幼馴染のパンチラショットに執念を燃やしていたら、世界を救ってしまった男の話

天津 虹

第1話 プロローグ

 現在、立ち入り禁止となっている学校の裏山、表土が抉りとられ、吹き飛ばされた台地に立つ光坂達也(こうさかたつや)。

 この場所は、数週間前、隕石が空中爆発してクリスタルのかけらが大量に降った場所である。

 核シェルターの中で、興奮しながら叫んだカウントダウン。迸る光の奔流、そして透けるような青空の中、見上げた流星群。


しかし、達也は、その瞬間、全人類の命を救った代償に、自分の分身ともいえる光子グラビティコントローラーを失った。


後悔はしていない。でも、込み上がってくる焦燥感といら立ち。

俺って、こんな大それたことをするようなまともな人間じゃない。

数か月前、作り上げた光子グラビティコントローラーだって、自分の欲望と執念が形となっただけなのだ。


俺って、根っからの「パンチラ愛好家」だったんだ。

それは、口に出すのもはばかられる変態宣言であった。

そんな男が見つけた目の前の希望のクレーター。男はクレーターの中心に向かって走り出す。


 **************


 話は数か月前、男が光子グラビティコントローラーを完成させた日に遡る。光子グラビティコントローラーとは何なのか? それは、これから始まる先ほどクレーターに向かって駆け出した男、光坂達也とその幼馴染の橘愛との会話に耳を傾ければ分かっていただけるはずだ。


「やった! 遂に完成した」

 光坂達也は、裏蓋のねじを締め終えたA5版タブレットを机の上に置き、大きく伸びをした。

「何が、完成したのよ?」

 ここは、光彩学園、光学研究会の部室である。そして、光坂達也に声を掛けたのは、光坂と同級生の橘愛(たちばな あい)であった。

 この二人は、幼い頃からの腐れ縁で、光坂達也は、この町の大きな写真館のドラ息子、幼い頃から、写真の原理や構造をその飽くなき探求心、いや、スケベ心で研究し尽くし、今や、光学分野では、大学の研究者や企業、はては、政府関係者までが注目している若き天才科学者の名を欲しいままにしている高校生なのだ。

 そんな彼が、偶然疑問に思った無限反射、真っ暗な部屋に一条の光を取り入れる。その光は部屋の中の鏡に反射して、その光をまた鏡で受け止める。その光が反射して……。無限に反射することで、部屋に取り込められた一条の光は、この部屋を出ることなく、永遠に光を灯し続ける。理論上は可能でも、実際には、部屋の中を完全な無塵で真空状態にして、100%光を反射させる歪みの無い鏡がこの世に存在しないため起こりえない現象。その現象に興味をもったことからとんでもない物質を発見した。


 一方、橘愛の方は、高坂の飽くなき探求心の犠牲者として、日々、光坂が付け狙うパンチラショットから逃れるべく、光坂と同じく、写真の原理や構造を探求し、光坂と同じく大学の研究者や企業、そして政府関係者が注目する光学博士だけでなく。ITにも精通し、天才ハッカーと言われていた。

 さらに、付け加えるなら、橘愛は、アパレルメーカーの素材やデザインを研究する部署に勤める両親を持ち、その容姿は、蒼みがかったストレートのロングの黒髪に、くっきりした二重に大きな青みがかった瞳、そして、ふっくらとした唇を持つアイドル顔負けの美貌と均整のとれたスタイルを持つ光彩学園男子生徒憧れの美少女でもあった。


「おおっ、愛。聞いて驚け! 苦節うん十年、今までのカメラとは、考え方が根本的に違うカメラを開発したのだ」

「ふーん。パンチラに反応して、自動的にシャッターをきったり、ナノマシーンにカメラを仕込んだりした自走式のカメラとは、根本的に違うんだ~」

「ああっ、あれは、ピントを合わせるために、発した赤外線に感応して撃退するお前の防御を掻い潜ることは出来なかった」

「あんた、言っとくけど、あれ、犯罪だからね」

「愛、な、なにを言っているんだ。好きこそものの上手なれだろ。おかげで、俺は今や、光学研究の第一人者の誉れも高く……」

「はいはい、天才には遊び心も必要。いたずら心が無ければ、常識をブレークスルーするアイデアも技術も生まれない。おかげで、私もあんたのあほらしい技術に対抗するため、必死で研究したおかげで、光学研究の第一人者とか天才ハッカーとか言われているんだけど……。私は犯罪者まがいなことをしたことは一度もないんだから」

「わかっているって。だから。俺は、幼馴染の愛の力を信じて、お前にしか試作品を試したことがないんだ」

「まったくいい迷惑なんだから。でっ、今度はなんなの?」

「愛、聞いてくれよ。この前、光を捻じ曲げる重力エネルギー、光子グラビティを発見したと言ったろう」

「あっ、あれね。まず、光が波という性質を持つとともに、光子(フォトン)という体積も重量もない微粒子であることを証明したわよね。それから。その光子を引きつけ捻じ曲げる未知の重力エネルギー? 光子グラビティも発見したわよね」


 愛の言う通り、達也は数か月前にアメリカの科学雑誌に光の正体というべきフォトンの発見とそのフォトンだけに作用する重力エネルギー、光子グラビティを発見したとともにその光子グラビティーを取り出し、光を捻じ曲げるという理論を発表していたのだ。

 この理論は、アメリカですぐに話題に取り上げられた。

 なにしろ、人類がコントロールできないと思われていた直進性しか持たない光をコントロールするという神の御業の再現なのだ。そのことが科学者の間で話題になり、達也はアメリカの学会に招待され、並み居る科学者の目の前で光子グラビティが実在することを証明して見せたのだ。

 スリットを通った光は、まるでプリズムレンズを通ったように屈折し、または木で造られた壁を通り抜けてその先へと光の帯が続いているのを……。

 もちろん、こんな些細な出来事でさえ、科学者たちは驚愕し、色めき立ったのだが……。こんなものが何の役に立つんだと素人目には当然映っていた。その場にいた記者やその現象が映し出されたテレビの前の人たちは思っていた。

 しかし、次に発せられた達也の言葉に世界中は色めき立ったのだ。

「今はこのくらいしかフォトンをコントロールできません。しかし、フォトンが波の性質を持つことが分かった以上、その波に干渉する周波数と波形をコントロールすることで、光子グラビティを完璧にコントロールし、光を支配下に置くことが出来るようになるでしょう。

 考えてもみてください。人間の目という物は、そこにある物体を見ているのではないのです。そこにある物体から反射される光を見ているのです。光子グラビティをコントロールすることで、そこにない物体をみることが出来たり、そこに在る物体を人の目から隠すことも可能になるのです」

 その発言でテレビの前の視聴者が最初に思い浮かべたのは、アメリカのSF映画の宇宙人が透明になる光学迷彩服だったのだ。

 例えが一気にSFに傾くと、ある者は透明人間になって女風呂を覗くとか、隣に住む女子大生の部屋を透視するとか、下賤な企みが頭をよぎるもののようで、途端に偉大な発見に思えてくるものだ。

 そして、そう考えたのは各国の軍部も同じであった。目に見えない戦闘機、目に見えない兵士、これらが実現すれば、仮想敵国との軍事競争で圧倒的に優位に立てる。

 軍部は学会での発表の後、達也に連絡を取り、研究費用として膨大な金額を提示したのだが、達也はそれらの申し出をすべて断り、帰国の途に付いたのだった。

 その後、達也の研究は軍部に監視されつづけていたのだが、そんなことを達也は知る由もない。

 達也としては、他にやるべきことがあり、研究を監視されれば、反ってその実現が困難になるためであった。達也にとって、光子グラビティによるフォトンのコントロールは手段であり、本当の目的を知られると大変まずい立場に置かれるし、この目的があるため、どんな苦労もいとわなのだ。

 そして、そのやるべきこととは、テレビの前の視聴者よりもずーっと低俗なことのために心血を注いでいたのだ。



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