第14話 ……勿論、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は何も言わない。言う気もないか?

「……お前、何書いてるんだ?」


「ううわっ! 見るな! 勇太!!」


 ひょいっと、後ろの席から前のめりになって、新子友花の机を覗き込んできたのは忍海勇太。

 それに気がついた新子友花が、慌ててノートパソコンを閉じる。ついでにノートパソコンに覆い被さった。条件反射だろう。

 ノートパソコンを閉じた段階で、すでに何が書かれていたのかは分からない。

 無理矢理ノートパソコンを奪われて開けられても、パスワードを要求されるのだから、これで、まず中身を見られる心配はないのだけれど……。

「……お、女の子の席を後ろから覗くなんて、勇太! 男としてサイテー」

 覆い被さったまま、新子友花はボッソリと呟く。

「……いや、だって俺の席はお前のすぐ後ろの席なんだから、しょうがないじゃん」

「だからって、それを理由にして覗いていいっていうの?」


「……いや、別に、お前がノートパソコンで何か書いていたから、気になっただけで……」



 ――午前、2時間目の授業が終わって、今は休憩時間である。

 ここ聖ジャンヌ・ブレアル学園の2時間目の休憩時間は、他の休憩時間と違って少し長い。

 他の休憩時間が10分なのに対して、2時間目の休憩時間は20分と倍である。

 その少し長い休憩時間を使って、新子友花がノートパソコンで何がを書き込んでいたのであった。


「いいから、何書いていたのか教えろって!」

 いまだノートパソコンに覆い被さっている状態の新子友花。

 対して忍海勇太、今度は背中まである金色の髪の毛をちょっとつかんで……ぐいぐいっと引っ張った。

「髪の毛を引っ張らないで、勇太! 痛いんだからさ!」

 ぐいぐいっと引っ張っている忍海勇太の手を、新子友花はつまんで抵抗する。

「あたしの髪の毛こんなに長いんだから、椅子から立ち上がる時とか……教室の移動でドアを開閉する時に引っかかることがあってさ、結構、頭にダメージくるんだぞ。知ってたか?」

 髪の毛をぐいぐいされている新子友花。

 だけれど……それでもノートパソコンに覆い被さっている状態を維持している。

 

「そんなに見られたくないのか? お前」

 忍海勇太。続けて、

「そんなに見られたくなかったら、学園でノートパソコンを広げて、書き込まなければいいだろ」

 その通り。正論だ。

「見られたくないって、わけじゃないって!」

 新子友花の抵抗は続いている――でもよく考えれば、彼女の言葉は意味不明だ。


「じゃー見せろ」

「それはいや!」

「意味が分からん、お前」

「だから、お前って言うな!」


 髪の毛をぐいぐいされていた忍海勇太の手を、今度は払いのける。そんでもって、新子友花がひょいっと起き上がった。

「……見られたくないって、わけじゃない」

 それはさっき聞いたよ。

「……見せたくないって、わけでもない。どうせ……その見せる予定なんだから」

 金色の背中まである髪の毛を、今度は自分で“のノ字”を書いて触りだした新子友花――なんだか照れている様子である。


「どうせ見せる予定? ってことは、何かの授業の宿題か何かか? ……そんな宿題あったっけ?」

 眉をひそめる忍海勇太。

「宿題じゃないよ……」

 新子友花、少し頬を赤らめている。

「宿題じゃない……。じゃあ、あー、あれか? 反省文だろ。やっぱりな! お前って2学期初日の大美和さくら先生の選択国語の抜き打ち小テストの漢字の読み書き問題、酷かったもんな~」

 忍海勇太が1人で、そーだそーだ……と腕を組みながら勝手に納得した。


『うらながだいてんしゅどう』


「――が、お前漢字で書けなかったっけ? 俺達が1年の時に、校外学習で行った『浦長大天主堂』だぞ。この学園にある教会と同じ系譜の教会で、聖人ジャンヌ・ダルクさまを祭ってある教会だぞ」

 うんうん……首を縦に振って言い放つは忍海勇太。

「お前、俺達よりも信仰心があって、朝の礼拝にも欠かさず学園の教会に通っていて。……なのに小テストの漢字の読み書き問題でそれが書けなかったってのは……いかがなもんかって話だな」

