第24話

【瀬奈美月】

 私は指を交差させ、ぐっーと腕を伸ばす。

 ポキポキと指の骨を鳴らしながら首をグルリと回す。

 このあと秋葉くんと霧島先輩は美術室に突入することになるわけだけど、その前に大仕事が待っていた。


 本当に人使いが荒いんだから……。

 けれどこれから本当に大変なのは実兄と対峙する秋葉くん。

 私の苦労なんて何十分の一でしょう。


「負けたら承知しないわよ」


 私は呟き、キーボードを打鍵し始める。

 今回、絶対に外せない遠隔操作は三つ。

 彼らの命運がかかっているからこそ緊張もするけれど――失敗する気がしないわ。


【秋葉瑛太】

 美術室前まで接近した俺は息を潜めて突入のタイミングを伺っていた。

 霧島先輩と視線を合わせ最終確認をする。


「準備はいいですか。突入と同時に俺たちに待っているのは怒涛です。息つく暇なく次のステージに進むことになります。それは瀬奈、お前も同じだ」

「覚悟など君の作戦を聞いたときに固まっているよ。私ならいつでも大丈夫だ」


『例の装置を作動させる準備は完了しているわ。オールクリーンよ。秋葉くんのGOサインでいつでも動き出せるから』


 心の準備が必要なのは俺か。

 深呼吸で心臓を落ち着かせる。

 ……よし。


「作戦開始だ。作動させてくれ瀬奈」

『了解』

 俺と霧島先輩が美術室に駆け付けるのと同時。


 火災感知器が作動する。

 ただしそれは美術室の真下の教室で、だ。

 狙いは二つ。


 一つは感染者をできるかぎり集中させるためだ。

 美術室で監禁されている生徒たちを解放したものの、廊下には死者の大群でした、では話にならない。


 感染者は音に吸い寄せられる。下のフロアには行かない方が身のためだ。となればこの警報が美術室に漏れ聞こえてくれば解放後の生徒たちも、火災に直結する階段を真下に降りることはないだろう。そのぐらいの知性は働かせられないようでは死ぬのは遅かれ早かれだ。そこはシビアにいきたい。


 よって、解放後の生徒の安全性(奴らとの遭遇率を下げる)を高めたいわけだ。

 もう一つの狙いだが、これは美術室にいる中の生徒にバリケードを解除させたいというもの。美術室に設置されている監視カメラには出入り口に一筋縄でいかなさそうなそれが張られていた。


 それを破って突入するのは骨が折れる。

 よって瀬奈にはもう二つ作動させてもらう装置がある。

 まず一つがスプリンクラー。ただしこれは美術室のだ。


 室内にいる生徒たちにあえて遠くから鳴る警報を耳に入れ、さらには真上に位置する美術室からはスプリンクラーによる雨。

 さらに現実味を出させるために俺は最終兵器を取り出す。


 消火器だ。

 扉の隙間に煙が忍び込むように噴出する。

 白いそれは隙間を縫ってもくもくと侵入していく。


 やがて非常事態だと勘違いした中の生徒たちは兄の許可を得ることなくバリケードを破ろうとする。感染者の恐怖は火事の不安へと移り変わり、周りの生徒に伝播する。

 さすがの兄もパニックになった複数の人間を制圧するのは困難を極めるだろう。


 なにせ言葉が通じないのだから。

 この世界で最も厄介な存在は言語を理解し、咀嚼できない人間だ。抑えられるわけがない。

 狙い通り、扉越しでも騒ぎ始めているのがわかる。


 俺は消火器を置いてゆっくりと扉から距離を取り、イヤホンマイクで最後の指示を送る。

「仕上げだ瀬奈」

『健闘を祈るわ』


 その言葉が耳に入るや否や美術室から音声アナウンスが漏れ聞こえてくる。

 室内にあるスピーカーから『火事です!○○階、△△室で火災感知器が作動しました。身体を低くしてタオルやハンカチを口に当てながら外に避難してください』


 これにて瀬奈の大一番の仕事は完了。

 俺たちは労いの言葉をかけずにはいられなかった。

「お疲れ様」「ご苦労だったな瀬奈くん」

『秋葉くんは必ず後で合流すること。絶対よ。霧島先輩はこれからが大変でしょうけどご武運を』


 いよいよ固く閉ざされた美術室の扉が開く。

 勢いよく飛び出してくる生徒たち。我先にと逃げるのは男子ばかり。

 俺は開いた先にいるとある人物――秋葉傑と目が合う。


「全部お前の仕業か愚弟。やってくれるじゃねえか。俺の駒を奪ったんだ。覚悟はできてんだろうな?」

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