第5話 変わらない自分で



髪は美容院に行って染め直したばかり。身に着けている服はショッピングモールでいろんな店を周って、3時間悩みに悩んだ新しい白いワンピース。

首に光るアンスリウムのネックレスは、このワンピースにとてもあっている。


今日は、今の自分の最大限できるおしゃれをしたと思っている。

だって今日は、待ちに待った佳恵との夢の国デートだ。


佳恵と会うのは2年ぶり。チャットでは普通に話せたけど、いざ本人を前にして人見知りをしてしまったらどうしようと朝から緊張が止まらない。


朝7時、私は集合場所に指定した改札前で佳恵を待っていた。


ドキドキと心拍数が上がっていく。もうすぐ佳恵に逢う。2年ぶりにの佳恵に。

逢ったらまずは「おはよう」かな「久しぶり」かな。

あぁダメだ。どうしても緊張で何も考えられなくなってしまう。

私はやっぱり佳恵に対しても人見知りに戻ってしまったのかな。

今日楽しめなかったらどうしよう。


「未来…だよね?」


ビクッとして、うつむいていた顔が反射で上がる。

前を向くとそこには、SNSにあがっている自撮りそのまんまの女の子がいた。


佳恵だ。


「久しぶり、2年ぶり、うわぁ…」

驚いた反動で、咄嗟に言葉が出る。


甘い香水の匂いに、高い厚底。華やかな化粧に、黒髪に馴染む派手なインナーカラー。彼女は2年前より圧倒的にかわいくなっていた。

最近まで高校生だったとは思えないほどの成長ぶりで、なんだか自分が惨めになる。


「うわぁって何(笑)。久しぶり。じゃあ行こうか、夢の国へ」


見た目は女の子に成長してしまったけど、ボーイッシュな声は健在だった。

その王子様のような声にドキドキしていた気持ちがさらに高鳴る。

そして私は彼女と目をあわせられないまま無言でうなずき、隣に並ぶようにして歩き始めた。


今更だが、夢の国というのはテーマパークだ。非日常が味わえる、いるだけでワクワクする関東の有名な観光地。私は小さい頃から何回も訪れていたけど、佳恵は今日が人生で初めての夢の国だ。佳恵よりは知り尽くしている私が、今回は案内して楽しい思い出にしてあげなきゃという使命感もある。


入園して、また並んで歩き始める。

「何乗る?…佳恵が気になってるものを乗っていこう」

「そうだな…ジェットコースターかな」

「え!?朝のしょっぱなから!?」

「ふふっ。でも私が乗りたいものでいいんでしょ?」

「そうだけど…」

「あ、無理にとは言わないよ。体調悪くなっちゃたら嫌だし」

「…ううん。乗ろう。今すぐ乗りに行こう」

「無理してない?」

「うん」

「本当に?」


私、普通に喋れてる。目はまだ合わせられてないけど…。

こうやってからかわれる感じ。2年前と変わってない。懐かしい。


でも、佳恵の靴が厚底なせいで声は頭の上から聞こえる。

2年前、私達の身長は同じぐらいで、この靴がなければ今でもきっと同じぐらいの背丈のはず。私もヒールでくればよかったな。


佳恵の乗りたい物の候補は、絶叫系ばかりだった。

絶叫系が苦手な私には、心臓が持たない数の絶叫系ずくし。

なのに佳恵は隣で「絶叫系制覇だー!」と息巻いている。


でも、佳恵のうれしそうな笑顔は大好きだから。我慢だ。頑張ろう…。


しかし、3個目を乗り終えたあたりでもう疲れてしまった。

「ちょっと休憩しよ」

「あ、じゃあ私ポップコーン食べたいから買ってくるよ!そこのベンチで待ってて」

「ありがとう」


よろよろとベンチに向かい、ペタッと腰を下ろす。

そして私の中で反省会が開かれる。


今日は私がリードしてあげなきゃいけないのに…。


私の方がお姉さんだから、私の方が夢の国に来ているから頑張ろうって決めたのに。午前の時点で諦めそうになっている自分が情けない。


ホロッホー


私の足元に転がっているポップコーンをついばみに2匹の鳩が一斉に飛んできた。

カップルなのかな。仲良く一緒のポップコーンをつついている。

「次は何乗るー?」「俺これ乗りたい」「私も乗りたい!いこいこ」

はしゃぐカップルの声に、楽しそうだなーとぼんやりする。


絶叫系に乗りたいという佳恵に「私も乗りたい!」って元気よく返せていたら、もっと楽しく話せていたのかな。休憩なんかしないで、別行動なんかにならないで、尽きない話をアトラクションを待ちながら永遠とできていたのかな。


そう思うと溜め息がでた。本当はもっと、頭の中で思い描いていたプランがあって、2年前みたいに一緒に笑っているつもりだった。

まぁ、目が合わせられない時点で理想は叶わないんだけど。


まただ。また気づけば自分で自分を追い込んでいる。

しかも夢の国に来てまで。もう根っからのネガティブなんだろうな。


一生幸せになんてなれないんだろうな。


「ねぇ」


ほっぺを、右から伸びてきた両方の手のひらで挟まれる。

そしてグイっと右を向かせられる。


そこには佳恵がいた。自分の両手を私のほっぺにあてている。


「目、合わせて」


そう言って私の目をじっと見つめてくる。私はほっぺを挟まれて口がとんがっていて変顔のまま目を合わせられているような気がして恥ずかしくなる。

「むー!むー!」


でも佳恵は全く放してくれない。ジーっと見つめて一言もは発さない。息も止めてるみたい。無言の時間が流れる。そして1分ぐらいしてようやく、

「プハー」と手を離すと同時に笑顔になる。


私も口をもとの形に戻すようにイーという口をする。


「今日1回も目、合わせてくれないからさ」

「だって2年ぶりに会ったんだもん。慣れないよ」

「えー寂しいこと言うなぁ」

「ごめん…」

「未来さ。私の事見て、変わっちゃったなぁって思ったでしょ?」

「え!?えっと…」

「んふふ。いいの、それで。私はこの2年間変わらなきゃって努力してきたんだもん」

「なんで変わらなきゃって思ったの?」

「私ね、2年前に未来が大学受験に専念したり、高校で頑張って友達作ろうとしてるのを見て、変わりたいって思ったんだ。勉強ももちろんだけど、2年後未来と再会した時に綺麗になった、成長したって思われたくて。中学は不登校だったから高校も友達とか極力いらないって思ってたんだけどそれじゃダメだなって思えたし。未来はさ、2年前と今の私どっちが好き?」

「どっちって言われても…。中身が全く変わってないからどっちも佳恵だしどっちも好きだよ」

「そう。どんだけ努力しても中身は全く変わらなかったんだよね。だから、2年前の私との接し方でいいんだよ。あの頃の未来は、私の方がお姉さんだからって気を張ったりしなかったでしょ」

「全部お見通しなんだね。…うん。ごめん。私さ、本当は考えてきたプランがあるんだよね。今からそれで回ってもいい?」

「うん!その言葉待ってた」

「まぁ絶叫系嫌いだから、なるべく絶叫に乗らないように考えた私のワガママプランなんだけどね」

「えー。絶叫系は乗りたーい。あと4個とかじゃーん。頑張って乗ろうよー」

「む・り!」

「ちぇっ」


佳恵はあの時から、2年後の私と再会するために頑張っていたなんて驚いたけど、同時に喜びの感情に満たされた。佳恵には救われてばかりだな。


そして私は、佳恵と笑って話しながら次乗るアトラクションへと向かう。

いつの間にか見れるようになった佳恵の目を見て話しながら。











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