 と言って、忍海勇太は静かに目を閉じた。


 ――刹那、すかさずパチクリと開ける。

「……あっ! だから反省文を書かされているんだ。ついでに漢字の書き取りも、それで?」


 ……新子友花の頭の上に、黄昏に飛ぶカラスが一羽。

「さっきからさ、何度も言ってるじゃない! 反省文じゃないって! それに、何? 漢字の書き取りって? ノートパソコンで漢字の書き取りしても意味がないでしょ」

 そりゃそーだ。


「あと、お前っていうなー!!」


「じゃあ、何書いていたんだ?」

「……言いたくない」

「あの、どーせ、見せる予定なんだって、さっき言ってたじゃん!」

 忍海勇太は白々しい口調でツッコミを入れる。

「……そ、そうだけど」

 新子友花の頬は、なんだかいっそう赤面した。


「何、恥ずかしがっているんだ? お前、どうせ見せる予定なんだろ」

「勇太、しつこいってば……」

「…………じゃあ、こうしよう」

 忍海勇太が何やら作戦を変更したみたいだ。

「――この2学期の中間テストで、お前が好成績を獲得できるように、俺が全面協力してやる」



「どゆこと、勇太??」

 恥ずかしがっていた新子友花、表情は素に戻る……。



「俺がお前に勉強を教えてやるって話だ。そうだな……、放課後はラノベ部の部活があるから……。でも、テスト前になると部活も休みになるから、その時は、放課後に図書館で、お前に勉強を教えてやる」


「……ほんと?」

 新子友花の表情が、なんか晴れ晴れしてきた。


「……まだ中間テストまで、だいぶ日にちもあるし。それはそれで2時間目の終わりの――ちょっと長めの休憩時間中とか、昼休みの時間とかに勉強を教えてやる。それでいいか?」

 忍海勇太が変更した作戦内容は交換条件だった。

 新子友花に勉強を教える代わりに、ノートパソコンに何を書いていたのか教えろっていうこと……。普段から、なんかボンクラな忍海勇太にしては、良くできた交換条件である。



「ほんと? ほんとにほんと勇太? それ、あたし助かるよ!」

 一気に笑顔になる新子友花!!



「だからさ、お前、俺と付き合え」

「……それってもしかして、告白のつもり? なんでそうなるの??」

 一転。どんより雲で怪しげな天気になってきた新子友花の表情。前言撤回だな……。

 忍海勇太の作戦変更の裏には、こういう彼の下心があったのか。

 でも、さすがは聖ジャンヌ・ブレアル学園でトップクラスの成績の忍海勇太、強かな男子である。


「意味分かんないから……んもー!!」

 新子友花が席から立ち上がって、ガッと後ろを振り返って――忍海勇太に向かって『んもー!!』ポーズした。

 そしたら、彼女のその勢いで、さっきまで座っていた椅子がズサッと倒れた。


 でも、『んもー!!』ポーズ優先のためか? 新子友花がさり気無く足払いで椅子を横へと退ける。


 この時――新子友花の心の内はというと。

(……ああ、勇太の前でノートパソコンを開いて書き込むんじゃなかった。よりによって勇太に見られたのは恥ずかしい。あたしの一生の不覚だ。……でも、中間テストまであたしの勉強を見てくれるっていう、勇太からのお誘いは、とても魅力的だし……)



 どうしよう?


 どうしよう??


 どうしよう???



 ――よし! 決めた!!



「……勇太。実はあたしね。……ラノベを」

(やっぱし、中間テストで良い成績を取りたいし……。どうせ見せる予定だったんだから、まあいいか! ここは開き直って実を取ろう……)

 と、決断した新子友花の心の内である。


「ラノベ?」

 眉間に少ししわを見せる忍海勇太。

「そう。……ラノベを書いていたの」

「ラノベ……。部活にそんな活動あったっけ?」

 そのしわ……もう少しだけ増える。

「ない! ないってば、勇太!! こ……これは、あたしが自主的に書いているラノベなんだってば!!」



 キーン コーン カーン



 少し長めの休憩時間の、終わりのチャイムが鳴った――




 ――お昼休み。


 いつも学園の校庭は色彩豊かな花々が咲いていて、本当に綺麗である。

 少し通路から離れたところに大きな池があって、そこにも花が咲いている。夏が来れば思い出す……の、もうすぐ季節は秋になるのに、なぜか咲いている水芭蕉の花である。

 ずっと前に書いた通り――学園内のどこかにある温室栽培のようなところで育てているのだろう。

 この学園は広いから……どこにあるのかは分からないけれど。


 ちなみに、

 いつも学園中を満開の花で満たしているのは、聖人ジャンヌ・ダルクさまのいる天国が、こんなにも素晴らしい場所なのだということを、可視化して教えるためである。

 

