ふざけるんじゃねーよ


今回の異世界人行方不明の件では感知魔法は使えない…ということで、魔術師団で新規術式申請だけして帰ってきた。


まあ申請って言っても国に術式を渡しちゃう感じなので、報奨金が出るだけなんだけどね。でも一円でも貰えるなら、申請はしておくべきだよね!


お金は裏切らない!


その次の日


夜通し捜索していたけれどリカ=タケジマは見つからなかった…と言ってベイルガード殿下は捜索で徹夜明けなのに、そのまま領地視察に出かけて行った。


リカさんがただの家出ならいいけど、土地勘もないのにしかも夜に外に出るかな?とも思う。正直、自殺行為だと思うけどここに来たばかりなら、魔獣がいるのも知らない可能性もあるし…名前から察すると私と同じ国から来ているのだろうし、危機感が薄い可能性もある。


そしてその日から四日が過ぎ…王宮の裏庭に突如としてリカ=タケジマが現れたのだ。


彼女は物言わぬご遺体となって…


王城内は騒然となった。いきなり裏庭にリカ=タケジマの遺体が現れたのだ。当然遺体がどこから来たのか…持ち込まれたのか、城内で殺人事件が起こったのか…城内のセキュリティーが問題になったし、軍部と衛兵…そして城勤めのメイドや侍従達までに事情聴取をすることになった。


リカ=タケジマの遺体は医術医と魔術師団の立ち合いの元、検死が行われた。


その検死結果を持って、ベイルガード殿下はカイルナーガ殿下とナニアレイド殿下と魔剣を製作している私達の所へやって来た。


「リカ=タケジマの遺体の検死の結果が出た」


そう言ってベイルガード殿下は検死結果の書かれた書類を差し出してきたが、私より先にカイルナーガ殿下がその書類を取り上げ先に読み始めた。


「内臓が焼け焦げていたぁ?!…っえ?外傷無し?どういうことだよ?あんなのどう見ても他殺だろ?」


「縛られた跡は無いの?」


ナニアレイド殿下もテーブルを回り込んできて、検死報告の書類を覗き込んでいる。


「内臓の焼けた状態から死後かなりの時間が経っているとみている…か。だったらやはり殺害現場は別の所だな…」


カイルナーガ殿下はそう言って呟いている。その言葉を聞きながら体が震えた。リカさんは孤児院から連れ出されたのだろうか?一瞬、ルーロベルガ帝国の事が頭をちらついたが、まさか何でも殺害した方を王城に連れてきて放置するなんてことをするとも思えない。


この世界にも猟奇殺人犯のような恐ろしい性癖の人間がいるのだろうか…


そしてその日の夕刻…今度はニジカ=アイダが働いていた雑貨屋を無断欠勤して行方不明だという知らせが届いたのだ。


流石に元?聖女が続けざまに行方不明もおかしいし、一人は殺害までされている。ニジカ=アイダの捜索は軍を挙げての大捜索になった。


だがそれを嘲笑うかのように二日後、またも王宮の裏庭にニジカ=アイダの遺体が打ち捨てられていたのだ。


そしてニジカ=アイダの検死結果も、リカ=タケジマの遺体と同じ状態だった。


「内臓が焼けていて…外傷無し…」


私がベイルガード殿下にそう返すと、ベイルガード殿下は頭を抱えた。


「賊はどうやって侵入したのだろうか…」


私は意を決してベイルガード殿下にお願いをしてみた。


「ご遺体を…ニジカ=アイダのご遺体を私にも見せて下さい」


「…っ?!」


ベイルガード殿下に婦女子には見せられるものではない…とか、見て具合が悪くなればすぐにやめるように…と言われつつ、私はベイルガード殿下に付き添われながらニジカ=アイダのご遺体と対面した。


軍の地下にある遺体安置所にニジカ=アイダは寝台に横たわっていた。


外傷は無いと聞いていたとおり、彼女はまるで眠っているように見えた。対面した時にすぐに合掌をした。こんな異世界で殺されちゃうなんて…零れそうになる涙をグッと唇を噛み締めて堪えながら、ニジカ=アイダの体におかしなところがないか、確認をしていった。


そう…異世界人の私にしか気付けない不審な点がないか…確認したかったのだ。ダイニングメッセージとかあるんじゃないか?猟奇殺人なら犯人からメッセージが残されていないか?それを確かめたかった。


ニジカ=アイダに顔を近付けている私を、ベイルガード殿下は何も言わないで見守ってくれていた。


私は簡素な白いワンピースに包まれたニジカ=アイダの体を見詰めた。何だろうか…ニジカ=アイダの体から嫌な感じの力を感じる。これは……まさか?


