第14話 過剰な力は身を滅ぼす
「先ほどは接近戦を諦めるように言ったけれど、お前の貧弱な身体でも一つだけ、それを可能にする方法があるわ。それに、いくら遠距離から攻撃しても、同じく遠距離の相手から攻撃を受ければすぐ死ぬものね。そこで、お前には強化の魔法を覚えて貰うわ」
「俺の属性は空だよ?」
「はあ……これだから下等種族は。いいかしら? 強化は属性が関係ない共通の魔法なの。魔力操作ができれば誰でも使うことが出来るのよ」
「ふうん。つまり、ファリレは強化の魔法が下手くそなんだね」
「う、うるさいわね! いいのよ私は。近づかれる前に消し飛ばすのだから」
ファリレの逆鱗に触れてしまったようで、かなりご機嫌斜めな様子。眉を寄せて唇を尖らせる姿が可愛らしいなと思いつつ、シャノンは謝って先を促す。
「つまり、俺でも使えるんだね」
「ええ。肉体を強化させることができれば、少しはマシになるはずよ」
「肉体強化して高速移動からの剣で大地を切り裂く一撃、とか勇者っぽくてカッコいい」
「それは無理ね」
興ざめな一言にシャノンは表情をなくした。全身から悲壮感が漂う。あまりの落胆ぶりに、ファリレは狼狽しつつ言葉を付け加える。
「お、お前の肉体の問題なのよ! 強化したところで使うのはお前自身の肉体よ。過剰な強化で酷使させれば壊れるに決まってるじゃない」
「筋トレか……筋肉つかない体質なんだよね」
げんなりした表情でシャノンは自分の身体を見下ろした。毎日腕立てや腹筋をこなしているはずのこの身体は、いつになっても筋肉がおいでにならない。この身体に成長意欲のある筋肉がないのかもしれないと疑いたくなるレベルだった。ないものは鍛えられるはずもない。
「どれくらいなら俺の身体でも大丈夫なの?」
「そればっかりは試してみるしかないわね。壊れたら治してあげるけれど、死んだら無理だから、そのことは肝に銘じておきなさい。まあ、せいぜい気をつけなさいよ」
「さらっと不吉なことを……。回復魔法も共通の魔法なの?」
ファリレは首を横に振り、得意げな表情で腕を組んだ。
「回復魔法は地と水の二つの属性が必要よ。もちろん私は両方使えるし、それどころか四大元素の属性すべてを使えるわ」
「そっかー。じゃあ早く強化魔法の練習しよう」
「っ――そ、そうね……」
自慢話に反応して貰えなかったことが不満なのか、ファリレはわずかに頬を膨らませていた。
仕切り直しとばかりに咳払いをして、ファリレはシャノンの手を取る。
「大切なのはイメージよ。魔力を全身、あるいは部分的に集めて、筋力を強くしたり、皮膚を硬くしたりできるわ。魔力によって肉体を補強するという考え方が一番近いわね。防御には部分強化が最適。攻撃は少し難しいわ。ぶつけるポイントは強化しておく必要があるけれど、その部分だけを強化しても威力が出ない。攻撃は全身を使うものだから当然よね。だから、攻撃は全身を強化しつつ、接点により多くの魔力を流すのが最適よ」
とりあえずやってみなさいと、またしてもシャノンは適当に放り出された。そろそろこのスタイルにも慣れてきたので、平然と実践に取りかかる。
その矢先、醜鬼が現れた。ちょうどいいと思っていたところに、一体、また一体と加わっていく。全部で五体。だが、一体だけ一際大きく、一メートル以上はある個体がいた。
醜鬼という魔族は、階級によって内部でランク付けがなされている。一般、貴族、王族と分類でき、階級が上であれば身体が大きくなり、その他の面でも能力が上がっていることが多い。特に人間との間に出来た醜鬼は他の個体よりも賢かったり、醜さが少しだけ和らいでいたりする。
「ちょうどいいわね。雑魚は邪魔だから魔力弾で殺していいわ。大きい方の雑魚は強化だけで戦ってみなさい」
「戦うってどうやって……」
「その拳は飾り?」
「どう見たって飾りだよ?」
