第26話

 最後の兄弟ケンカを済ませた俺は脱出を試みていた。

 しかし思っていたよりも感染者の湧きが早く、なかなか校外に出られない状況だ。

 なんとか奴らの目をかいくぐり、息を潜めながら進むものの、結局遠回りを強いられていた。


 やはり瀬奈のサポートは相当大きかったということだろう。

 気が付けば俺は上へ上へ押し上げられていた。

 いよいよ屋上に繋がる階段にまで来てしまう。


 ……いや、ちょっと待て。さすがにマズいだろ。

 まるで感染者たちに追い詰められている気分だった。いや、実際にそうなんだろう。

 兄との決別が思いの外、精神的に来ていたらしい。まさかこんな事態になるまで気が付けないとは――一生の不覚だ。


 下を見れば後戻りできないほどの感染者。

 となれば登るしかないわけだが……。

 脳裏によぎる最悪の事態ケース

 屋上に出られたものの、逃げ場がなかったら――。


 ダメだ。頭が上手く回らない。早いところ村雨先生に色々話を聞いてもらわねえと。この心理状況はとにかく危険だ。

 生き延びるために屋上に駆け上がる俺だが、やはり錠がかかっている。


 ピッキングではなくバールでドアノブを破壊する。

 めいいっぱい扉を蹴り上げ、外には出られたものの――。

「……やらかした」


 良くも悪くもそこは屋上だった。

 命綱無しで飛び降りることは不可能。骨折どころか命もあぶない。

 すぐに視線を右往左往させる俺。


 何か……何かないか。

 忙しなく視線を動かす度に校門や駐輪場が何度も目に入る。

 ずっと目指していた場所がもうそこまで来ている。


 無事に着地さえできれば瀬奈たちとの合流ポイントに向かえるのだが……。

 ちなみに霧島先輩は村雨先生を警護しながら保健室に無事到着。

 医薬品などを回収し、先生の車で脱出に成功している。


 合流地点に先に到着しているとのことで、今は。俺の合流後、すぐに出発できるよう準備をしてくれている。

 ここでくたばるわけにはいかない。

 背後には俺の足音を追って駆けつけた感染者たち。


 と同時に視界に飛び込んでくる配水管。その隣には消防ホース入れがある。

 ――これだ。

 俺はすぐさまホースを取り出し配水管へと接続する。


 配水を開始し、感染者を退ける――という選択肢もあっただろう。

 だが、すでに奴らは俺と取り囲むように散っている。水だけで侵攻を阻止するのは困難を極めるだろう。


 ではどうするか。

 地上から屋上までの高さを目測し、それに合わせてホースを巻きつける。

 気が付けば感染者は確認できるだけでも五十人以上。しかも奴らは階段から溢れ出してくる。


 ――行くしか、ない。


 俺は意を決して屋上から飛び降りる。

 全身を襲う浮遊感。風が皮と肉を押し上げる。

 首だけ屋上に向ければ餌を追い求めて、スカイダイビングに興じる元人間たち。


 転落事故にならないよう地面からギリギリのところで制止する俺とは対照的に鈍い音を響かせながら落下死していく。

 バキッ、ボキッと憂鬱な音が次々に耳に届いてくる。

 俺は身体に巻きつけたホースをすぐに取り外し、駐輪場へと駆けつけた。

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