「おかしいです、殿下」


「どうした?」


「ニジカ=アイダから神力の気配を感じます」


「なんだって…?」


殿下も近付いて来られたが、舌打ちをしている。


「私は封印の影響で神力の感知は出来ないんだ…神殿の神官を呼ぼう」


そうして殿下はすぐに神殿に使いを出してくれた。医術医の先生や軍の方が次々安置所に入って来た。


私は神官の到着を待っている間…冷たくなったニジカ=アイダの手に触れてみた。


手から魔力は感じない代わりに嫌な気配…神力は感じる。氷のような芯から冷える小さな手…彼女、小柄だものね。こんな知り合いもいない場所で怖かったでしょう…酷いことをする…ふざけるんじゃねーよ。


ニジカ=アイダの手を擦り、そしてニジカ=アイダのその手の指先に何か絡まっているのに気が付いた。


髪の毛…長い?ニジカ=アイダの毛じゃない。紺色の長い毛…女性?まさか犯人の遺留品?!ハンカチを取り出して、その毛を包み込んで抜き取った。


ここが異世界ならDNA判定とか出来るのに…くそぉ!


「どうした?何か見つけたのか?」


あぎゃ…ベイルガード殿下が私の動きに気が付いて近付いて来られた…ので、仕方なくハンカチに包み込んだ髪の毛を見せた。


「あ…の、ニジカ=アイダの指先に絡まっていて…彼女の髪ではないし、もしかしたら彼女に狼藉を働いた者の髪かと…」


「っ…!よく気が付いた。おいっ魔質鑑定に回せ」


な…なんだって?鑑定?指紋鑑定の、魔質版か?そんなものがあるの?


私が抜き取った毛髪は医術医の先生達がシャーレのようなものに入れて保管されて持ち運ばれた。


そして神殿から神官長と数名の神官が来て、ニジカ=アイダとそしてリカ=タケジマの遺体も確認されたようだ。


私は遺体安置所を出て、軍の詰所の応接室で待つことにした。結果が出て何かが分かれば犯人に辿り着けるかもしれない…握った手に力が籠る。


きつく握っていた手にベイルガード殿下の手が重ねられた。


俯いていた顔を上げると、ベイルガード殿下は前を向いて…厳しい顔をしていた。


「犯人は捕まえる…絶対にだ…」


「はい…」


遺体の検分を終えて神官長達が応接室に入って来た。神官長以下神官達は顔色を悪くされていた。


「クリュシナーラ様の仰ったとおりでございます。確かにニジカ=アイダの体には神力が纏わりついておりました。そしてリカ=タケジマの体にも神力が残っておりました…私も神官達も確認しましたので間違いないのですが…内臓…焼け切れている臓腑の周りに濃い神力の跡が視えました」


私は戸惑い、ベイルガード殿下の顔を見た。ベイルガード殿下はカッ…と魔力を上げられた。


「それは体内に神力を入れられたということか?」


神官長は小さく悲鳴を上げている。体内に神力を入れられた?どうして…


「ぞ…臓腑が焼け切れているので…どういう手段で体内に神力を流し込まれたのかは分かりません…ただ、この残滓からも相当量の神力を注がれたと思われます」


流し込む?注がれる…もしかして凌辱された?!という事実に気が付いて悲鳴をあげそうになった。すぐにベイルガード殿下が私の体を抱き締めて背中を擦ってくれた。


こんな…こんなことってある?ビィブリュセル神の勝手な横恋慕で強引にこの世界に落とされて…ここで生きていくしかなくなった人達をこんな形で…


「っ…く…っ」


同じ世界の人間として、尊厳を踏みにじられたと感じた。こんなに軽くこんなにあっさりと…あちらからも切り離されて…こちらで蹂躙されて、許せない。


「神官長…これは由々しき事態だぞ。神力ということは犯人は神殿内部の者ということにならないか?」


神官長も神官も真っ青になっている。


「なっ内部調査を…」


「神官で体内を焼け切るほどの人体に拒絶を生む神力を持つ者はいるのか?」


ベイルガード殿下が神官長の言葉を遮った。神官長はブルブル震えている。


「私だって…神力についての造詣はある。体内に神力を入れる、つまりは治療などをしてもあんな状態にはならない。強引に大量の神力を入れるともしかすると、人体には耐え切れぬ負荷がかかるかもしれない…という予測で申している」