シャノンは握られた手に少し力が込められたのを感じた。ファリレの表情から察するに握り潰そうと必死に力を入れているようだが、少し強く握られた程度でしかない。非力なのは彼女も変わらなかった。
ファリレの無駄な努力を鼻で笑い、今度はシャノンが力を込める。本気で手を壊しに行った。小首を傾げるファリレを見て、シャノンはさらに力を込めた。頭に血が上り、顔が赤みを帯び始める。
五十歩百歩な二人は無益な争いと悟り、停戦協定を結んだ。今は目の前の敵に集中する。
警戒しているのか、敵は襲ってこない。おそらくはあの大きな醜鬼がそのように指示しているのだろう。
「けど、手を繋いでないと駄目じゃない? お姫様抱っことかする?」
「そ、そ、そんなのするわけないでしょう!? 強化は使った分だけが消えるの。だから、移動と拳でぶん殴る分の魔力を使って強化すれば、手を放しても問題ないわ」
そこで言葉を切って、あからさまに挙動不審になったファリレ。両手の指先をくっつけて、人差し指をすりすりと擦り始めた。
「………………ま、まあ、お前がどうしてもって言うのなら、お姫様抱っ――」
「よし、とりあえずデカいの倒してくるね」
「え、ちょっと!」
シャノンはファリレから勝手に魔力を奪い、身体に巡らせる。左腕から胴体を経て全身へと熱が広がっていく。満遍なく行き渡ったら、さらに魔力を吸い上げて右腕に偏らせた。
そして、魔力が筋力を強化し、皮膚が鋼鉄のごとく硬くなる様を想像する。その途端、全身に力が漲り、今までにない感覚を得た。溢れ出そうになる力を押さえ、シャノンは手を放して地を蹴った。
身体が軽い。そして、一歩一歩の踏み込む距離が大きい。ものの数秒で貴族醜鬼の懐に飛び込んだシャノンは、驚愕で身を凍らせた醜鬼の懐に右拳を打ち込んだ。醜鬼は鉄のプレートで胸元を守っていたが、シャノンは構わずにそこを打った。自らの拳が鋼の強さを持っていると信じて。
瞬間、爆発にも似た音が響き、醜鬼の身体は弾丸の如く飛び退った。壁にめり込み、そこから放射状に亀裂が走る。壁面が破片となって、パラパラとこぼれ落ちた。
醜鬼は壁に埋まったまま身動き一つしない。その身体からおびただしい量の血が流れ落ちる。もはや息はないだろう。
またしても一度で習得したシャノン。ファリレに報告しようと笑みを浮かべ振り返った瞬間、右腕に激痛が走った。
「ああああああああああああ」
腕の中を抉られているような痛みだった。意識が飛びそうになる。歯を食いしばってそれに耐えるも、痛みは激しく主張する。
それだけではなかった。右腕ほどではないが、全身が悲鳴を上げている。
膝を折ったシャノンを見て、勝機と察したのだろう。残った四体の醜鬼がこぞって奇声を上げ、シャノンに飛びかかる。その手に握られた石斧は頭蓋を砕くには十分な威力を持っている。
痛みに耐えるだけで精一杯なシャノンはそれに気がつかない。
「見苦しいわね。消えなさい」
パチンと指を鳴らす音が反響する。直後、シャノンの周囲に風が渦巻き、球状に広がっていく。すでに飛びかかっていた醜鬼たちはそれを避けることができず、身体が触れた先から消失していく。一秒もせずに四体は切り刻まれ、その場から姿を消した。風が止み、赤い液体が地面にぶちまけられる。
ファリレは再び指を弾いてその血液を削り取ると、シャノンの下へ急いだ。
「見せなさい」
シャノンの右腕を取り、袖をたくし上げる。あまりに酷い有様にファリレは息を呑んだ。
拳は無事だが、腕はひしゃげ、肘の辺りから骨が肌を突き抜けていた。皮膚が紫に変色しており、おそらく腕の中はミンチになっている。
シャノンは止めどなく流れる涙をこぼしながら、懸命に痛みを耐えていた。荒い呼吸の合間に呻き声が漏れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます