優木さんは真島君を馬鹿にする人を許さない

第10話 新婚気分な優木さん

登校前、二人で朝食を食べている時だった。


「あれ? 一緒に登校するんだ?」

「当たり前じゃない。一緒に生活してて、何で別々だと思ったのよ」


 てっきり、時間をずらして登校するのかと思っていた。


「だって、僕たちが同棲してるのバレたらまずくない?」

「大丈夫よ。その時は犬のサン──途中で会ったことにするから」


 間違いなく、犬の散歩って言おうとしたんだろうなぁ……どこまでも飼い主気取りな優木さんだ。


「ほら、もう少しで学校に行くからちゃっちゃと準備しなさい……って何笑ってるのよ?」

「ごめんごめん、優木さんの作る朝食が美味しくて」


 頬が緩んでいたようだ。人が作ってくれるご飯っておいしいなぁ。

 本日の朝食は、白米、味噌汁、だし巻き、納豆だ。言うまでもなく、絶品である。


「はいはい。それくらいならいつでも作ってあげるから。あと、これ」


 先に朝食を食べ終わった優木さんが僕に渡してきたのは、ランチョンマットに包まれた弁当箱。疑ってたわけじゃないけど、本当に作ってくれたんだ。


「ありがとうね。朝から作るの大変じゃなかった?」

「まぁ、手間だけど構わないわ。あなたが美味しそうに食べてくれるのなら、こちらだって作り甲斐があるし」


 優木さんは苦笑しながらそう言うと、リビングから出ていった。僕も早く準備しないと。


 朝食を片付けると、手早く身支度を整え玄関に向かった。優木さんはとっくに待っていたようで、少し不満げな表情をしていた。


「遅いわよ。いつまで待たせるつもりよ」

「ごめんごめん。こんな早い時間に登校することなくて」


 そうなんだよね。僕はいつも遅刻ギリギリくらいのタイミングで、家を出てるからこんなに早い時間に出発したことはない。ぶっちゃけ、いつもより20分は早い。

 そして、ドアを開けようとした時だった。

「あ、ちょっとストップ」


 突如、優木さんに呼び止められてしまった。優木さんの方を見ると、頬を赤くしながら少しモジモジしていた。


「今日の私、おかしなところない?」


 何のことを言っているのか分からなかったが、髪を触ったりしているあたり、身だしなみのことを言っているのだろう。


「うん、大丈夫だと思うよ」

「大丈夫って言われても……よく分からないんだけど?」


 少し不満げな表情になった優木さんが、再度僕に尋ねてくる。


「え……」

「だから、大丈夫って言われても分からないじゃない……」


 そう言いながら、優木さんは自身の艶やかな髪をクルクルといじっている。

 正直、優木さんの言いたいことは分かる。女の子だし褒めてほしいんだろうけど、言う方も恥ずかしいというのを分かってほしい。それでも、僕が言うまで開放してくれなさそうだったので、少しの覚悟を決めて話す。


「えーと……いつも通り可愛いと思う……よ……」

「──ッ! そう、ありがとう……」


 優木さんは口元を抑えながらも幸せそうに笑っている。

 やばい……こっちの方が凄く恥ずかしい……。心臓が爆発するんじゃないかってくらいに、ドキドキしている。


「ほら、真島君もじっとしてて」

「え?」


 優木さんは何かに気づいたように僕の首元に手を伸ばしてくる。


「ネクタイ曲がってるわよ」

「いいよ別に。後で自分で直すから」

「駄目よ。だらしなく見えるでしょ。ほら、動かない」


 優木さんから距離を取ろうとしたが、ネクタイを握られていたので、許してもらえなかった。


「分かった、分かったから」


 優木さんは僕のネクタイの結び目部分をまさぐり始める。

 近くにいるからだと思うけど、優木さんのいい匂いがしてきた。

 やばい、さっきのこともあって余計にドキドキしてきた……意識しないように、意識しないように……。


「優木さん?」

「……………」

「優木さんってば」

「へっ!? あぁ、きつかった?」

「いや、そうじゃくて。どうしたの? ボーッとして」


 ついでに言うなら、顔も赤かった。僕と同じで恥ずかしかったのかな? まぁ、今のやり取りって新婚みたいだったしね……。


「な、なんもないわよ……」


 それから一分しないうちに僕のネクタイを直してくれた。


「はい、できたわ。ハンカチは持ってる?」

「いや、持ってないけど」


 僕はそんなに女子力高くない。それに男子なら持ち歩いている方が少ないだろう。

 それに、ズボンで拭けばいいしね。


「まったく……仕方ないわね。ほら」


 僕の返事を聞いて、優木さんは呆れたようにため息をつく。そして、鞄からハンカチを取り出した。


「ありがとう。でも優木さんこそ、僕に貸して大丈夫なの?」

「大丈夫よ。もう一枚持ってるから」


 そう言って、ポケットから取り出したハンカチを僕に見せてくる。準備いいなぁ。


「身だしなみには気を付けないとダメよ。そうじゃないと、女の子からモテ──」


 なぜか優木さんはそこで言葉を切ってしまう。それどころか、ハンカチを渡してくれなかった。


「優木さん?」

「やっぱりハンカチはいらないわね。早く行くわよ」

「???」


 そして、優木さんはハンカチをそのまま鞄にしまう。まぁ、ハンカチがなくても困らないし大丈夫か。

 そうして、僕と優木さんは一緒に登校しだした。

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