第26話 父の真実

ー和彦sideー

 僕はただ幸せな家庭を築きたかっただけなんだ。


 割と裕福な家庭に育った僕は苦労することなく幸せな家庭に育った。都内の閑静な住宅街にある大きな戸建てが僕の家だった。父と母、そして妹の四人で暮らしていた。裁判官の父と看護師の母は多忙であまり家に帰って来なかった。それでも僕は両親を尊敬していたし、たまに遊びに行けるだけで楽しかった。仕事を言い訳に僕をらを雑に扱うことはなかった。むしろ顔を合わせた時は僕らの話をしっかり聞いてくれた。学校で何を習った、誰と遊んだ、そんな話も真剣に耳を傾けてくれる人達だった。だから両親が自慢であり、僕の理想だった。少しでも追いつこうと沢山勉強した。四つ離れた妹の面倒もちゃんとみて、僕が優秀だと証明するのだ。学校や近所の人からもいい子も言われて育っていた。和彦くんはしっかりしている、頼りになる、その言葉が僕のことを肯定してくれる。しっかり者の僕はみんなを導く人になるのだと、信じていた。


 高校生の時、学校でDV被害についての講演会が開かれた。話してくれたのはカウンセラーの女の人で、その人が実際に相談を受けた実例を元に教えてくれた。今まで幸せな家庭で育った僕は、世の中にはこんな酷いことをする人がいるのかと驚いた。僕はこんなことはしない。みんなが笑顔になる幸せな家庭を作るのだと心に決めた。講演会の後すぐにカウンセラーの元に行った。もっと詳しい話を知りたい、僕に出来ることはないかと聞きにいった。僕の熱意が伝わったのか、彼女の所属する団体の活動にも参加させてもらった。と言っても地域でやる講演会の設計や会場の案内などの雑用ばかりだった。それでも被害者と直接話す機会が、僕のやる気を確かなものに変えた。

 そしてこうした弱い人を助けたいと弁護士を目指した。元々父の影響で法律に興味はあった。何よりも正義の味方という仕事がとても輝いて見えた。困っている人を助けるヒーローになるのだ。勉強は嫌いじゃなかったし、家族は僕の夢を応援してくれた。我が家の誇りだと褒めてくれた。妹も自慢のお兄ちゃんだと言ってくれた。そして僕は弁護士になった。


 弁護士として仕事をする傍ら、DV被害者を救う会に参加し、少しでも人助けをしようと思った。そんな時に知り合ったのが今の奥さんである夏実だ。仕事で関わって以降仲良くしていたWEB広告の会社の社長さんが紹介してくれた。彼とは考え方が似ているのかすぐに打ち解けた。仕事の関係なく食事をしたり、ゴルフに出掛けた。そんな中でふと僕のやっている活動について話したことがあった。そこから彼はその活動に興味があると話を持ち掛けた。何でも自分の会社にそうした被害に遭った人がいて、なんとか心を開きたいと話した。僕はそれを了承し、様々なアドバイスをしたり、彼を講演会に誘うようになった。そこで得た知識を元に色々な方法を試したようだ。しかしあまり効果がなかったようで、僕に一度彼女に会ってくれないかと相談してきた。今思えば、最初からカウンセラーや専門家の人に任せればよかったのかもしれない。いつもの僕ならそうしていた。それなのに何故かその時だけは直接会うことを決めた。彼女を救いたいと僕はすぐに了承した。


 初めて見た彼女はとても美しかった。背筋をピンと伸ばす姿を彼女は遠目で見ても美しかった。目鼻立ちもしっかりしており、真っ白に透き通る肌は今にも消えてしまいそうだった。事前に彼女のことを聞いていたが、その出で立ちからはあの壮絶な人生は想像できなかった。蝶よ花よと温室で育てられた花のように見えた。本当にこの人がそんな目に遭っていたのだろうか。それでも少し会話しただけでわかった。彼女の目には色がなかった。貼り付けららたような形式上の笑顔しか見せない彼女を心から笑わせたいと思った。