 ――いつものベンチに、お昼ご飯を食べている新子友花と忍海勇太がいる。


「あたしのラノベ、まだ書き始めたばかりだから。触り程度しか書けてないからね……」

 もじもじしている新子友花。

 いつもは膝の上に花柄のお弁当箱を乗せているのだけれど、今日は違って、膝の上にさっきまでもめにもめていた原因? であるノートパソコンを乗せて。

 なんだか落ち着かない様子だ。

「……あたし、ラノベ部に入部した理由は、大美和さくら先生からのアドバイスで、あたしが国語の成績がいまいちだから、先生が、まずは国語に慣れてみるところから始めませんかって」

 新子友花は背中まである長い髪を、人差し指で“のノ字”を書くように……くるくるといじっている。

「……それでラノベ部に入部して、今までのラノベ部の活動で、先生や愛や勇太が紹介してくれた小説の一場面を聞いてきて、あたし、少しは文章から情景をイメージできる様になってきて。……あたしはさ、ラノベ部にとても感謝しているんだからね」

 もじもじでくるくる……している新子友花。

 そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにね。


「で、それと、お前がラノベを書いているのと、どういう関係があるんだ?」

 学園近くのコンビニで買った“特選紀州梅おにぎり”と“昆布おにぎり”と“たまごたっぷりサンドウィッチ”を買ってきている忍海勇太。

 その買ってきたお昼ご飯が入っているコンビニの袋をベンチに置いて――まずは食前の微糖缶コーヒーを飲みながら新子友花にそう聞いた。

 相変わらず、おにぎりとコーヒーですか?


「……あたし、自分でも小説を書いてみれば、あたしの国語のレベルも――少しは上がるかなって思って。読み聞かされているだけじゃなくって、自分でも情景をイメージして、それを小説にすることができれば、あたしの、あたし自身の勉強になると思って。……だからラノベを書いています」

 ペコリと忍海勇太に向かって一礼――恥ずかしい告白? の裏返しなのかな、これは?


「……でさ、お前のラノベはどういう物語なんだ。俺に読み聞かせてくれよ」

「え? 恥ずかしいってば勇太」

「代わりに中間テストまで、俺が、お前に勉強を教えてやるって約束したろ」

「そうだけどさ……」


 この会話の時、新子友花の頭の中には、テストの成績と自作ラノベが両天秤に乗っていた。

 恥ずかしさの先には、テストの好成績がある。プライドを優先したら、追試が待っている。

 さあどうしよう……ってな感じである――


「それに、俺達は同じラノベ部員なんだしさ」

 忍海勇太からのプレッシャーが、まるで将棋の持ち時間を使い切って、10秒~20秒~のように、ああっ、次の一手早くしないと……。

「どうせ部活で、そのラノベを発表する気だったんだろう」

「まあ……そうだけどさ……」



「いいか! 俺はラノベ部の部長なんだぞ!」



 夏も、もう終わり。もうすぐ初秋の季節になる。

 芸術の秋、運動の秋、食欲の秋、そして恋の秋。……とかなんとか世間で言われる季節がやってくる。


 聖ジャンヌ・ブレアル学園は府内有数の進学校である。

 府がつく都道府県といえば、どこに学園があるのかバレバレだけれど『おいでやす』の方です。だから、もうすぐ初秋の季節といっても、まだまだ暑い。

 周囲を山々で囲まれた、歴史のある都会の風景の中に、聖ジャンヌ・ブレアル学園はあります。

 ちなみに、物語では「~じゃん」とか言わせているけれど、とくに深い意味は込めておりません。この物語は標準語使用なのだ!!

 

 ……ん?


 よく見れば、こっそりと秋の気配が学園に来ているじゃないか。

 水芭蕉が咲いている大きな池、その隣に花壇がある。

 遅咲きの桔梗が、青紫色の花々をたくさん咲かせている。

 その奥には、黄色や白色や赤紫色のコスモスが、まだ小さいけれど蕾を付けていた。

 花はいいね――花を見ていると心が落ち着くよ。



「いいから! 同じラノベ部員として、お前のオリジナルラノベを読ませてくれないか?」

 忍海勇太の詰みの一手はラノベ部の部長としての、素直な気持ちによる俺に読ませてくれだった。


 コクリ――


「…………………分かった。勇太」

 ラノベ部員の手前、素直に部長のアドバイスを貰おうと――しおらしくなる新子友花だった。





 ――ある時、1人のとても幼い女の子がジャンヌ・ダルクのもとへ来て言いました。


「ああ、ジャンヌ・ダルク。あなたが本物のジャンヌ・ダルクさまなのですね。あたしは、あなたに出逢えた今日という日を楽しみにしていました」

 その幼い女の子、見た目は7歳くらいの女の子で髪の毛は金色、ドレスアップしていて、とても綺麗です。

 ジャンヌ・ダルクは、その女の子に問い掛けました。

「どうして、今日、私と出逢えたことを楽しみにしていたのですか?」

 女の子は言いました。

「だって、あなたはこれから、この100年戦争を終結させる主人公になるからですよ。こんなに素晴らしいことはありません」

 

