第18話 大賢者

 明るい。

 白黒熊が歩いた先は開けっ放しになった重厚な扉の前だった。

 扉の先は、大広間になっていてこの空間だけ昼間のように明るかった。

 空間の天井は十メートル以上あり上部が球形になっていて、ここから光が溢れ出ている。

 地面も磨かれた大理石だろうものが敷かれて、特徴的な紫水晶でできた階段が見えた。

 階段の先には円形の台座があり、台座の上に一本の大剣が浮かんでいる。

 大剣は人が持つには少し長すぎるな三メートルくらいあるんじゃないだろうか。

 

 ここは祭壇なのだろうか。だが、妙な既視感がある。

 

 もちろんヴィクトールとして生まれ出て以来、大剣が祭られている教会なんて見た記憶はない。

 白黒熊は扉に入ったところで座り込み、だんまりを決め込んでいる。

 連れて来るだけ連れてきてここで放置とは、最後の最後までいけ好かない奴だな。

 サーヤはサーヤで「お座り可愛いです」とか言っていてもうダメな気がする……。

 

「サーヤ、そいつとしばらく遊んでてくれ。俺はあの妙な剣を見てくる」

「わ、私もい、行きます」

「ほんのすぐそこだし、気が向いたら来てくれればいい。見てていいから」

「は、はい」


 20メートルも離れていないし、お互いに万が一なにかあってもすぐ駆け付けることができる。

 サーヤの目が白黒熊に釘付けだから、このままにしておきたい。

 

 しっかし、間近で見ると埃をかぶった大理石と異なり、紫水晶には塵一つ付着していない。

 誰かが紫水晶の階段だけ磨いている? いや、それなら大理石の方も多少は綺麗になっていると思うのだよな。

 埃を弾く性質があるとか、そんな不思議素材なのだろうか。ヴィクトールはせっせと魔法の勉強をしていたけど、基礎だけだからな……。

 

 一段目に足を乗せたその時、ぞわっと背筋がざわつき階段から飛びのく。

 

「狼藉を自分で理解したことは、多少評価できる。だが、狼藉は狼藉だ」

 

 さっきまで誰もいなかったはずなのに、突然右後方から声が聞こえてきた。

 なるほど。悪寒の正体はこの気配だったのか。

 振り向かずとも感じ取れる、突如出現した者の魔力を。

 

 もし俺がそのまま階段を登っていたら……声の主と戦いになったのだろうか。

 ホッと胸を撫でおろし、ゆっくりと声の方向へ体を向ける。

 

「……」


 声の主の姿を見た俺は息を飲む。 

 立っていたのは新緑のような長い髪に切れ長の目をした美しいエルフだった。神秘的な緑色の目は髪色と同じで、裾に金色のローズをあしらった純白のローブに身を包んでいる。

 頭には黄金にルビーがちりばめられたティアラを装着していた。

 彼女の美しさに見惚れて息をのんだわけではない。

 ま、まさか彼女は。

 

「どうした? モンスターだとでも思ったのか? それともエルフが珍しいのか?」

「どちらでもない」

 

 会話しつつもサーヤの元へじりじりと進んで行く。

 最大限の警戒を払いながら。

 

「心配せずとも、お前の連れを横撃しようなど卑怯な真似はしない。狼藉を働いたのはお前だけなのだから」

「それを聞いて少しは安心したよ」

「『少しは』だと。私を愚弄するか、ニンゲン! よかろう、ミネルヴァの名に誓い、そこの人間の女を害しないと誓おう」

「ミネルヴァ……だと」

「ミネルヴァ様!」


 俺とサーヤの声が重なった。

 サーヤ、中々の危機管理能力で感心する。

 彼女は白黒熊の背の後ろからちょこんと顔を出し、叫んでいたのだから。

 だけど、白黒熊という肉壁ではこのエルフの攻撃は凌ぎきれないことは確実だ。

 まあ、でも、彼女が自分の名にかけて誓ったのだから、問題ない。

 ミネルヴァとはそういう者だということを俺は知っている。

 

