第32話
「そう言えば……」
思い出すように切り出す霧島先輩。
「キャンピングカー内に設置されているベッドはダブルだったな」
……ああ、なるほど。
つまり車中泊のときは大きなベッドで寝たい、と。それも一人で。
だから当番制でペアになった相手に一人で寝かせてくれと命令するつもりか。
「俺は運転席のロフトでいいけどな。三人でローテーションを組めばいいんじゃないか?」
「「そういうことじゃない(わ)!」」
どういうこと⁉︎
「秋葉くんはこのチームのリーダー。睡眠は大切。誤った判断をされたら私たちの命に関わることを忘れないでもらえるかしら」
なるほど一理ある。
「だからこそ車内泊のとき秋葉はダブルベッドに決定だ。最もスコアが高かった者が同衾――一緒に寝ることができることにしよう」
……ん? いや、あの……できれば一人で寝させて欲しいのですが?
むしろ余計に眠れなくなる気が……。
「というわけで勝負だ、瀬奈くん」
「受けて立とうじゃない霧島先輩」
「おいおい。二人で盛り上がっているところ悪いがもう一人忘れていないかい?」
「「先生も秋葉(くん)と一緒に寝たいんですか⁉︎」」
「もちろんだとも」
もう好きにしてくれ。
☆
「まず実銃の構え方だが、大きく分けて二つある」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ秋葉。さも当然のように説明し始めているが――」
「――ハワイでみっちり叩き込まれていますので心配要りません。決してにわかによるレクチャーではないので安心してください」
「その歳で実銃の構え方を淡々と説明できる人間の方が本当は安心できないけどね」
と瀬奈。全くもってその通りである。
「そこはまあ、あれだ。家庭のあれこれだ」
「何よそれ……」
「まあまあ。細かいことはいいじゃないか。せっかく彼自ら銃の構え方をレクチャーしてくれると言っているんだ。素直にお言葉に甘えようじゃないか」
瀬奈をなだめるように言う村雨先生。
「三人には《アイソセレススタンス》と《ウェーバースタンス》のどちらかをマスターしてもらう」
「詳しく聞かしてもらおうか」
「まず前者ですが、構え方はこうなります」
ガンコントローラを手に取り実際にやってみる。
「ポイントは上から覗いたときです。身体とハンドガンを構えた形はどうなっています?」
この質問には俺より身長高い村雨先生と霧島先輩が背伸びしながら、
「二等辺三角形だな(かな)」
「正解」
「そもそも《アイソセレス》が二等辺三角形だものね」と瀬奈。
どうやら一人だけ覗き込めなかったことを根に持っていたようだ。
「射撃方向に対して身体と両腕を正面に構え、足は肩幅よりやや広く開く。左右均等を心がけるぐらいがちょうどいい。このスタンスのメリットは見ての通り左右の撃ち分けがほとんどないことだ。デメリットをあげるとすれば身体面積が大きくなるため被弾しやすくなるというものだが、これはまあゾンビ相手に対してなら問題はないだろう」
「……遊びじゃないのは重々承知しているけど、ちょっどダサいわね」
「瀬奈の気持ちもわからないことはないな。で、次だ。《ウィーバースタンス》」
「ああっー! それよそれ! その構え方はよく目にするわ」
「まあ海外ドラマや映画、ゲームでよく目にするのはこっちだからな。《ウィーバースタンス》は利き腕側の足を後方に引く。正面から見たときさっきと比べてどうなっている?」
「「「半身だ(ね)」」」
「正解。利き腕を押し出すように反対の添える手を引くようにするといい。メリットは一点を狙うときに安定しやすいのと相手から見える身体範囲が狭まるため被弾しにくいところだ。デメリットはもうわかるな?」
俺と一緒のようになって構える三人。デメリットについて真っ先にたどり着いたのは、
「……身体が振りにくいわね」
「ビンゴ。腕の外側に身体を捻りにくのが難点だ」
☆
仮想空間に没入する前にスタンスの最終確認だ。
まず瀬奈。彼女は《ウィーバースタンス》を選択。
やや右腕の脇が開いていたので、彼女の背中に回り込んだ俺は、
「もう少し締めた方がいいな」
無意識に瀬奈の身体に触れてしまっていた。それがマズいことだと認識したのは、
「あっ……!」
と、色気が含まれた声が漏れたときだった。
「すっ、すまん。女の身体に気安く触れるのはデリカシーがなかったな」
「べっ、別に大丈夫よ。続けて」
「いや、でも」
じっーと。見つめられているような感覚。
視線を感じる先を見れば霧島先輩が黒いオーラを見に纏いながら、村雨先生が意地の悪い笑みを浮かべながらこっちを見つめていた。
……勘弁してくれ。
瀬奈のレクチャー後。なぜか彼女の息は荒くなっており、終わるや否やぺたんと腰を下ろしていた。
いやいやいや! 俺はただ構え方で甘いところがあれば少し触れて修正させたぐらいだからな⁉︎ そんなスパルタの練習後みたいにぐったりされる覚えはないぞ!
続いて霧島先輩。
彼女は刀を主武器にする関係で《アイソソレススタンス》を習得する予定だったのだが、
「……いや、なぜに《ウィーバースタンス》? というかさっきの瀬奈のレクチャー見てました? めっちゃ脇が開いてますよ先輩」
「……(チラッ、チラッ)」
目を輝かせ、猫が餌を期待するようにこちらを伺う先輩。
「いや、あの他人の話聞いてます? 脇が開いているって言っているんですが」
「わーわーわー。聞こえない。聞こえないなー」
いっ、いかん。堪えるんだ俺。
こんなにも年上の先輩にタメ口をききたくなったのは生まれて初めてだ。
「……さっきよりも脇開いているんですけど⁉︎ 聞いてた他人の話⁉︎」
仕方なく俺は霧島先輩の背後に近づく。
「ふふっ。これはいい……!」
構え方を修正する俺に対してなぜか嬉しそうにする霧島先輩。
何が楽しいのか、よく分からん。
☆
三人の中で抜群のセンスを見せたのは瀬奈だった。
やはりゲーム形式ということもあり、飲み込みのスピードが桁違いだ。
ガンコントローラーは実際のハンドガンと比較してもかぎりなく(重さと反動が)再現されているため、入手すればすぐに実践でやっていけるだろう。
村雨先生も心配なそうだ。
なにせ先生は俺の指導を忠実に守る。
何より彼女の精神力なら躊躇なく引き金を引き続けられるだろう。
一方で時間がかかりそうなのが霧島先輩。絶望的にセンスが感じられない。
やはり先輩には銃よりも刀を主武器にしてもらうべきだろう。
銃は
「ちなみに霧島先輩。一つ伺ってもいいですか?」
「なんだね?」
「真剣を使われたことはありますか?」
一瞬言葉に詰まる先輩だったが、
「この私が未経験だと思うか?」
よし、決まりだ。霧島先輩には真剣を――日本刀を渡そう。
出発だ。狙撃の練習はキャンピングカー内でもできる。
決意を新たにしたちょうどそのときだった。
「あんたたち、さっきから何してんの?」
起きてきたのは源玲ちゃんだった。
さて、幼女になんて説明したもんか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます