第11話 二人は気付かない その1

↓前話の翌日である。


 彼らはまたも風紀委員会の委員会室まで来ていた。


「よ、よし。今日はちゃんと委員会やってるね」

「そうね。昨日は意気込んでおきながら、結局やってなかったものね」

「そ、それは恥ずかしいから言わない約束だよ、メイさん」

「あっ、ご、ごめんなさい。思い出したら、つい……」

「まったく、メイさんは。口が軽いのは良くないよ?」

「そ、そうよね。ごめんなさい……でも、そんなに責めなくても……」

「それを甘えって言うんだよ?」

「わかってるけど……」

「僕に甘えたいのかな?」

「そ、そういうことじゃないでしょう!!」

「へへっ、怒った怒った」

「か、からかってたのね!!」

「ごめんって。少し罪悪感を持ってるメイさん見てたら、つい……ね」

「もう……っ!!」


 こんな糖分しか含まれていないような甘ったるい会話を、委員会室の前で——つまり、廊下で二人は周りを気にすることもなく、繰り広げているのである。

 当然、周辺には生徒もいるし、当然――


「どうしたのですか、大村かけるさんに大西メイさん。ここは廊下。立ち話をするくらいなら、中に入って腰を据えて話せばよろしいのでは?」


 ——教師だって居るのである。


「「え……っと、あの……」」


 翔とメイは二人そろって、全く同じリアクションを取った。

 だが、それは自分たちの会話内容がアレだったからではなかった。


「(や、ヤバいぞ、僕!この先生の名前わかんないんだけど、絶対先生は僕たちが先生の名前をわかってると勘違いしてる。ま、まぁ、“先生”って呼んでればたぶん大丈夫だと思うけど……)」


「(ま、マズいわ!私、この先生の名前知らないのよ。風紀委員の委員会室に入りたそうにしてるから、たぶん顧問の先生……よね。“先生”呼びだけでどうにかなればいいけど……)」


「どうしたのです?中に入りたいのでは?今後の活動予定などお話しましょう」

「あ、は、はい。も、もちろん中に入りますけど……活動予定って、風紀委員の……ですよね?」

「当然です。今日は委員会日ですから。などを煮詰めましょうね」


 その言葉にギクリッと二人の脳裏で警鐘が鳴り響いた。


「「((もしかしてこれって、先生の名前を忘れていることがバレてるッ?!))」」


 二人にとって、風紀委員顧問の教師が初対面であれば、当然その教師にとっても二人は初対面なのである。

 つまり、その教師にも二人が自分の名前を覚えているかなど知りようもない。

 しかし、自分が罪悪感を感じている話をされると、人は——


 『もしかして自分は責められているのでは……?』


 ——と、勘違いに陥りやすくなる。

 現に、その女教師は『自分の名前を覚えているのか』という話題など考えてはいない。

 けれども、二人の心中ではもはや、その話題をされることが確定事項になりつつあった。


「(ど、どうしよう!?ここで名前呼びを求められたら詰みなんですけど!?というか、こんなにも特徴的な見た目の先生の名前を、僕はどうして忘れてしまったんだッ!?)」


「(ど、どうすればいいのかしら!?ここで“先生”呼びでもしようものなら、即刻

——名前で呼んでくれませんか?――

って言われるわよね、きっと。そ、そもそも、私はこんなにも特徴的な仕草の先生の名前を、どうして忘れてしまったのよッ!?)」


 二人して、そんな自戒の念に苛まれるのも仕方がないと言えるだろう。


 忘れることが失礼だから。


 違う。そんなことではないのだ。

 翔とメイが向かい合っているその女教師。

 彼女の見た目や仕草が特徴的過ぎて、逆に忘れることの方が難しいからである。


「先程から様子がおかしいですが、どうかされたのですか?あ、わかりましたよ。緊張されてるのですね?二人ともまだ一年目なのですから、それ程緊張なされなくても良いのですよ?」


 ニコニコとそう言いながら、その教師は吊り眼鏡をクイクイっと右手の指先で器用に上げる。

 その仕草に、二人は余計に緊張が高まっていることを知らずに。

 

 そして、二人はまたも同じ思考に至っていた。


「「((この先生——))」」


「あっ、『ざます』先生だ」←他クラスの生徒A


「「――そう、それッ!!」」


 翔とメイはつい口に出してしまったことを、慌てて口をつぐんで誤魔化した。

 二人が『やらかした』と、再度自戒の念に苛まれる中。

 当の『ざます』先生はというと。

 他クラスのAさんに対して、顔を赤らめ「やめてください」と恥ずかしそうに言うだけでなどはしなかった。


 ――が。

 未だに『先生の名前を呼ばずしてこの場を乗り切ること』ばかりに思考を費やす二人が、そのことに気付く訳もなかった。

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