ハンドトゥハンド 龍と怪物

デッドコピーたこはち

第一話 前庭

 辺境惑星再開発機構F P R O本部、バベルの塔の如き威容、天突く四角錐台の構造物を見据えて、一人の女が立っていた。

 漆黒のキャットスーツに身を包み、真紅の髪をなびかせて、傲慢不遜の仁王立ち。口元には笑みを、腰にはプラズマブラスターを携えて、鏡面加工されたサイバー・サングラスに都市の光を輝かせる。夜の帳が下りてなお、その女は輝きを放っているようだった。


 女の名はドラセナと言った。ドラセナは今は亡きヒラバヤシ三重公社が造り上げた一対の戦闘型合成人間の片割れである。ドラセナの目的はFPRO本部に囚われた双子の姉、モンステラの奪還にあった。


 ドラセナは堂々たる足取りで正面門から仇敵の領地へと入っていった。FPRO本部の前庭に入ったその瞬間、彼女に向けて強力なサーチライトが投射された。すると、彼女の一様な黒と思われたキャットスーツに、鱗のような紋様が浮かび上がった。強い光が投射されたことで、表面の微細な構造上の差異が露わになったのだ。

 微小鱗装甲ナノ・スケイル・アーマー加工が施された彼女のキャットスーツは、太陽に投げ入れても破損しない。彼女自身と同じ、ヒラバヤシ三重公社が造り上げ、ついに製法を遺さなかった時代錯誤遺物オーパーツであった。


「止まれ!」

 虚空から声が響いた。強い光の中でドラセナは立ち止まり、あたりを見まわした。

 何もないかのように思えた前庭の虚空から、完全武装の兵士が一人、姿を現した。否、一人だけではない。一人、また一人と光学迷彩を解き、FPROの兵士たちがぞろぞろと姿を現した。あっというまに、数百人の兵士たちがドラセナを包囲した。兵士たちの背後には、戦車までもが詰めている。

「武器を捨てて投降しろ!!」

 一人の兵士が叫び、ドラセナの頭部にレールガンを突きつける。数百人の兵士たちが数百の銃口を彼女に向いている。

 ドラセナは腰のホルスターに提げられた自身の得物を見た。そのヘビィプラズマブラスターもまた同じく、ヒラバヤシ三重公社製だった。

 象牙のような色と質感の特殊合金で造られたこの銃には、繊細な葡萄唐草文の彫刻細工エングレーブが施されている。また、銃身に取り付けられた特徴的な三対の大型放熱フィンは、プラズマ塊射出時の甚大な熱量を逃がす為のものだ。ドラセナの胸に埋め込まれた特異点原動機ブラックホール・エンジンからの無尽蔵ともいえるエネルギー供給が、この兵器の真価を引き出すのだ。

「武器を捨ろ!」

 兵士が叫ぶ。ドラセナは鼻で笑い、両手でゆっくりとサイバー・サングラスを外した。

 最前列の兵士たちが最後に見たのは、決意に燃えるドラセナの赤い瞳だった。


 首が五つ飛んだ。ドラセナが手刀を振るったのだ。兵士たちがドラセナの動きを認知する前に、彼女は腰の銃を抜いた。精密かつ高速の抜き撃ちクイックドロウ。戦車の砲口にプラズマ塊が飛び込んだ。

 戦車が爆発炎上したその時、ドラセナはさらに二十人の兵士を蹴り殺していた。血と肉が彼女のブーツにこびりついたかと思えば、その速さに付いて行けず、直後にしぶきとなって離れる。

 FPRO本部の前庭は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した。兵士たちは自分を殺すものの姿すら捉えることができずに、圧倒的運動量を受けて血煙になるか、プラズマ塊の直撃を受けて蒸発した。


 ドラセナが正面玄関からFPRO本部に侵入した時、前庭には死体とスクラップだけが残され、動くものはそれらを燃やす炎の他になかった。

 

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