第9話 忍術遊戯

 兵馬城下、町人地の通り。

 通りの脇で、町娘二人がとりとめもない噂話をぺちゃくちゃとさえずっている。


「もし、美しい娘さんがた」

 太郎太は愛想よく声をかけるが、不審がられてすぐに逃げられてしまう。

 みじめなナンパ失敗の場面──ではない。

 彼が何をしているかというと、物聞ものききである。尼中弾正の首を取るとなると、まず手始めにすべきことは何をおいても情報収集だ。情報の大切さは、忍術書でも執拗に念を押されている。太郎太にしてはめずらしく正解の行動だった。


「兵馬ではなにが釣れるんかの?」

 川辺の道では、釣り糸を垂れている老人に声をかけて親しげに世間話をしたりする。

 太郎太のずけずけとあけっぴろげな行動が幸いし、やがていくつか有益な情報を得ることができた。


「お、儲けた」

 ついでに情報だけでなく、道端に落ちていた銭もひろう。町中を半日歩きまわっていたこともあろうが、やはりそれだけ町が豊かな証拠だろう。


 さっそく太郎太は、目をつけていた茶店ちゃみせへとむかう。

「団子を一皿」

 もちろん本来の目的もおろそかにはしない。

 長椅子に同席した、かんざし職人だという男と話し込む。


「弾正様はまこと名君よ。あのお方の御威光で、かように町は栄えるようになったでな」

 男は惚れ惚れとしている。

「城下に大商人をようけ呼び寄せたし、山師に命じて金山も見つけなさった」

「戦の采配も上手じゃとか?」

「大きな戦で敗れられたことはないのう。毘沙門天びしゃもんてんの生まれ変わりのようなお方じゃ」

「戦上手なだけあって、武芸にも秀でたお方じゃとか?」

「うむ。中でもとりわけ弓の腕前は名人であらせられるな」


「団子をお持ちしましたぁ」

 愛想のいい店の娘が、太郎太のそばに草色の串団子がのった皿をおく。

 太郎太は手にした団子をかぐわしそうに匂いながら、

「この色と香り……。いかようにしてこしらえるんじゃ?」

「きざんだヨモギをもち米に練り込むんでございますよぉ」

「ほう~なるほど!」

 心の底から感心している。




 *    *    *




 廃寺の境内にて。

 男たちはみな、地べたに腰をおろして草鞋わらじを編む作業にいそしんでいる。

 といっても手より口のほうを熱心に動かしている者が多く、なごやかな雰囲気だが。


 太郎太と善吉も、おなじように草鞋を編みながらしゃべっている。


「地元衆から物聞したところによると、弾正は刺客に狙われるようになって以降、恒例の神社参拝は取り止め、領内の見回りも行っておらんらしい」

「ふーん、用心してるんだろうな。そりゃそうか」

 熱心な口ぶりの太郎太とは対照的に、善吉は関心なさそうな態度。

それよりも、

「この草鞋編みの仕事は、手鞠殿が世話してくれてるものだそうだ。ほんに奇特なお方だよなあ」

 としみじみと感嘆する。

 完成した草鞋は手鞠が持ち帰り、知り合いの業者に買い取ってもらう。その収入を、ここの男たちの生活支援にあてているのだ。


「弾正は大の狩り狂いじゃが、今はそれさえ控えておるようじゃ」

「城内には忍び込めない、城の外には出てこないか。お手上げだな」

「いや、なにか手立てはあるはずじゃ」

「もう、じゅうぶんに刺客気分は味わったろう。そのへんにしとかないと、そのうち痛い目を見るぞ」

「なにか手立てはあるはずなんじゃ。下柘植しもつげ佐助さすけ大猿おおざる小猿こざる親子ならこんなときどうする? なにか手立ては……」

 大真面目な顔で、自分自身に言い聞かせるようにつぶやいている。


 善吉はそんな太郎太の本気ぶりにうんざりし、

「ホウホウ! ホウホウ!」

 と唐突にフクロウの鳴きまねをする。

「ウキーッ! キキッ!」

 続いてサルの鳴きまねである。


 頭がおかしくなったわけではない。


 善吉は廃寺の男たちから、

「手鞠殿は辻芸つじげいがお好き」

 という情報を仕入れていたのだ。(ついでに彼女が嫁入り前の未通女おぼこであることも)

 忍びは潜入任務のために様々な職業に変装する。商人や山伏や虚無僧こむそうなどに。放下師ほうかしと呼ばれる辻芸人もそのうちの一つであったので、忍び教室では辻芸の練習もみっちりやらされていた。

