第3話 七水の実家

「先輩。家に来て下さい」


「.....え?良いのか」


「はい。先輩なら.....全然大丈夫ですよ」


帰りながらあまり綺麗では無いチャリを回している七水にそう言われた。

高校が遠い為にチャリを使っているという。

チャリを使っている理由として電車賃が払えないらしい。


俺はその事に.....複雑としか言いようが無かった。

何故複雑かって?

それは.....俺の家と似ているから、だ。

俺も困窮している。


俺の家庭は母子家庭なのだ。

親父が俺が言っている状態だから離婚した。

だから痛い程に.....苦しいのが分かる。

母子家庭だと働き口があまり無いから貧乏で有る。

俺は将来、役所とかに勤めようと思う。


役所に勤める理由は公務員になりたいから。

だから俺は.....頑張るつもりだ。

母さんを楽させたいのだ。

恐らく.....七水もそうだ。


本当に痛い程に分かる。

七水が.....頑張っているのが、だ。

そんな複雑な顔をしていると七水が覗き込んでいた。

俺は驚愕しながら身を退ける。


「あはは。先輩。そんな顔しないで下さい」


「.....ああ。でも.....」


「.....私、先輩に自信を貰ったんです」


「自信?」


どういう自信かって言えば.....先輩が私のやっている事を、誇らしく思え。

そう言われて.....何だか涙が出て来ました。

私のやっている事が.....報われた気がします。

本当に兄妹が居て大変ですけど、です。


と、俺に涙を浮かべた。

俺は.....眉を顰める。

そして見つめた。


「本当に良い子なんだな。お前」


「そうは思いません。ただ.....私はみんなが幸せになる事を願っているだけです」


「.....」


「あはは。そんな顔しないで下さい。大丈夫ですよ先輩。もう慣れましたから」


俺は複雑な顔をまた、した。

そして.....七水を見る。

じゃあ連れて行ってくれ、と俺は呟いた。

七水は、はい、と和かに返事をする。

それから俺は七水に付いて行った。


そして俺は.....衝撃を受ける事になる。

何故かと言えば.....本気で大変だと悟ったから。

俺よりも、だ。



「.....!」


「ここが私の家です」


「.....トタンなのか.....?って言うか.....今時こんな家が.....?」


隣駅に工場地帯が有る。

何故ならこの街自体が工場がデカいから。

自動車工場だ。

その自動車工場の並びの一角。

丁度、下町と呼べる様な場所に家が有った。


歩いて30分も掛かる場所。

だが今日は先輩が居るからと電車に乗った。

しかし.....その、こんな家が有るんだな.....。

思いながら目線をずらす。


「私のお母さんは癌で病死しました。で.....その後にお父さんが.....54の時に倒れちゃって。脳出血です。その代わりに兄が高卒で働いています。安月給で自動車工場でです。でも.....収入はそれだけで本当にお金が足りません。収入は兄の収入だけです。.....私を大学に行かせると必死みたいです。でも.....私は兄妹が多いから.....」


「.....ごめんな。こうとしか言えないけど壮絶だな.....お前の家庭って.....」


「そうですね。.....私も働こうって思っています。早く大人になりたいです」


「.....」


明るいのが救いか。

でも俯く事しか出来なかった。

俺の母子家庭なんか.....へ、でも無かったんだ。


こんな事が有り得るんだな。

俺って本気で幸せだったんだなって思える。

だって.....母親は仮にも倒れてないから。


「自分の世界観が変わったよ。見方が.....」


「先輩。そんなに思い詰めないで下さいね。私が働けば問題無いですから」


「.....」


他人の家庭に割り込む気は無い。

だけど.....それで良いのか?

