外靴を履こうと、上履きを脱いだ。


「おー、宮田くんだ! やっほー」

「え?」


 元気な声がした先、首を上げて見ると、そこには逢瀬まなつがいた。これから部活なのか所属しているバドミントン部の練習着を身につけ、髪は軽やかなポニーテイルにし、制汗剤のCMさながらの清々しい笑顔とともに。高鳴る鼓動。可愛い。10年の時を経てもその魅力は変わらない。


「クラス委員さー、結局明日決める事になっちゃったねー」


 逢瀬がポニーテールを整えながら言う。クラス委員の件は、彼女の言う通り結局明日に持ち越されてしまった。抽選とかで決めると担任のかわじいは話してたが、実際にどう抽選で決めるのかははっきりしていない。


「お、おう。そうだな」

「もし二人でやれたら良いね!」

「な……!」」


 しかしなんという事でしょう。この子、素敵過ぎはしませんか。もし仮に他の誰かに言ってたとしても、それでも舞い上がってしまう言葉の選択。"二人で"だってさ! テンション上がるなこれ。


「あ、でも意外だったよー。なんか宮田くんって、クラス委員とかやりたがらない感じだから」

「そうか? 割と仕事じゃチームリーダーという名の汚れ役を……」

「ふえ? 仕事?」


 やば。気付いたらついついリアルの話をしてしまった。あざみの時もそうだが、会話には少し気を配らないと、変な事を言って面倒な事になる。言い訳を考えよう。


「そ、そう。バイトの話! 一年からずっとやってるんだよ」

「へえー、そーなんだ! うんうん。じゃあ宮田くんに決まったら良いリーダシップを発揮してくれそうだね!」


 俺の言った言葉を全肯定してくれる勢いで逢瀬が頷く。良い子で助かった。そのまま他愛のない会話に持っていき、お互いの事を話して盛り上がっていく。初っ端からこんなに逢瀬と会話できるとは、なかなか良い出だしである。叶わなかった恋もあながち叶う気がしてくる不思議。普段から仕事で顧客相手にへこへこしてるお陰かな(吐血)。知らんけど。


「そういえば、宮田くんって、ストレイテナーのコピバンやってるんだよね?」


 すると逢瀬がパンと手を叩いてキラキラした目で見てきた。


「ああ部活でな」

「じゃ、アタシらが部活の外練の時に聞こえてきたのは、宮田くんのバンドだったんだ。実はアタシも邦ロックよく聴くんだよ。テナー、エルレ、アジカン。全部好き!」

「……あー」


  そういえば、そうだ。逢瀬まなつはロック、というか音楽全般が好きで、結構この手の話を、少しながらした記憶がある。で、意を決してとあるロックフェスに大学の時に一緒に行かないか誘って「ごめーん、サークルの皆で行く事になってて、もうチケットも――」とか言われて見事に振られたっけ。となれば、さっさと逢瀬といい感じなってしまえば、高校の時点で二人でフェスに行くなんて言う青春味あふれた行為が出来る……! あの高校生の当時、俺は「まだその時じゃない」とかほざいて、せっかく同じクラスになった逢瀬と大して話さずに青春を棒に振った。ある程度話せるようになっても、向こうには彼氏が出来てしまっていて、付き合えなかった。そうだ宮田。今回の俺はそんなミスはしない。この二週目の高校二年生、俺は勝ちパターンを歩むのだ。


「うん。いいよなその3バンド。コピーもしやすいしさ」

「そうなんだー! あ、宮田くんはなんの楽器? やっぱギターボーカル?」

「いや、ベース。でもたまにベースボーカルもやる時あるぜ」

「お! いいねいいねアタシベース好きっ! でゅーん! って感じが堪らないんだよ。でゅーん、どぅどぅどぅどぅでゅでゅーん」


 楽しそうにエアベースを披露し始めたので、俺もそれに「弾き真似上手いな!」「まじー、やったーでゅでゅー」「でゅでゅ」「でゅでゅでゅでゅでゅー!」と、謎のノリで返して遊んでおいた。久々にこんな体動かしたな。ベースなんかもう何年も弾いてないが、なんか彼女のためなら何の曲でも弾ける気がする。お、そうなると、部活は真面目にやってた方が後々効果的か。モテいがゆえに高校限定で適当にやってた軽音部だったが(もちろん全くモテなかったよ)、使えるものは使おう。これから外練習という逢瀬と一緒に外に出て、俺は軽音部の練習部屋である部室棟へと足を進めた。うむ、今のうちに部活メンバーに会って色々決めないとな。思い出すのは時間掛からないだろうし。


「これから入部希望の子たちと外練だから、このへんで! 明日また話そーね!」

「おう。部活頑張れよ」

「ありがと! じゃ、あでゅー!」


 大きな声で駆けていくポニーテイルに、俺は手を振って一息。ふう、なんだ俺、めっちゃ喋れてんじゃん。あの時は恥ずかしくて話しかけられるのを待ってただけだが、やっぱ、あーいうタイプの子は自分から行かないとダメだな。俺は気持ちいい感情にニヤニヤしながら、例によって部活メンバーに会いに行くべく、軽音部の居る部室棟へと足を運ん……


「あ! いちごオレ!」


 やべ、忘れてた。

 ……急いで戻った外自販機には、既に『売れ切れ』の文字が並んでいた。

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