 そこから僕らは三人で食事をするようになった。彼女の過去に触れることなく、ただ食事をするだけだった。主に会話をするのは僕と社長だけだった。それでも話を振れば彼女も答えてくれる。社長が聞けば返すが、僕には言葉を発しない。僕が聞くと首を振るだけだ。しかし段々と決して長くはないが言葉で返答してくれるようになった。僕と目が合うようにもなった。

 ある日、三人で食事をする約束をしたレストランに向かった。そこに居たのは彼女だけだった。社長は急な仕事で来れなくなり、僕らだけで食事をした。ほとんど会話もなく進む食事。先に口を開いたのは彼女だった。僕の活動に興味があると。そこから僕のことを全て話した。どんな経緯でこの活動をするようになったのか、思わず熱く語ってしまった。こうなるとほとんどの人は引いてしまう。またやってしまったと思った。恐る恐る彼女の方を見ると、真っ直ぐに見つめていた。僕の話をただ真剣に聞いてくれていたのだ。僕は思わず言ってしまった。「貴方の本当の笑顔が見たい。」と。


 そこから個人的に彼女と会うようになった。社長にそのことを話すと喜んで僕の背中を叩いてくれた。彼女の笑顔を取り戻してくれと後押ししてくれた。彼女と会う時は今みで以上に声の大きさや距離感など最大限、気遣っていった。ご飯に行くお店も煩くないか、来るまでの道のりは人が多くないか出来ることは全部やった。話す時もあまりしつこくせず、僕だけが話すことはないように。彼女から口を開いてくれるよう工夫した。そして少しずつだが、彼女は笑いかけてくれるようになった。暗かった瞳にも少しずつ光が戻った。


 そして僕らはどちらともなく、常に一緒にいるようになった。僕らを繋ぐかたちが欲しいと思った。出会ってから3年が経ち、僕はプロポーズした。初めて出会ったレストランで花束と指輪を用意した。映画なんかで使い古されたシチュエーションと言葉だったかもしれない。それでも僕の想いを伝えた。「一緒に幸せな家庭を築きたい、君を笑わせたい」そうやって広げたケース。中の指輪を見て、彼女は固まった。まるで状況が理解できていないかのように。それでもすぐにそれを受け取ってくれた。そして泣きながら笑ったのだ。初めて見た涙、それに合わない満面の笑み。こんなにも感情を露わにする人だったのかと驚いた。そしてこの笑顔をずっと守りたいと心から願った。彼女の幸せを作り上げようと決めた。


 彼女のことを考えて挙式はしないと決めた。僕の両親に報告しに行った時、そのこと伝えた。初めは反対されるかと思ったら。しかしその経緯を話すことなく了承してくれた。後に彼女の過去を話すと涙ながらに聞いてくれた。私達のことを本当の家族だと思っていい、そう彼女を抱きしめた。僕らにも彼女をちゃんと守って、幸せにしてやるよう言った。僕の家族と楽しそうに話す姿を見て、もう大丈夫だと思った。彼女の希望で彼女の家族に挨拶は行かなかった。代わりに社長にこのことを報告した。自分のことのように喜んでくれた。そして僕達に幸せになるよう言ってくれた。挙式のことを話すと、せっかくだからと小さな教会を貸し切ってささやかなパーティーを開いてくれた。

 彼女の職場の近くに家を借りた。決して大きくはないマンションの一室だった。彼女が長年慣れ親しんだ土地で、うるさくもなく、彼女が安心できる場所であることが決め手だった。ここで僕らは幸せに暮らしていた。そしてその幸せをさらに強めるかのように雫が生まれた。初めの頃、彼女は子供を産むのを躊躇っていた。本当の家族を知らない自分に子供は育てられない、自分と同じ目に合わせしまうと。泣きながら訴える彼女を優しく包んだ。知らないからこそ作れるものもある。過去の経験はきっとこのためにある、僕達で幸せな家族を作っていくんだ。そう話し合っていく内に、彼女もお腹の子に愛着を待つようになった。この子と幸せになりたい。そして雫はこの世に誕生したのだ。今にも消えてしまいそうな光は僕達を照らしてくれた。その光を何をしてでも守り抜こうと決意した。

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