4話

 しゃべった。

 しゃべった。


「喋った!!!????」

「はい。言葉は一通り話せるつもりですよ」


 見た目に反して、神様は実に流暢に言葉を話される。

 しかも柔らかめの低くて良い声で、言葉遣いも私なんかよりずっと丁寧だ。

 だけどいったい、あの体のどこから声が出ているのだろうか――などと余計な疑問は置いておいて。


 ――聞いていないわ!!


 なにせ無能神の評判は、それはそれはひどいものだ。

 他の神々――火の神や水の神のように属性も持たず、純粋な魔力や腕力もなく、神々の中でも位は最底辺。

 聖女になれば、相手の神の力を『加護』として分け与えてもらえるというけれど、無能神は無能なので、むしろもともと持っている力さえ奪われるという。

 おかげで、人々から尊敬されるはずの聖女も、無能神の聖女だけは例外的に馬鹿にされる。

 一応は神ということで、神殿は彼を保護しているというが、実質単なるお荷物扱いだ。


 だからこそ、彼は神殿の中でも片隅の廃墟のような場所に追いやられてしまっている。

 この場所に参拝に来る信徒はなく、むしろ罵声や石を投げられる始末。

 それでも罰が当たらないので、『言葉を理解する知恵すら持たない』とさえ思われていた。


 実際私も、ずっと彼は言葉を話さないものだと思っていた。

 というより、見た目からしてあまりに人間とかけ離れているため、会話のできる存在だと認識していなかった。


 聖女を目指していた間はずっと神殿通いだったけれど、そこでも彼が言葉をしゃべったという話は聞いたことがない。


 ――いえ、でも、たしか神殿にまつわる怪談で……。


 神殿の外れにある、誰もいないはずの部屋から、突然男の声が聞こえて来た――なんて怖い話が、まことしやかにささやかれていたっけ。

 もしかして、その正体が……?


「――ところで、私になにかご用でしょうか?」

「ひゃい!? ご、ご用……?」


 考え込む私に、再び穏やかな声がかかる。

 思わず変な声が出てしまったが、それでようやく、私は本来の目的を思い出した。


 ――そ、そう! 今日は挨拶に来たのよ!


 不本意ながらも、これからアマルダに代わって仕える相手だ。

 仮にも神様なのだから、無礼な真似をしてはいけないと、手遅れながらも慌てて背筋を伸ばす。


「す、すみません、先ほどから失礼しました! 私、今日から神様にお仕えする、エレノア・クラディールと申します。聖女アマルダ様の代わりに、一時的にお世話をさせていただく身ですが、よろしくお願いします!」


 一時的に。代わりに。

 心なし、強調するようにそう言ってから、私は一礼した。


 そんな私を、神様はじっとりと見やった――気がする。

 目どころか、顔すらないからよくわからないけれども。


「……代わり?」


 短い沈黙の後、神様は少し低い声で尋ねた。

 訝しげな声音だが、当たり前だろう。


 だって神様は、アマルダが私に聖女を押し付けたことなんて知らないのだ。

 神殿側も、『貴女の口から直接説明するが良い』と丸投げ状態だった。


 もっとも――ひとつだけ、厳重に言いつけられたことがある。

 これだけはきっちり言っておくように、と脅すように命じられた言葉を、私は頭を下げたまま絞り出した。


「……代わり、です。神様が聖女アマルダ様をご所望だったことは存じていますが、私が、自分から、どうしても代わってほしいと頼んだのです」


 一息に言い切ると、私は無意識に奥歯を噛んだ。


 ――どうしてこんな、心にもないことを……!


 元はといえば、アマルダが勝手に押し付けて来たのではないか。

 とは思えども、神殿から『姉の嫁ぎ先にまで迷惑をかけていいのか』なんて言われたら、従わないわけにはいかなかった。

 せっかくアマルダから逃げ出した姉を再び巻き込むのは、実家が没落させられるよりも胸が痛む。


「アマルダ様は、あなたと最高神グランヴェリテ様のお二方に選ばれて、最後まで悩んでいました。でも、聖女になりたかった私がアマルダ様に頼み込んで、魔力的につり合いの取れる御身を譲っていただいたのです。ですから――」


 息を一つのみ、私は両手を握りしめる。

 神殿は神様が言葉を話すとは知らなかったらしいが――それでも念には念を入れ、万が一にもアマルダに迷惑が掛からないようにと考えたらしい。

 神様相手はもちろん、他の誰にも、私が自分から望んだように言うようにと念を押されている。


「問題があるようでしたら、どうぞ私を罰してください。ええ、ええ、素晴らしくお優しい、聖女の中の聖女たるアマルダ様は、ずーっと御身のことをお考えでしたので!」


 やけくそで言い放つと、私はさらに深く頭を下げた。


 神様は再び、私をじっと見つめ――るような雰囲気で押し黙り、それから。

 どこか突き放すように、こう言った。


「嘘ですね」

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