7.見上げる空

 二十二時四十五分に駐車場に着いた。サコッシュから赤いケースを取り出す。細い木の棒を手に取る。先端にはキリのような細い銀色の尖ったものが付いている。木の部分を左手で持ち、右手の人差し指で先端を辿る。赤ん坊に触れるかのような繊細なタッチで。左手を上げると先端部分がライトに反射して僅かに煌く。それを確認してから柱の影に身を潜めた。サコッシュからさらに黒い皮の手袋を取り、両手にはめる。

 小太りの男が奥から歩いてきた。五十代後半くらいに思われる。その男は身体にぴったり沿った深い緑色のスーツを着ていた。遠目に見ても生地の光沢感が伝わってくる。立ち振る舞いのしっかりしており一歩一歩に重い足取りを感じた。棒を右手に持ち替える。男が少しずつこちらに近づき背筋が伸びる。柱の前を超えた。緊張感が走る。

 その時ブブブと音が鳴った。男は左胸のポケットからスマホを取り出し耳に当てる。

「お前は一体何をやっているんだ。他人がどうなろうと関係ない。ウチが金を手にできれば何でもいいんだから。」

 男は罵声をあげる。電話先の相手はよっぽど使えないのか、彼を相当怒らせている。話の感じから男はある程度権力のある人物であることが予想された。男は電話をしながら歩みを進め彼が所有するであろう黒のフェラーリの前に立った。

 深く息を吸う。男の様子を静かに伺う。そして一歩ずつ彼の背後に近く。

「いいからさっさとやってしまえ。」

 そう言って電話が切られた。男は肩を上下させている。一気彼の後ろにぴったりとくっつく。二十三時。肩が下に下がった瞬間、左手で彼の口の前から手を伸ばし耳元を持って顔を左に傾ける。そして右手で首の動脈をぷすっと刺した。

 棒を抜くと男はスッと力が抜け、自力では立てなくなった。脇の下に手を入れ男を支える。男のスーツを手探りで車の鍵を探す。茶色い皮のストラップが付いた鍵を見つける。鍵のボタンを押すとフェラーリの黄色いランプが付いた。助手席のドアを開け男を座らせる。身なりを整えてシートベルトをしっかりとした。ドアを閉めて車の前に立つ。しばらくすると大柄の男が一人向こうからやって来た。その男が近づいて左手を差し伸べてきた。そこにこの車の鍵を渡す。

「ご苦労。」

 そう言って男は鍵の代わりとばかりに封筒にしてはいささか厚いものを渡してきた。それを受け取り駐車場を後にした。

 駐車場を出ると後ろからごうっと音がしてフェラーリが目の前を横切った。

 空を見上げる。雲一つない澄んだ空だ。なのにどこか物寂しい。それなのに心が凄く弾むような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る