4_INVISIBLE

 私がトリガーハッピーになってからどのくらい時が経っただろう。私の時間はあの瞬間から置き去りになったままだ。


 もう暫くしたら、太陽が真上に来る時間。コンクリートとガラスで形作られた街を私は歩いていた。こんな時間であっても、私の周囲にいる人はまばらだ。

 それもそのはずで。私は人気の少ない道を選んで歩いていた。


 私を取り囲む街の建物たちは、素材こそ似たり寄ったりだけど、それぞれが個性を叫んで叩き付けてくるような形や色をしている。それは、この路地に限ったことではない。街全体がこうなのだ。

 この街の住人は慣れているけど、噂で聞いた話では稀にやってくる旅人は皆、酒が入ると「気分が悪くなる街並みだ」と言うらしい。

 本当だったら失礼な話だ。だけど、あながち的外れな表現では無い。

 旧国連。今の平和維持連盟が定めた『文化融合による意思統一計画に基づく盟約』に従って、あらゆる様式が混ざり合った結果が今の街の風景を作っている。

 もちろん、平和維持連盟は世界全ての国が加盟しているから、それは他の土地でもそうなのだけど、特にこの街の文化融合は過剰であると断言できる。酷い所では10種類くらいの様式が組み合わさって、グニャグニャと歪みを生じながらも強引にまとめたようなものもある。ダリの『記憶の固執』のような雰囲気があって私は好きだけど。

 どうしてここまで過剰な文化融合が起きているのかと聞かれれば、誰もが口をそろえて「世界で初めて天使が現れた場所だからだ」と答えるだろう。勿論、こんな狭い上に陸の孤島のような辺鄙な街だからジョークだ。


 まあ、辺鄙で狭いけど私はこの街を気に入っている。

 特に、海を背にした方向に見える崖のキャンバスは圧巻だ。この街を陸の孤島にしてしまっている原因の一つである切り立った崖は、その表面が綺麗にコーティングされていて、それを背景に共有映像オープンヴィジョン上に様々なアートを映し出している。

 昔から、この崖にはプロアマ問わず作品を載せてもらえる。私がこの街を気に入っている理由はそれで十分だった。


 でも、今の私はその巨大なキャンバスを見向きもしないで、西へ西へと道を急ぐ。ねじ曲がった路地の湿った地面を踏みつけ、日陰に置かれて冷え切ったマンホールの並びを飛び越え、錆びついて今にも倒れそうな螺旋階段を右方向に回って。人目を避けるように進む。

 ここまで来ると、どの道も人気が無くなってくる。海へ近づいているからだ。


 今の海は拒死によって死ななくなった人類であっても危険な場所だ。


 海は『サンドボックス』によって汚染されてしまった。

 人類が互いに理解し合い、繋がるためのシステムによって、世界は分断されてしまった。

 

 もちろん、完全な分断ではない。皮肉にもサンドボックスが通信インフラとして機能し、交流が保たれている。でも、まともな思考の人間は物理的に海を渡ろうなんてことはしない。旅人が稀な理由はこの海があるからだ。


 私は黙々と歩き続け、大きなガラスのピラミッドのトンネルをくぐって階段を下に降りる。陽の光が降り注ぐトンネルの中ほどまで来ると、徐々に海の音が聴こえてきた。本来の海の音では無い。サンドボックスが振動して出している音だ。遠い昔に聞いたことのある波の音とそっくりだけど、どこか突き放すような感触がする音だ。

 少し長いトンネルを抜けると、目の前に海が広がる。

 サンドボックスが模倣した青い海。日の出には虹色に光る海。触れた人間の意識を溢れさせる海。


 それでも、私が好きな海。そして、私が描きたかった海。


 泡立つ波際と白い砂浜を眺めて私は一息ついた。それから、再び歩き出す。もう少し、あと少し。

 砂を被ったタイルの上を歩いて行くと、人の気配があった。しかし、それは人らしい見た目をしていなくて、四角いモザイクに足が生えたような姿だった。プライバシーウォールに包まれた人達だ。まあ、向こうから見たら私も同じように見えるんだけど。