「ほう。私のことを知っているのか」

「な、名前だけで、お姿を拝見することは初めてです。『あの』ミネルヴァ様なのですか?」


 感心したように顎をあげるミネルヴァに対し、サーヤが質問を投げかけた。

 

「『あの』というのは何のことか分からぬが。王国では『大賢者』と呼ばれているミネルヴァだ」

「大賢者様! このようなお美しいお方だったなんて驚きです!」


 大賢者……大賢者……どっかでその単語を聞いたな。

 サーヤとミネルヴァのやり取りが続いているが、どこかで聞いた大賢者という単語を思い出そうと頭を捻る俺であった。

 う、うーん。

 あ、思い出した!

 

「リッチ騒動の時に確か、『大賢者がつくまで耐えろ』とか魔法使いたちが言ってたよな、サーヤ」

「私はお聞きしたことを覚えておりませんが、大賢者様であれば災厄級のモンスターであっても滅ぼしてくださいます」

「転移魔法も使うことができるから、どこにいても呼び出し可能ってわけだしな」

「兄さま、ご存知だったのに私へ聞くなんていじわるです。そうです。大賢者様は転移魔法の使い手です。遠話の魔法を使える人なら大賢者様に救援を願うことだってできるはずです」


 大賢者が転移魔法を使うなんてことは知らなかったが、ミネルヴァならば可能だということならば記憶にある。

 ダイダロスはずっと徒歩だったってのにさ!

 

「で、でも、兄さまがリッチを討伐されたお姿、とても凛々しくてほれぼれしました!」

「お、おう」


 顔に出てたか、サーヤは大賢者がリッチを易々と仕留めるってことに対し俺が不満気な顔を浮かべたと勘違いしたようだった。

 俺が言いたかったことはそこじゃあないんだ。別に大賢者がリッチを滅ぼそうが滅ぼせまいがどっちでもいい。

 きらきら目を輝かせて両手を胸の前で組むサーヤに向け、確認するかのように言葉を紡ぐ。

 

「魔法使いは魔法で遠隔地にいた大賢者を呼んでいたわけだろ」

「大賢者様が参られるまで凌ぐ、ということでしたらその通りだと思います」

「俺がリッチを倒したことも大賢者に伝わっていても不思議じゃあないわけだ」

「……! ミネルヴァ様はこの子を使役している!? 残念です」

「そこあじゃなくってだな……」

「分かっております! 兄さまの噂を聞いた大賢者様がここへ導いたというのですよね」

「俺が山脈へきたから、導いたというのが正確なところだと推測している。冒険者ギルドの依頼まで、操作してたわけじゃあないと思う」


 もし俺がサイクロプスの討伐依頼を受けていたとしたら、ミネルヴァと出会うことはなかっただろうと予想する。

 たまたま導きやすいところに俺がきて、多少の興味があったから導いたってところじゃないかな。

 

「名推理……と言いたいところだが、まるで違う」


 呆れたように顔をしかめ、苦笑するミネルヴァ。

 

「もっと別の何かがあったのか?」

「事実はお前が予想したより、はるかに単純なものだ。祭壇に足を伸ばした。だから、私が阻止しようとここへ来た。それだけだ」

「それほどこの祭壇が?」

「人里から遠く離れたこの地まで来る者がいるとは驚いたが、このままそっと祭壇の間を出るのならこれ以上何もせぬよ」


 ふうむ。

 ミネルヴァからは敵意を感じない。

 だが、彼女には確固とした譲れない意思がみてとれた。

 

 んじゃ、この白黒熊は一体何だってんだ。

 俺たちをここへ導いたとしか思えないんだけど。

 

『びばがエンペラーパンダに頼んだうそ』


 ん?

 また誰か転移してきたのか?

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