なんか違う気がする。


絶対に何かが違う気がする。

俺は.....顎に手を添える.....が。

うーん。


「先輩。こんな所で立っていても仕方が無いです。部屋に入りましょう」


「.....あ.....ああ」


「家に先に帰ったと思う私の小学生の姉妹と、お父さん居ますから」


「.....」


そして錆びた玄関を開ける。

ただいま、と声を挙げる七水。

その事に元気良く姉妹が顔を出した。


それから、お姉ちゃん!おかえりな.....、で言葉を止める。

目を大きく開いて俺をマジマジと見てきた。

そしてこう呟く。


「お姉ちゃん.....が.....彼氏連れて来た.....」


もう、違うよ、と赤面で説教する七水。

それから手を広げて七水が紹介してくれた。

俺はそれを見つめる。


「七水甘(ななみずかん)と七水蜜(ななみずみつ)。それがこの子達の名前です。小学2年生です」


「「初めまして!七水です!」」


「.....初めまして」


甘ちゃんと蜜ちゃんは俺に頭を下げる。

そんな甘ちゃんと蜜ちゃんは似た様な体格をしており。

そして似た様な.....美少女になりそうな童顔の顔立ちで。

髪の毛はボブと長い黒髪だ。


ボブが甘ちゃん。

黒の長髪が蜜ちゃんだ。

身長は俺の半分ぐらいでとても可愛らしい笑顔だ。

だけど.....笑顔が出なかった。

俺が、だ。


「.....奥にお前の父親が居るのか」


「七水哲郎(ななみずてつろう).....ですね。私の父親は奥に居ます」


「.....挨拶するよ」


そして靴を揃えて上がり。

奥に進んで行く。

俺の周りから甘ちゃんと蜜ちゃんが付いて来る。


その姿を和かに見ながら.....奥に入ると。

ボロい布団に寝ている男性が居た。

男性が起き上がる。


「.....ああ。お帰り。穂高.....その人は?」


「お父さん。私の学校の先輩、波瀬大博さんです」


「.....そうなのか。.....いらっしゃい」


「こんにちは」


俺は頭をゆっくり下げる。

頭が凹んでいる。

そして髭が長く眼鏡を掛け.....白髪の老人の様に見えた。

そこが多分.....と俺は眉を再び顰める。

すると七水が俺に声を掛けてくる。


「先輩。自由に座って下さいね。.....今、ジュース入れます」


「.....おい。ジュースは高いだろ。水で良いよ」


「駄目です。先輩はお客さんなんですから」


「.....」


この家ではジュースも貴重品だろうに。

思いながら.....台所に去った七水を見送る。

ジュースだぁ!、と言いながら姉妹も付いて行った。


俺はその姿にようやっと笑みを見せてから。

七水の親父さんを見る。

するとこんな事を言われた。


「.....君は目が輝いているね。青年」


「.....俺は別に輝いていませんよ。死んでます」


「ハッハッハ。良い冗談だ」


「.....」


真っ直ぐに七水の親父さんを見つめる。

七水の親父さんは笑みを絶やさない。

この人.....良い人だ。

と思える様な.....目だった。


「.....君は穂高の彼氏なのかい?」


「.....いいえ。彼氏では有りません」


「そうなのか。.....でも珍しい。穂高が進んで男の子を.....連れて来るなんて」


あの子は.....そんなに内面を表に出す子じゃ無いからな。

言いながら笑みをまた浮かべた七水の父親。

俺はその姿を見ながら.....少しだけ俯いた。

すると.....七水の親父さんは俺に言葉を発する。


「君だから話そうと思う。.....君は穂高の大切な人の様だからな。.....穂高には話して無いんだが.....」


「.....?」


「私の寿命はそんなに長く無いんだ。実はこの前.....病院に行くと前立腺癌と診断されてね。ステージ4だそうだ」


「.....え.....」


一気に血液が冷たくなる様な。

そんな感じで青ざめた。

そして.....七水の父親の手を握る。


か細い手を、だ。

七水の父親は、アイツには秘密にしてくれ、とニコッとして咳き込む。

入院しないといけないんじゃ、と思うのだが.....その答えが直ぐに返ってきた。


「.....病院への入院はとても大切だとは思う。抗がん剤治療も、だ。でも.....この家にはお金も無い。私の保険料も払えてないからな。だからもうどうしようも無くてこれ以上は迷惑を掛けれない.....だから仕方が無いんだ」


「.....そんな事って.....それって.....」


俺は俯いて唇を噛む。

すると七水が戻って来た。

その手にオボンとコップを持っている。

俺は.....七水の父親を見る。

唇に手を添えていた。


「ただいまです。先輩♪.....あれ?どうしたんですか?」


「.....いや.....何でも.....無い」


「?.....お父さん?何かしたの?.....もー」


「ハッハッハ。男同士の絆の話だ」


姉妹も真似をして腰に手を当てて、もー、と言う。

そして笑い合う、みんな。

何も言えなかった。


ただ.....ひたすらに衝撃的すぎて、だ。

これ以上幸せを取ってどうするのだろうか神とやらは.....。

馬鹿なのか?

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