 どこを向いているかもわからない人の群れは、一つのゲームが作り出した光景だ。コロッセオのプレイヤーは基本的に素性を隠し、素性を探らないのが暗黙の了解となっている。

 人の群れの終着点は、いくつか立ち並んだ円柱状の建物。天井がある建物だ。そして、あの中に棺桶が置かれている。

 陽炎と波の音以外何もない海岸線に、彼らはコロッセオのプレイヤーとして参加するという、ただそれだけの理由で並んでいる。

 私のようにネームドになれれば専用の棺桶が準備されるのだが、スコアが低い『ノーバディ』達は次の順番が来るまで、数少ない共有の棺桶を待たなければならない。列から外れた位置で立ち尽くしていたから目立ったのか、行列の中の何人かがこちらを見ているようだ。顔は見えないが足の方向で何となく察しが付く。

 彼らの見えない視線から逃れるように、私は足早に自分の棺桶へと向かった。


 私は彼らの見えない視線が苦手だ。

 私の体をバラバラにして探るような、プレイヤーの視線が嫌いだ。


 だから、私は私を映す鏡が怖くて見れなくなった。


 視線を振り切るように進んだ先。円柱状の側面にある扉を開けて、短い通路を通ってもう一枚扉を開ける。その扉の先にある部屋の風景は最初のころと何も変わらない。何を考えているのか表に出さない専属のオペレーターが一人と、恐ろしくも美しい砂の海に浸った棺桶が一つと、そして私。


「お待ちしておりました。不定禊ふじょうみそぎ様」


 この部屋の中心ともいえる棺桶。その暗いうろの前に立つと私はいつも考えてしまう。


 問い。

 私はこのまま絵を描くことから逃げて。ゲームを続けても良いのだろうか?


 答え。

 そんな自分を責める考えに囚われそうになったとき、私は目を背けて別のことを考える。


 このゲームは未だに謎に包まれている。

 『誰が?』『何のために?』このゲームを作ったのだろうか。


 この謎について、私以外にも想像を巡らせる人は多い。あちらこちらで多種多様な説がまことしやかに囁かれている。ゲームそのものだけでなく、そういった考察もコンテンツとして、静かに流行しているのだ。

 開示された情報が少ないこともあって、まだ謎は解かれていない。分かっていることは海中から姿を現した黒い箱『コロッセオ』と目の前の『棺桶』が、私たちにゲームという形でこれまでにないコンテンツをもたらしているということだけだ。

 最初にコロッセオとコンタクトを取った国際組織である平和維持連盟は、「これはゲームである」と単にそれだけ発表し、そのインフラを整えるだけ整えた後に沈黙した。公式サイトのQ&Aは、はぐらかすような回答しかしない。


 しかし、考察をしたい人達は現状が一番良いという意見が大半だ。謎は謎であるときが一番楽しい。

 それに答えが何であれ、コロッセオがもたらした恩恵は変わらない。コロッセオというゲームのおかげで世界は救われた。

 救われるということは、危機に瀕していたということだ。

 拒死である私たちは存在が失われることは無いが、『ロスト』という問題を抱えている。拒死は単に死なないという性質ではなく、死の要因を排することで不死を実現している。拒死は精神的なダメージを排するために、記憶を消すという選択を取る場合があり、それを私たちは『ロスト』と呼んでいる。

 コロッセオ出現前の世界は、慢性的なコンテンツ不足に悩まされていた。永遠の時を生きる私達は生き甲斐を失い、多くの人がロストによって人形のように動かなくなっていった。


 そこに、コロッセオは現れた。

 コロッセオのおかげで単純にコンテンツが増えた以上に、他のコンテンツにも革新的な変化を促したのだ。おかげでロストする人間は激減した。


 ……私にはコロッセオのゲームプレイヤーとしての才能が有った。才能がある以上、このコンテンツを盛り上げる為にゲームを続ける。私の頑張りで世界が救われるなら、それで良い。

 それが、彼女の望みでもあるのだから。


ワァァァー!


 幾度となく聞いた熱を帯びた歓声は、いつにも増して大きい。

 それもそうだろう。

 これまでの制限が解放され、ネームド対ネームドの対決が見られる公式大会が始まったのだから。

 今日は記念すべき一戦目。相手は有名プロゲーマーの直道迂回ちょくどううかいだ。そのキャラクターである『インビジブル』は直道の知名度に比例して有名で、今までのゲームのアーカイブは、全人類が見たのではないかと思えるくらいの再生回数となっている。しかし、その試合は何度見てもよく分からないと言うのが正直な感想だ。

 一つだけはっきりしていることは、対峙した相手が『見えない何か』によって、知らぬ間に切断され絶命しているということだけだ。


「やぁ。ハッピートリガー。君と会える今日という日を楽しみにしていたよ」


 そんな問答無用のプレイスタイルだから、ゲーム開始前のタイミングでこんなにフランクに声をかけられるとは思っていなかった。

 なんとなくサバサバした性格だという先入観があったからだ。試合に集中して、それ以外は気にもとめない印象。

 このゲームではプライバシー保護の観点から、試合中の音声は記録されず、ライブ映像でもアーカイブでも配信されない。それに加えて、直道は表舞台に姿を現さないタイプのゲーマーだった。個人を想像する材料が限定されているから、そう思い込んでいた。


「……なに?」

「ああいや。そんなに警戒しないでって。ただ聞きたいことがあるだけなんだ」


 プレイヤーにしては珍しく、柔和な会話運びだ。棺桶を通してキャラクターに意識を飛ばすと、拒死の副作用である暴力抑制が無くなってしまう。それに引っ張られ、大抵のプレイヤーは互いを汚い言葉で罵りあってゲームが始まることがほとんどだ。普段口数が少ない私も、ゲームに熱中すると思いもしない言葉を発してしまうことがある。

 だから、理性的な会話には何か目的があるはずだ。もしかして、この会話はこちらの手の内を知るための策なのだろうか?

 私は今まで使ったことの無かった『奥の手』に関する情報をうっかり喋らないように身構える。


「君はこのゲームどう思う?」

「……」


 私は言葉に詰まった。コロッセオについてはいつも考えている。だけど、私は答えそのものを自分の中で決めたことは無い。結論を出してしまっては、考察が終わってしまうからだ。

 私の反応を窺うような目を向けながら、直道は続ける。


「私はこのゲームを、これまでの人生の中でも最高傑作だと評価しているんだ。これまでいくつもゲームをプレイしてきたんだが、どれも本当の自分をぶつけている感覚が無くってね。でも、このゲームは違う。コロッセオは我々が失った闘争心が蘇る場所だ。言い換えれば、自分らしさを取り戻せる場所ってことだよ。そんな体験他には無いからね」


 どうやら私は勘違いをしていたようだった。彼はゲーマーだった。ゲーマーらしい考えでの質問だった。彼にとって、コロッセオの謎なんて眼中に無いのだろう。


 ゲーム性としての視点なら、私自身はいくつもあるゲームのうちの一つとしてしか捉えていなかった。確かにこのゲームは特殊だ。でも、他のゲームをしたことが無い私にとって、その特殊性は有って無いようなものだ。

 だから、直道の考えに関しては「そうなんだ」という中身のない返事しか出来ない。

 ただ、コロッセオはゲーム以外のコンテンツと比べて見ても、他にない明確な痛みと死の気配が得られる。

 そして、それを他の誰かにも与えることが出来る。私は、コンテンツを相手に提供できる喜びを、かつて絵を描いていた頃よりも強く感じていた。


「……他の誰かに必要とされない私にとって、このゲームは救い。ゲームで誰かをロストから救えることが、私にとっての存在理由になっている。だから、このゲームは特別なもの」

「そうか……。君もこのゲームを好きでいてくれて、私は嬉しいよ」


 直道は子供のように無邪気に笑った。それから上を見上げて太陽の位置を確認した。


「そろそろ始まるようだね。それじゃあ、心置きなく殺し合おう」


 直道から先程までの温和な空気が消え去り、戦闘態勢に移行する。直道が操作するキャラクター『インビジブル』の装備は、指先から肘くらいまでの長さの歪な形状をした棒だ。それを水平に構える。私が見た過去のアーカイブからすると、この棒の延長線上が異常な切れ味で切断されるはずだ。しかし、刃の類は全く存在しないように見える。見えないのならワイヤーの類やガラスのような素材で出来ているのだろうか。

 なんにせよ、私がとりあえず取るべき行動は――


〈ゲーム開始〉


 開始と同時にインビジブルは前へ走り出し、対面している私に接近を始めた。

 私はそれから逃げるように、六本の脚を勢いよく伸ばして後方に跳躍する。


 どんなに見えなくても攻撃範囲は有限だ。ゲームのアーカイブの中で、対戦相手を完璧に両断していたけど、その後ろにある障害物までは壊れていないシーンがいくつかあった。推測するに、間合いは3mよりも狭いはず。


 しかし、直道はそれを読んでいたらしい。体を倒しながらさらに早く、大きく、一歩踏み込んできた。


 流石といったところだろう。対応が早い。


 ブゥゥン。という奇妙な音と共に、私に合わせてやや上方を横薙ぎに一閃。

 何かが擦れるようなひどく耳障りな音と共に、脚の装甲板の一部が紙のように軽く切れ、右へ吹き飛んでいった。

 踏み込まれた分だけ、間合いに少し入っていたらしい。でも、完全には届かない。


 私は衝撃を殺すように着地をすると、視線をそのまま相手に向けながら再び跳躍をするために脚を曲げる。損傷は軽微。とりあえずの回避には成功した。もう一度跳べば、こちらの有利な遠距離戦だ。

 そうして、曲げた脚を勢いよく伸ばし、次の跳躍を始めた直後に背筋を嫌な寒さが走る。

 インビジブルはこちらを追うでもなく、棒を素早く上段に構えなおして息を短く吐いた。初撃でも聞こえた音が一段と大きくなった。

 とっさに私は空中で脚を振るように動かして、体を左へ捻る。無理な動きをした所為でバージェスト接合部から嫌な音がして、痛みと共にHPが減少。決して少なくないダメージを負ったが、結果から言うと正解だった。


 右側からガラスをひっかくような耳障りな音と共に。半数の脚がまとめて切断された。


 攻撃範囲が伸びた!?


 まともに食らっていたら体が真っ二つになっていただろう攻撃を辛くも凌いだが、体を支える足を失った私は着地に失敗し、バランスを崩して地面を転がる。砂が口に入ったが、気にしていられない。


 早く起き上がらなければ。

 この攻撃がもう一度来たらやられる!


 慌てて顔を起こしインビジブルの方を向いたが、腕を振り下ろした態勢で固まったように動いていない。焦る自分を抑えて素早く観察をすると、インビジブルの眼球は痙攣して定まっておらず、鼻からは血が流れていた。

 ……動けないのだろうか?

 ともかく、これはチャンスだ。


 しかし、今動けないのは私も同じだ。脚はまだ3本残っているとはいえ、大きい弾倉と砲門を支えるにはバランスが悪すぎる。加えて、普通の歩行はまともに出来ないだろう。生身の2本の足は以ての外で、この装備を支えることは出来ないほど虚弱。

 だったら。


「動けぇぇ!」


 普通の歩行が出来ないなら、普通の歩行をしないまでだ。

 私は砲身を地面へ向けて射撃を行う。そして、その反動を利用しながら体を持ち上げ、残った脚で地面を這うように障害物の陰に移動した。砲弾が地面を叩いたおかげで砂が巻き上げられ、煙幕のようになった。これで、私を見失ってくれていると良いのだが……。

 私は障害物にもたれかかり一息ついた。

 初期のコロッセオのステージには、障害物なんて存在しなかった。だけど、ハッピートリガーがゲームバランスを崩すという理由で、追加になった要素だ。

 私を弱体化させるためのギミックに助けられるとは思わなかった。でも、銃弾を止めるには十分な強度の障害物であっても、彼の斬撃を防ぐことは出来ない。間違いなく、インビジブルの斬撃は壁を越えて私に届く。それは過去のゲームでも証明されている。


 物陰に隠れていると、あの見えない刃で障害物諸共切られそうな不安が押し寄せてきた。

 さっきの姿をみる限り、長距離への斬撃は連続で使用できないのだろう。そして、今隠れている障害物は一辺が5mくらいある立方体だ。このサイズであれば、さっきのロングレンジ斬撃でないと私ごと切れない。しかも、使う度に消耗する大技。確実に当てたいはず。

 だったら、こちらから動いて位置がバレる方が危険だ。


 落ち着いて理屈を並べ、自分を安心させようとしても肩の震えが止まらない。

 今にも自分の体が二つに分かれてしまうような想像に、恐怖と好奇がないまぜになった感覚でくらくらする。彼の攻撃は一体どんな感触がするのだろうか。今までネームド同士の闘いは制限されていたから、自分が追われる側にまわるのはこれが初めてだ。

 悪くない感覚。生きているって感じがする。

 自然と私は笑みを浮かべていた。


 しかし、このまま切られるのを待つわけにはいかない。私はプレイヤーである以上にクリエイターなのだ。観客と対戦相手にコンテンツを提供するために足掻いてやる。

 おそらく、このまま飛び出したところで、私の攻撃よりも先にインビジブルの斬撃が早い。やられてしまう。


 私は意表を突くために、残された3本の脚の内、一本を関節部分から自切して左へ蹴り出した。大きな音を立てて私から離れていく脚とは反対側。飛び出すように右方向へ躍り出て倒れ込み、そのままの姿勢で砲口を構えた。


「居ないっ?!」


 障害物から出た瞬間を狙って待ち構えていると思っていた。しかし、姿が見えない。すでに砂煙は晴れ、視界が悪いわけでもない。

 私は目を走らせながら、早まる心音に体が震えていた。


「視野狭窄ですね」


 さっきまで私が隠れていた障害物の上から声が降ってきた。

 それから、私が振り向こうと意識し、行動に移す直前。背後から空気が破裂するような音が聴こえ、衝撃波が体を思いっきり打ち据える。その勢いに押されて地面を転がり、息を吐いたタイミングの僅かに残った肺の空気が根こそぎ口から漏れ、呼吸が遅れる。


 そうして、体が硬直した短い隙にインビジブルが近くへ降り立った。

 それから脳に響くあの音がすぐ傍で聞こえ始めた。


「動かないでください。切られたくなかったらですが」


 インビジブルの余裕な声に、私は砂地に俯せになりながら凍り付いたように動けない。選択の余地は無いようだ。

 少しでも変な動きをしたら、体がバラバラになってすぐにゲームオーバーになるだろう。


「……やっぱりプロって強いんだね。それに反則じゃないの、その攻撃……。一体どういう仕組み?」


 諦めた私の口から零れた軽口に、直道は少し笑い声を上げて答えた。


「教えてあげますよ。このデバイスは『ナノブレード』と呼ばれるものです。音の波で空気中の塵を固定し、見えないくらいの密度と薄さを持った刃を形成するそうです。出力次第でさっきのような衝撃はも出せますし、長さも自由自在。ですが、通常は3m以上伸ばすと刀身が不安定になって、普通に振るだけでは崩れてしまいます。そこで、私のスキル『超反応』で体の操作を精密に制御すれば制限距離無しの攻撃となる訳です。まあ、超反応は負荷が大きくて連発出来ないという欠点もありますがね」

「……そこまでぺらぺら喋っていいの? それに、どうして私をすぐに殺さないわけ?」

「あははっ。もう少しお話をしたかっただけですよ。私はゲームでしか誰かと関わり合うことが出来ませんから……。それに、もうあなたの負けは確定です。私の攻撃の正体を明かしたのは、次回のハンデですよ」


 インビジブルはそう言うと、あっさりとナノブレードを振り下ろした。一滴の血も付かない刀身は最期まで見えないままだった。

 私の首はゆっくりとずれるように胴体から離れ、地面を転がった。


「さようなら。また強くなってから会いに来てください」


 そうやって彼は残身を解いた。それから目を瞑る。勝利の余韻というやつだろうか。


「なにっ!?」


 しかし、ゲーム終了の合図はまだ鳴らない。


 私は油断したインビジブルの隙をついて、インビジブルの胴体を2本の脚で挟み込むことに成功した。慎重にやったつもりだったが、あばら骨が多少折れる軽い音がした。でも、これくらいでは致命傷にならないことを私は知っている。


「ああぁぁぁっー!!」


「また会ったね。うれしい? それとも『なんで?』が先なのかな?」


 彼は答えることが出来ない。それは痛みだけのせいではないようだ。有り得ないものでも見たような目で私の首を凝視していた。私の首はいたって普通だ。普通につながっている。それどころか、切り飛ばされた脚やガトリングも戻りつつある。


「次回の為にハンデをあげる。私のスキルは『復元』。私に関わるすべての状態を元に戻してしまう能力」


 返事が無いので聞こえているのか分からない。いつの間にか気絶してしまったのだろうか?

 私は彼を持ち上げ、つま先を砲弾で弾くように撃つ。銃声に混じって小さい悲鳴が聞こえたので、こちらの声は聞こえているだろう。

 私の一挙手一投足で悲鳴が上がる。そして、観客はその度に歓声を一段と大きくする。私は今、彼を通して社会に貢献しているんだ。とても満たされる感覚に思わず頬が緩む。


「貴方のナノブレードってやつ、期待してたんだけど切れ味が良すぎて痛くないんだ。多分、切って暫く経たないと痛くならないんだろうね。その前に復元したから分からずじまいだった――」


 私の話の途中。インビジブルは手首を反し、私の脚をナノブレードで切断し脱出する。

 しかし、先程のダメージで限界が近いらしく、数歩私から離れたところですぐに倒れ込んだ。吐血しながらも這うように私から遠ざかる必死な姿に、私は心を打たれた。


 これが生きているってことなんだ。


 まだ怪我をしていないインビジブルの白くて無垢な生足に向かって、無機質な私の脚を振り下ろした。振り下ろした脚は肉と骨をブチブチと押しのけ掻き分け、インビジブルを地面に縫い付ける。もはや悲鳴を上げる力も無いのか一瞬びくりと反応すると動かなくなった。


 私はすでに復元を果たした脚で姿勢を安定させると、砲口を足元の彼へと向けた。やっぱり至近距離で撃たないと音が聴こえない。肉が爆ぜて、骨が砕けて、体液が飛び散って、その奥で小さく響く悲鳴。それらが銃声でかき消されないように出来るだけ近くで。


「……そこまで……喋って良かったんですか? 私に一回勝ったくらいで……強者にでもなったつもりなんですか?」


 プロゲーマーとしての意地なのか矜持なのか。インビジブルの絞り出すような最期の皮肉が聞こえた。私の答えは決まっている。

 私は滲みだすような歪んだ笑顔で答えた。


「大丈夫。もうあなたの負けは決まってるから」


 それからすぐに、唸るような銃声で散々インビジブルの体を撫で回した。

 それからしばらくして、全ての音が止んだ。


〈キャラクターのコントロールが喪失されました。敗者は『目を背けたインビジブル』です〉



 ――棺桶から起き上がるといつものオペレーターが私を覗き込んでいた。

 短くない髪が私にかかりそうなくらいの距離で目が合う。有り得ないものを見るような目だ。

 どうしてそんな表情をするのか何となく察しは付く。

「私が勝ったのがそんなに意外だった?」

「……ええ。まさか、直道相手に勝利するとは……」

「まあ、油断してたみたいだしね」


 正直、自分のスキルがこんなに強力でなければ結果は逆だっただろう。またフィールドに置かれた障害物のように制限されかねないけど、今回の大会中は大丈夫だろう。

 たぶん……。


 それにしても、疲れないはずの体が、凝り固まったような気がする。私は体を起こすと背伸びをした。

 ああ、そういえば。


「……あなたに聞きたいことが有るんだけど」

「何でしょう?」

「あなたにとってのコロッセオって何?」


 私の質問に対してオペレーターはすぐに返事をした。


「仕事です」

「……そう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る