【3】


「筆跡鑑定の結果、その日記帳は外丸氏本人が書いたものだと判明しています。しかしながら、どうにも妙というか、最愛の娘のことも日記に書かれていますがね、文面通りに考えると、色々と一致しないんですよ」


 千早が日記帳から顔を上げたのを見計らって、班目は彼女へと疑問点をぶつけることにした。最愛の娘は果たして誰なのか――被害者が遺した日記こそ、有力な証拠になるのではないかと期待したが、蓋を開けてみれば余計に混乱しただけだった。


「例えばですね、日記を書き始めた年が、最愛の娘の16歳の誕生日となっています。で、そこから日記は8回目の記念日まで続いている。単純に計算すると最愛の娘は現在23歳になるわけなんですが、3人の娘の中に23歳はいないんですよねぇ」


 日記帳はどの娘が16歳の頃に書き始められたものなのか。日記の最終ページとなる8回目の家族記念日とは、果たしていつだったのか。その文面だけを読み解こうとしても、3人の娘の中で該当する人物はいない。


「――そうだと思います。だって、最愛の娘は23歳じゃありませんから」


 班目のほうを見もせずに、再び日記帳のほうへと千早は視線を落とす。その言い草は含みがあるというか、どこかもったいぶったような印象を受けた。それに対抗するかのごとく班目は口を開く。


「あ、でも私の見立てとしては、次女か三女のどちらかが怪しいと踏んでいるんです。長女が最愛の娘であるとは考えにくいです」


 意識は日記帳に向いていても、しっかりと耳だけは班目の言葉を聞いてくれているのだろう。素っ気ない様子でありながら「なぜ、そう思うのですか?」と千早からの問いかけが飛んできた。それに対して班目は自信満々に答える。したり顔をしていかもしれない。


「根拠は3回目の家族記念日における記述です。この日記を書き始めた時は16歳だった最愛の娘ですが、3回目の家族記念日の時点で18歳になっているはずです。そして、この3回目の家族記念日の時点で外丸氏には3人の娘がいるわけです。ここで長女と三女の年の差に注目。現在長女の年齢は44歳であり、三女の年齢は22歳です。つまり、長女が22歳の時に三女が生まれたのです。長女が18歳を迎えた時点で次女はいましたが、しかし三女はまだ生まれていないということになる。だから、18歳になった段階で、すでに3人姉妹となっていた可能性があるのは次女か三女のどちらかなんです。まぁ、そこから絞り込むことができていないのですが」


 班目だって曲がりなりにも刑事であるから、自分なりの見解というものがある。それを披露したところで千早を頼っている事実には変わりないのだが、刑事としてのせめてもの意地みたいなものだった。


「――ちなみに、3人の娘には動機があるとおっしゃいましたよね? 念のために、それをお聞かせください」


 モノクルを取り外すと、それを大事そうにケースへと収める千早。見たところ年季の入ったモノクルであるし、普段から目が悪いようには思えない。彼女がモノクルを使うのは、古物商としてのルーティーンのようなものなのかもしれない。


「えぇ、事情聴取によると長女は――過去に縁談をぶち壊されたことがあるみたいですねぇ。現在も独身なのは、その時の縁談を壊されてしまったからだと思っているようです。まぁ、実際にそうなのだろうし、だとすれば被害者にかなりの恨みを抱いていてもおかしくはありません」


 犯罪において動機というものは不可欠なものである。もちろん、異常者によって動機なき犯罪が引き起こされることもあるのだが、大抵の犯罪には必ず動機というものがついて回る。その点に関して3姉妹は満点だった。3人揃って明確な動機がある。


「次女は会社で秘書という立場でありながら、随分と酷いパワハラを受けていたみたいです。元より社長令嬢という立場を快く思っていない人間が、実の親によるパワハラに加担していたようです。実の親が平気でパワハラをやっていれば、周りも自然と加担してしまうものですよね」


 下手をすると次女のほうが事態は深刻だったのかもしれない。長女は縁談を壊されただけに留まったが、次女の場合はリアルタイムで続いていたのだし、今後も続いていた恐れがある。その恨みも次女のほうが強くなるだろう。


「三女については言うまでもありません。普段から衝突が絶えないようでしたし、家を追い出されたことも面白くなかったようです。被害者との仲も非常に悪かったみたいですし、溜まりに溜まったものが爆発して犯行に及んだ可能性は充分にありますね」


 黙って班目の話を聞いていた千早は、モノクルの入ったケースを大事そうにカウンターの下にしまいながら、ぽつりと呟いた。


「――査定が終わりました。今から査定結果をお伝えしたいのですが、お時間は大丈夫ですか?」


 どうやら、彼女の中で査定が終わったようだ。それすなわち、彼女なりの答えが出たということである。


「えぇ、もちろん。じっくりお話を伺いましょうか」


 班目がそう返すと、これまでほとんど動きのなかった千早の表情がわずかに動く。


「では、査定結果と査定の根拠のほうをお話しさせていただきます」


 彼女はかすかに口角を上げ、ほんのうっすらとではあるが笑みを浮かべたのであった。

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