 だからその情報を聞いた善吉は思わず、

「しめた……!」

 と小躍りした。

 だがよくよく考えてみたら、善吉は軽業も手品も輪鼓りゅうご(空中独楽)も得意ではなかった。あえてましなものといえば、侵入時にあやまって物音を立ててしまったときにごまかすための動物の鳴きまねくらいだった。これも辻芸といえば言えなくもない。

 そんなわけで、暇をみつけてはこうして稽古しているのだ。むろん、手鞠を喜ばせて気を引こうという下心である。


「ニャー! フニャー! ニャニャー!」

 忍び教室ではダラダラとやっていた鳴きまね稽古も、今はノリノリである。

「どうだ? 猫がエサを欲しがってるように聞こえるか?」


 だがまるで太郎太の耳には入っていないよう。

「……なにか手立てはあるはずじゃ。頭の血の巡りを良うして、里で習ったことを思い返すんじゃ……」



 翌日の早朝。

 サラサラサラ──

 町はずれにある小川のほとり。


 太郎太は、座禅を組んで瞑想している。

 だがそのうち、ウツラウツラと舟を漕ぎはじめる。

 自分の頭の重みでガクンとなって目を覚ますと、

「いかんいかん」

 と背筋を伸ばして、また瞑想しなおす。


(要塞堅固な城に潜り込む手だては……)


 だがまたすぐに舟を漕ぎはじめ、またガクンと目を覚ます。そのくりかえし。


 そのうち目の前の地面で、一枚の落ち葉がゆっくりながら移動しているのに気づく。

「? 面妖な……」

 落ち葉を手にしてみると、カラクリは単純。落ち葉の下にイモムシがいて、その背に乗っていただけだった。

「なんじゃ……」

 つまらなさそうにイモムシをつまみあげ、いつものクセで口の中に放りこんで咀嚼する。


「!」

 まるで天啓を得たかのように、太郎太はカッと両目を見開く。

かくみのの術じゃ!」




 兵馬城。

 ふたたび正面門前。

「………」

 老門番と若門番は、不審そうに目の前に立っている善吉のことを見つめている。

 その善吉は、フルフェイスの付けヒゲという胡散臭い変装姿。


(なんでこんな目に……)

 と善吉は憂鬱に嘆く。

 またしても太郎太の強引なやりかたに引きずられてきたのだ。


「上様に献上の品じゃと?」

 と老門番。

 善吉の横には、大きな葛籠つづらを乗せた大八車がとまっている。

「はい、はるばる近江おうみの地より運んでまいりました。ぜひお納めください」

 あぶなっかしい完成度ながらも、善吉はいちおう大人の商人風の声色を使っている。

「品はなんじゃ?」

「わたくしの里の伝統的なお守りでございまして、開運厄除・五穀豊穣・家内安全に御利益がある人形にございます」

「中をあらためさせてもらうぞ」

「どうぞ御覧になってくださいまし」

ふたをとれ」

 若門番が葛籠の蓋をとり、老門番とともに中を覗きこむ。

 手の平サイズの藁人形わらにんぎょうがいっぱい詰め込まれている。草鞋を作るときの縄を失敬して、三日がかりでこしらえたのだ。

 老門番は雑な作りの藁人形を手にとり、つまらなさそうに眺める。

 若門番は、詰め込まれている藁人形群の中に手を突っ込んで、

 ガサササササ

 と、かきまわすようにして底のほうまで確認していく。

「……ん?」

 と異常に気づく。

「どうした?」

 と老門番。


 善吉はゴクリと息を飲む。


 若門番は、大量の藁人形を両腕ですくって葛籠の外へバラバラと放り捨てていく。

 葛籠の中ほどに、板が敷いてあるのが露わになる。


「二重底になっておりますぞ!」

 若門番はすぐさまガバッと板を引っぺがす。


 中には身を縮めた太郎太が潜んでおり、バッチリと目が合う。

「あ! おぬしはっ!」


 太郎太は勢いよく立ち上がり、

 ドガンッ!

 と若門番の顔面に頭突きをかます。


 踏んづけられたガマガエルのようなうめき声を上げて、巨体がもんどり打ってひっくり返る。案外もろい。鼻血を流して気絶したままピクリとも動かない。

 老門番は呆気にとられて立ちつくしている。


かくみのの術、見破られたか!」

 太郎太は葛籠から飛び出してきて、

「善吉、退散じゃ!」

「あ、ああ!」

 二人は一目散に駆け逃げる。

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