神官長は震える声で答えた。


「現存する聖女や神官でそれほどの神力を所持しているものはおりません…ただ、複数の神力なら…可能かと」


耳を塞ぎたかった。吐きそうになる…ベイルガード殿下は私の背中を撫でながら


「神力の無い…異世界からの迷い人…神力を入れる…偶然?」


小さく何かを呟いている。


そして、神官長に


「例え神力を持つ者が犯人でも、王城に侵入して遺体を遺棄するのは困難だ。しかも二度も…」


と、言ってから膝を叩いた。


「神殿で把握している全聖女の安否をすぐに確かめておけ」


「はっはい!」


神官長達は駆け出して行った。ベイルガード殿下はジッと虚空を見詰めて何かを考えている。


その後、ベイルガード殿下は国王陛下に話があるから…と夜中に会いに行ってしまった。ベイルガード殿下はちょっと上の空だった…気になるね。


私は軍の詰所から王太子妃の部屋に戻った。するとメイドのララとエイリンは眠らないで私の帰りを待っていてくれたようだ。


二人から軽食をもらい、お風呂も沸かしてくれていたので、有難く入浴させてもらうことにした。


温かいお湯に浸かる。湯舟の中に入れた自分の手を見て…黒っぽい髪の毛のようなものが指先に絡まっているのが見えた。


黒い髪?


その時、私の顔以外に湯舟の中に顔が見えた。つまり…自分の背後に誰かが立っていて覗き込んでいるのだ?!


湯舟のお湯越しに背後の誰かを確認する……こういう時ってさ、きゃあ!とか叫び声ってあげられないんだね…びっくりして硬直するっていう、アレだよ。


恐怖で心臓が跳ね上がる。


「だあああっ!」


思い切り掛け声?をかけながら振り向いた。


………誰もいない。


「クリュシナーラ様?!どうされましたか?」


ララの声が脱衣所から聞こえた。体中に鳥肌がたっている。


怖い、これは怖い………私、異世界で初めて幽霊と遭遇してしまったかもしれない…


一度怖いと思うと水滴の落ちる音、浴室の鏡の向こう…脱衣所の影…はララか。それでも全部が怖くなる。


「クリュシナーラ様~御着替えおいておきますね、おやすみなさいませ~」


「ぅい…えっ?お……やすみ…」


突然のララの声に慌てた。そうだった…いつもは一人できるもん!と言ってお風呂の後は就寝まで一人きりにしてもらっていた。


そういつもなら……


何故今日だけは眠るまで側に居てね♡と言わなかったんだーー!


兎に角、急いで風呂からあがろう。ダッシュで浴槽から飛び出すと、ワザと音をたてながら脱衣所に入る。


「あ~入るからね!行くぞ~!」


声をあげてないと怖い。歌も歌えばいいのかもしれないけど、怖くてバラードを歌ってしまいそうだ。


そう私はビビリだ。隠してないけどビビリだ。何故、あんな時間に遺体安置所に行ったんだろう。いや、あの時はニジカ=アイダを殺した犯人に対する怒りとか犯人見付けてやるぜ!な、興奮に包まれていたから割と平気だった。


しかし今思えば夜に行く場所か?


速攻で寝間着に着替える。今日の寝間着は…フリルがいっぱいついた半乳どころか全体がスケスケのナイトウェアだけど、怖いから防御力を上げたい私は急いでスケスケナイティーを着込んだ。


「怖くないーー怖くないぞーー!」


無駄に叫ぶ私を許して欲しい。


そのままの勢いで寝室に走り込む。何故今日に限ってムーディな灯りだけ点灯されているのか?!急いで全灯の灯りに切り替えた。


寝台は……浴室に近い場所にある。寝台に寝転ぶのは怖さを倍増させる危険性がある。


そうだ、廊下側の扉の前で座ろう。寝台の上から掛毛布を引っ張って頭から被り、扉の前に座り込んだ。


部屋の中は明るいけど、浴室からアレがひょっこり覗き込んできそうで、浴室の扉から目が離せない。


そうだ…廊下、廊下の方が怖くないんじゃない?ホラ、夜番の衛兵さんとかいるし…あまりに怖かったら外へ出て立ち番している衛兵さんと喋っておけば……


その時、廊下にベイルガード殿下の魔力の気配がした。


そ、そうだーーー!ベイルガード殿下がいたんだったぁ!


私は扉を少し開けて、廊下を確認した。近衛のお兄様二名とベイルガード殿下が部屋に向かって歩いて来るのが見える。


「殿下ぁ…殿下ぁぁぁ!」


「…っ?!…クリュシナーラ?何、まだ起きてるの?」


私が悲壮な声を上げて扉の隙間からベイルガード殿下を呼ぶと、殿下はすっ飛んで来てくれた。


「ベイルガード殿下、一生のお願いっ!今晩は私と一緒に寝て!」


「……?!」


ベイルガード殿下が固まっているけど、それに構っちゃいられない。急いで室内に引っ張り込むと、逃がさないように殿下の腕を掴んだ。


「一緒に寝て!」


その時、私の頭から被っていた掛毛布がハラリと床に落ちた。私のスケスケナイティーがババンと見えていたけど、それどころではない。


「っ…ぃ…ぅ…!!!」


ベイルガード殿下が床に崩れ落ちたけど、怖いから殿下の手は離すものかと、必死で捕まえた。

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