 ジャンヌ・ダルクは更に聞きました。

「私が、この長らく続いている混乱を終わらせるのですか? この私が? 私は村はずれに生まれた羊飼いの娘ですよ。到底、私には、この混乱を終わらせることなんて無理な話なのです」

 すると、女の子が言いました。

「いいえ。ジャンヌ・ダルクは必ず100年戦争を終結させます。必ずです」

「どうして、そのようなことが断言できるのですか?」

 ジャンヌ・ダルクは疑問に思いました。

 すると、さらに女の子は言いました。



「私は、あなたの生まれ変わりだからです」



「お前のラノベって、どうしてこう自分本位の小説なんだ?」

 忍海勇太は横目で新子友花の顔を伺う。

「んもー!! うるさーい。あたしのラノベなんだから、自分本位でいいじゃない?」

「……お前、これから見せる予定だからって言ってたよな? 人に見せるんだったら、もう少し……あるだろうが」

 横目を少し細めながら、至極ごもっともな意見を言う。

「……も、もう少しって?」

 そして、またまた頬を赤める新子友花。額には変な汗――


「まあ、それは……自分で考えろな!」


「あ……、勇太、あたしに勉強を教えてやるって言ってたじゃない!」

「自分で考えるのも、これも勉強のうちだから。自分で考えましょう」



「んもー!!」



 ――お約束の新子友花の『んもー!!』ポーズが、聖ジャンヌ・ブレアル学園のお昼休みの校庭に聞こえました。


 他の学生は、あの人、何? あんなに大声出しちゃってとか。

 まったく、お昼休みの時くらい静かに読書させてくれないかなって視線を彼女に向ける者。

 そんな大声は気にせずに、というより聞こえなくてベンチで男子と女子がお互いの手を握って、お互いの目を見つめ合って……って、これは恋仲だ!!


 新子友花と忍海勇太が座っているベンチの、少し後ろのところには噴水がある。


 その噴水の石像は、聖ジャンヌ・ブレアル学園の守護神である聖人ジャンヌ・ダルクさまである。

 魔女として火刑に処されたジャンヌ・ダルクを癒すように、頭の上から水を掛けられている。そういう噴水がある――


「勇太のバーカ! せっかく、あたしのラノベを読ませてあげたのに」

「バカはお前だろ。嫌だったら中間テストは、お前1人でやってみるんだな」



「んもー!! それは嫌やって、勇太ってば!!」



 仲が良いのか、そうでないのか……。

 どちらなのでしょうね?

 守護神はどちらだとお思いでしょうか?

 ねえ? ねえ? 教えてくれませんか?


 

 ……勿論、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像は何も言わない。言う気もないか?





「すみませんね。大美和さくら先生」

 ――いつもの聖ジャンヌ・ブレアル教会。シスターが先生に話し掛けた。


「いえいえ、こちらこそ。私から手伝いたいなんて言ってしまって」

「助かりますよ。若いシスターも頑張っているのでしょうけれど、なんせ若いものだから、すぐ根をあげてねぇ……」

 とかなんとか言いながら、2人でパイプオルガンの回りに飾ってある花瓶の花を入れ替えている。


「生徒達も、それはそれは若くって、みんな元気ですね。いいことです」

 ――この時、チラッとシスターの顔を見た大美和さくら先生。

「……そうですね。若いことは素晴らしいことですね。ですが、礼拝の時間でその若さが仇になって、もう少し真剣に礼拝してもらえれば……まあ、若いからしょうがないですね」

 ――チラッと、こちらも先生を見たシスター。



「……あはは」

「……そうですね、あはは」

「……先生、お若いですね」

「……いいえ。シスターこそ」


「…………そうですか? そうですよね」

 と、シスター。

「…………私も、まだまだですよ」

 と、大美和さくら先生。


「…………あははははっ」

 最後に2人そろって愛想笑いした。何を張り合おうとしているのかな?

 まったく、ちんぷんかんぷんな場面だこと。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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