エピローグ5-3 みはるとなつめ

 私たちは荷物の整理をしてから、落ち着いたころにコーヒーを入れて机で向き合っている。


 「それで、やりたいこと見つかった?」


 なつめさんは優しい笑みで私に問う。対する私の顔は多分、ものすごく渋いことになっているだろう。なつめさんのところに帰り着くという目的は成し遂げた。でも、この問題は解決していない。


 「・・・・さっぱりです。なんにもないのです」

 

 「そっか、まあ焦っても仕方ないし、ゆっくりやったらいいよ」


 なつめさんはコーヒーに息を吹きかけながら、そう言った。ふんわりと湯気に乗ってコーヒーの香りが届く。


 「うう・・・、ということは、えっちは・・・」


 「ははは、まだ駄目」


 とてもいい笑顔で返された。案の定ではあるが、約束はちゃんと適応されている。試しにぐぬぬと唸ってみる、机を噛みそうなくらいに拗ねてみる。なつめさんの態度は変わらない、にっこりにこにこ笑顔、むしろ楽しそうにさえ見える。思ったよりなんというか、決めたことはしっかりと守る人だったのだと認識を改める。知らなかった側面を一つ知ったというべきか、くそう。


 「拗ねたみはるもかわいいね」


 「うう、今はうれしくないのです・・・」


 それ以上、拗ねてみても仕方ないので、座ったまま両手を広げて無言で待つことにした。なつめさんは首を傾げてこっちを見る。


 「どしたの?みはる」


 「カモンです、ギブミーなつめさん」


 シンプルに意図だけ伝える。


 「ん?うん」


 なつめさんがいまいち要領を得ないまま、席を立って私の近くまで来たので、立ち上がってそのままなつめさんの身体に抱き着く。胸のあたりで思いっきり呼吸をする。あったかい、柔らかい、えろい。安心感が脳を満たしていく。心があったかくなる。不安で痛かった胸の奥がだいぶましになる。


 「みはる・・・・?」


 「ハグは・・・すぅー、禁止されて・・・・はぁー・・・・ないのです」


 「ふふ、そっか・・・・ふふ・・・くすぐった・・ふぁはは」


 息をしながらふがふがと顔をなつめさんの胸にこすりつける。やわらけえ。本当はこのまま・・・と思うけれど、約束なので顔を離した。なんというか、幸せにはなった。でも、でもなあ。いやしかし、幸せである。どうしてくれようこの心。


 「よしよし」


 多分、まだ拗ねた顔をしていたのだろう、そのまま頭を撫でられた。普段なら嬉しいけれど、自立できていないと突き付けられている今、子ども扱いはおなかの奥の方がじくじくと痛む。しかし、包まれている安心感もある。くそう。いいように絆されているという自覚がある。はいぱーちょろいぞ私。


 「見ていてください!!やることなんてばっちり見つけてやるのです!!」


 されるばかりの自分に我慢がならなくなり、思い切って体を引き剥がして声高らかに、宣言する。なにせ大学である選択肢なんていっぱいあるのである。いくらでもやることなんてあるはずなのである。はずだ、きっと、多分、メイビー。


 「うん、頑張ってね。待ってるから」


 「そして、なつめさんをベッドの中でひいひい言わすのです!!」


 「はは、うん。期待して待ってるね?」


 なつめさんはにっこり笑ってやっぱり私の頭を撫でていた。あれ、精神的余裕に差がありすぎやしないか?これは目的を達成してもひいひい言わせられるのは私なのでは?という疑念が少しばかり浮かんだが、そっと心の奥のタンスにしまった。それはそれでいいかという、心のマゾサイドも合わせてタンスにしまった。いや、正直になります。それはそれでいいかと思いました、はい。でもひいひい言わせたいのも本心です、はい。むしろなつめさんとえろいことできるならどっちでもいいです、はい。いや、どっちもがいいのです。ぼんのうにまみれてんな私。


 その日、一緒のベッドで寝るとむらむらしてまともに寝付けなかったので、私は泣く泣くソファで寝ることにした。


 翌日以降、なつめさんはベッドとソファを交代制にしてくれた。優しい。


 あとベッドはなつめさんのかほりがした。えろい。 


 そんなことを考えながら、入学式を迎えた、ちょっと遅刻しかけた。あほか私。



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 入学から1週間ほどが経った。


 端的に言うとやることは見つからなかった。

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