予備校寮で暮らす僕の一日

 学校がある日は、朝八時頃に起床する。


 それから、食堂に行き朝ご飯を食べる。

 皆、大体座る場所は決まっていて、僕は川野くんや高山と同じテーブルに付く。

 川野くんは「おはよう」と明るいが、高山はだいたい無口で表情も怖い。

 「おはよう」とすら返してこないこともしばしば。

 朝の高山はめちゃくちゃテンションが低く、このモードの彼は『テンション高山』として、恐れられていた。


 学校での座席は決まっていて、僕の隣は高橋くんであった。

 高橋くんはザ・陽キャという感じでオシャレでコミュ力も高く、いつも周りに人が集まっていた。

 こう言うと、陰キャの僕が近づけないような感じがするかも知れないが、全然そんなことはない。

 

 高橋くんは、軽快なギャグを飛ばしながら、僕なんかにも積極的に話しかけてくれるのである。

 そんな彼は、あまり勉強には熱心でないらしく、何かと理由をつけて遅刻や早退を繰り返していた。

 「今日はAV女優の握手会に行ってて、つい遅れてもたわ」とか、なんとか言って本日も順調に遅刻してきた。

 「やっぱAV女優なだけあって、握手はこうやったわ」と吹き矢を使うような手をして顔をゆすっている。 

 彼も愛すべきバカなのだ。


 ちなみに、僕の前の席には金子さんという細身のショートカットが似合うかわゆい女の子。

 ほとんど喋ることが無かったが、僕の毎日の癒しだった。


 「今、お腹鳴ったの聞こえなかった?」とこちらを振り向いて、唐突に話しかけられた。

 

 ハニカミ笑顔がすこぶるかわゆい。 


 「いや、全く何も……」


 最も面白くないサイテーの返しをしてしまい、そこで会話は終了。

 僕のばか、アホ、マヌケ、うじ虫、熟女好き!

 「もっとこう返し方、あるだろっ……」と悶々としたが、時既におそし。

 男子校出身はこういう時に弱い。


 さて、十二時になると待ちに待ったお昼休憩である。

 予備校に食堂はあったがいつも混んでいるので、大体はコンビニで買ったパンを席で食べていた。

 しかし、財布に余裕があるときは、時折、近くの飲食店でご飯を食べることもあった。


 僕の行きつけは「ことぶき」という割烹居酒屋。

 ランチもやっていて、10種類くらいの定食がどれもワンコインで食べられる。

 その上、ご飯大盛無料と太っ腹である。

 

 僕の他にもファンが多いらしく、客はいつも同じ顔触れであった。

 僕はいつもエビフライ定食を食べていた。

 有頭の大きな2匹のエビフライに、サラダ、それから小鉢が2つほどついている。

 大きなエビの肉厚な身が滅法美味くて、ご飯がめちゃくちゃ進む。

 割烹なだけあって、小鉢も季節に合わせた粋な内容。

 「これでほんとに五百円でいいの?」とインド人もびっくりの内容である。


 そして、たまに浮気をして煮込定食も食べていた。

 すじ肉と大根を煮込んだもので、具材に味がよく染み込み、なんとも言えない風味が口内に広がるのだ。


 僕と同様、「ことぶき」の常連である寮の2階の住人、森川くんは、この煮込定食をいつも食べていた。

 彼とは話したことは無かったが、「彼とは良い友達になれそうだ……」と信じて疑わなかった。

 森川くんには「この浮気者が……」と軽蔑されていたかも知れない。


 さて、午後の授業は満腹で眠くなるから、効率としては午前よりも悪い。

 勉強して知識を詰め込むというより、ただ睡魔と闘っているだけのような気がして、どうしても眠いときはサボってさっさと寮に戻り、本を読んでいた。

 

 授業を終えると、調子が良いときは夕飯の時間まで自習室で勉強することもあった。

 ただ、それも月に1度あるか無いかであったことを申し添えておこう。


 それ以外は、寮の廊下で夕飯まで3階のメンバーとダベッていた。

 男ばっかりで、いつも女の子の話題である。

 宮崎くんはしきりに若槻千夏を推していたが、僕はMEGUMIが可愛いと譲らなかった。

 ある日、学校で誰が可愛いかという話になり、僕は癒しの彼女を推した。

 「僕の前に座ってる子、可愛くない?」

 「あぁ、伊澤の前に座ってる子な、ええな」と宮崎くん。

 「確かに細くてかわいらしいな」と川野くん。

 「でも、胸がないやろ」と高山。

 高山はおっぱい星人なのだ。おっぱいがあれば何でも良いのである。

 「なんていうか、名前に『子』ってつきそうやな」と宮崎くん。

 「名前に『子』ってつくと何となく清楚な感じがするもんな。 今思い返してみるとクラスにおった女の子で可愛い人は『子』ってついてたわ」と川野くんが応じる。

 「あぁ…名前まではわからへんな……」と僕。

 「『みよ子』とか、めっちゃ似合いそうやな」と宮崎くん。

 「『まさ子』もええんちゃう」と川野くんも妄想を膨らませている。

 「あ! そういえば、あの子の苗字は『かね子』やわ……『子』がつく!」と僕。

 全員がニヤニヤと笑い、誰も言葉を発さずに、シーンとした時間が流れた。

 「アホやろ、お前……」と宮崎くん。

 

 みんな若い体を持て余しており、じゃれあいもよく見られた。

 プロレス好きの川野くんはアブドラーザブッチャーの地獄突きで久留米くんを隅に追い込んでいた。

 久留米くんはなぜか嬉しそうに笑っている。

 高山はどこかつまらなさそうに真顔でみんなを見回していた。

 『テンション高山』が出たと、皆がいじりだすと「しばくぞボケェ」とへッと笑った。


 それから夕飯である。

 食堂でなぜかいつも流れている「キテレツ大百科」を見て大爆笑している白瀬くんに苦笑いしながら、飯を食べる。

 口の前でグーを作り「グフフ」と笑いながら周りを見回している。

 「今の笑いどころちゃんと見た?」とでも言わんばかりに。

  

 飯を食べたら、風呂に入り南部ダイブに怯えながらも、仲間とワイワイ話に花を咲かせ、ついつい長風呂をする。

 毎日のぼせる寸前まで風呂で頑張る。

 それほどにも寮の風呂は楽しいだ。


 風呂から上がり「さあ、勉強するぞ」と思っていると、だいたい誰かが扉をノックする。

 勉強をするために居留守を使うこともあるが、寂しいのでほとんど招き入れてしまうから困りものだ。

 僕が勉強机の椅子に腰かけ、相手はベッドに座り、ああだこうだと話をする。

 僕も人の部屋に行くことが多かった。

 川野くんはいつもニコニコと迎え入れてくれたが、高山は露骨に嫌な顔をすることが多かった。

 ドアを半分も開けず隙間から機嫌の悪そうな顔で「なに?」と冷たくあしらわれることも多かった。

 久留米くんの部屋に行くこともあったが、どこか宗教くさい置物がいろいろあって不気味だったし、物が散らばり不潔な雰囲気がしたので、あまり近づかなかった。

 やめとけば良いのに、故障気味のエアコンを勝手にバラして修理しようとして失敗に終わり、夏は死ぬほど暑く冬は死ぬほど寒かったのも、理由に付け加えておこう。

 

 そんなこんなでいつの間にか寝る時間を迎える。


 ところで……一体いつ勉強してんねん!

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